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私をスキーに連れてって ~日本が一番元気だったころ~

どんな映画があるのかな。

……映画観ないから分らないぞ…。

美幸さんが手を挙げる。


「私をスキーに連れてってにしよう!」

「理由を聞いてもいいかい?」

「おばあちゃんの若いころの、青春の映画なんだって。」


大関先生があごに人差し指をあてて考えている。

「…うん、それでいこうか。……どういうレビューができるのか、楽しみではあるな……。」

「富田もそれでいいか?」

「はい、わかりました。」

富田先輩はにこりと笑って首を縦に振った。


「よし。では今週末の土曜日に、と言いたいところだが。週末からゴールデンウィークに突入するな。ご家族の予定を聞いてきてくれ。視聴日はそれから調整をしよう。予定はLIMEのグループに返信してくれ。」


あるゴールデンウィークの休みの日、自転車で高校に向かう。

走るトラクターを抜きながら考える。そろそろ田おこしの時期だな。うちの辺は5月中旬以降に田植えをするけど、他の県はいつくらいに田植えをするのかな?

たわいもないことを考えながら視聴覚準備室のドアを開く。


「おはようございます。」

「おはようございます。てらくん。」

富田先輩が微笑みながら挨拶をしてくれた。


「おっはよー、コーヒー淹れたげるから、ちょっと待ってね。」

「ありがとう。」

私が答えると、視聴覚室から大関先生が現れた。


「先生、おはようございます。」

「おはよう、今日の映画は本当の意味での娯楽映画だ。どんなレビューができるか、楽しみにしているよ。」

なんか、ハードルが上がったな。


視聴覚室に移動していつも通りの席に陣取る。

後ろの宇宙人二人は、今日は静かだ。


つややかな声が響く。

『やってしまった後悔はだんだん小さくなるが、やらなかった後悔はだんだん大きくなる。』

スーツに身をまとい、びしっと決めた髪型、綺麗に磨き上げられたハイヒール。

小さなイマジナリーマリコ先生が前の席の背もたれに、ポーズを付けて立っている。


『今言った言葉ね、私がずっと大切にしているモットーなの。バブルの時代、私たちはとにかくやらなかった後悔だけはしたくなくて、不器用でも何でも、とにかく目の前のことに全力で飛び込んでいったのよ。』


フッと艶然(えんぜん)と微笑んだかと思えば、マリコ先生は急にジト目を私に向けて、腰に手を当てた。


『それより。ちょっと、なんでフルネームで呼ばないのよ! ……え? 著作者の権利関係? なによそれ、バブルの時代にはそんな細かいこと誰も気にしなかったわよ!』


そして微笑みながら

『まぁいいわ。今日はよろしくね。映画の『私をスキーに連れてって』とか、あの頃のバブル文化の解説なら、まさに私がど真ん中にいたわけだから。これ以上ない適任だと思うわ。』

そう言いながら、前の席の背もたれに座り足を組む。


「よろしくお願いします。僕が生まれる前の話なんですが、バブルって、実際はどんな時代だったんですか?」


『う~ん…。一言で言えば、日本中が根拠のない自信と熱狂に満ちていた時代ね。みんなが明日はもっと豊かになるって信じて疑わなかったの。金曜日の夜になれば、若い子たちがこぞって苗場のゲレンデを目指して車を走らせていたわ。頑張れば確実にステップアップできて、欲しいものが手に入った時代。自殺率も低かったし、みんな前を向いていたのは事実よ。』


マリコ先生は、少し悪戯っぽく微笑んで続ける。

『でもね、今振り返るとちょっと滑稽で、あまりに強欲な時代でもあったわね。誰も彼もがブランド品で身を固めて、お給料の何倍もあるような生活を平気で夢見ていたんだから。でも、あのエネルギーだけは、今の若い人たちにも一度味わわせてあげたいな、って本当に思うわ。』


「では始めるぞー、前回に引き続き、明るい映画だ、楽しんでくれたまえ。」

大関先生がDVDの再生ボタンを押す。映画が始まる。


会社で仕事をしているシーン、机の上にパソコンがない。どうやって仕事をしていたのかな?

主人公と思われる男性が会社を飛び出すように帰宅する。

車のタイヤを交換し、無線機?のアンテナのようなものを屋根の上において、カセットテープをプレーヤー?に入れて、家から出発する。カセットって縦に入れるんだ。

軽快な音楽が流れる。


「……車の中に無線機が積んである。これで連絡を取り合っているんだ。」

『そうなの、アマチュア無線よ。当時はスキーに行くグループはみんな持っていたわね。まだ携帯電話なんて誰も持っていない時代だから、車同士で「次のサービスエリアで休憩ね」とか「そっちの車、可愛い子乗ってる?」なんてワイワイやるのが、最高におしゃれで楽しかったのよ。』

マリコ先生が笑顔で答える。


「この頃の関越自動車道って、今みたいに混んでいたんですか?」

『混んでいたなんてものじゃないわ、金曜の夜は大渋滞よ!でもね、当時のサービスエリアは、さながら最新トレンドカーの展覧会場みたいで見ているだけでワクワクしたの。ベンツやBMWの左ハンドルはもちろん、国産車ならセリカやスカイライン、プレリュード、それにアウトドア派はパジェロやハイラックスね。』


そして、少し目を細め、懐かしそうに笑う。

『もちろん、みんなが本当にお金持ちだったわけじゃないのよ。若い男の子たちが女の子にモテたい一心で、お給料やバイト代を全部つぎ込んでローンで買っていたの。でも、そうやって『無理をすれば、手が届く』という希望が誰にでもあったし、汗水垂らして買った車で女の子をスキーに誘うっていう、そういうエネルギーが日本中に満ち溢れていた時代だったのよね。』


「あ、すみません、映画のオープニングに原田知世さんが観光バスに乗り込むシーンがありますよね。あれは何なんですか?団体旅行か何かですか?」

マリコ先生が、我が意を得たり、という顔で大きくうなずく。

『そうなのよ!よく気がついたわね。あれはね、団体旅行というよりも、当時の一大ブームだった夜行スキーバスよ』


「夜行スキーバスですか?」

『そう。当時はね、金曜日の夜に仕事を終えた若者たちが、そのまま新宿駅や東京駅のバス乗り場に大集結していたの。旅行会社がこぞってツアーを組んでいてね、夜中に出発して車内で一晩寝て、目が覚めたら土曜日の朝に白銀の志賀高原や苗場に到着しているっていう、もの凄くエネルギッシュなシステムだったのよ』


「では、主人公は自分の車でゲレンデに向かって、ヒロインは夜行バスで向かって、現地で合流したってことですか?」

『大正解!映画の中の原田知世ちゃんは、平日は商社で働くごく普通のOLさんという設定でしょう?当時は車を持っていない若い女の子や、雪道の運転ができないグループにとって、この夜行バスツアーがゲレンデへ行く一番ポピューラーで、安上がりな手段だったの』


マリコ先生は楽しそうに、ニコニコ笑いながら続ける。

『金曜日の夜、仕事が終わった瞬間に日常を脱ぎ捨てて、大きなスキーバッグを抱えて夜行バスに飛び乗る。車内はこれから始まる週末の恋やスキーへの期待で、むせ返るような熱気に満ちていたわ。あの冒頭のバスのシーンはね、当時の、さあ、待ちに待った週末の非日常が始まるぞ!っていう、若者たちのワクワク感を象徴する最高のオープニングなのよ』


つづく


作中に登場する「マリコ先生」は、林真理子先生の素晴らしいエッセイの数々と、当時のバブルカルチャーへの最大のリスペクトを込めて、本作オリジナルのフィクションキャラクターとして登場させていただいております。実在の人物の思想や名誉を毀損する意図は一切ございません。一読者としての愛を込めたパロディとして、温かい目でお楽しみいただけますと幸いです。

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