東京物語 ~ポストクレジットシーン2~
美幸さんにレビューの書き方を説明する。
原稿用紙を持ってきて裏返しにし、真ん中に線を書く。
「まずさ、上の欄に思ったことを書くんだ。たとえば、すごく寂しい映画だ、とか。」
「その下に何がさみしいと感じたかを書くんだ。」
私は映画のシーンを思い出し、少し考える。
「うーん…お母さんの葬式が終わったら、子供たちがすぐに形見分けし、そそくさと東京に帰ってしまう、とか。これを逆につなげれば、このシーンはどう思ったか、という感想ができるよね。」
「それをいくつか作って文章にする。最後に、この映画の総評を書く。」
「とても面白かった。私も子供たちと同じようにしたい、とか。実の子供たちが自分の生活を守るために精一杯で、ご両親がかわいそうだった。この場合は、私は両親が歳をとって、離れ離れに暮らすようになったとしても、両親には優しくありたいと思う。と付ければいいんじゃないかな。」
「おおー、なるほどー。」
あれ?大関先生が感想文の書き方を教えたみたいなことを言ってたいたんだが…。
「で、そのあとどうするの?」
「今も求められているのは映画の感想というより、人に見せるための文章だ。サッと見てどういうジャンルなのか、どういう内容なのか。あらすじではわからない、見た人の批評、レビューが必要なんだよ。」
「ふんふん。」
「この感想文をさらにかみ砕いて、短くまとめる作業が必要なんだ。」
「うん?どーゆーこと?」
「つまり、文章を濃縮するんだ。」
「うん。無理。」
即答か…。なんて説明しようかな……。
「例えば、この映画のご両親がとてもひどい人で、子供たちは虐待に近い仕打ちを受けていたとしよう。」
「う~ん、そんなふうには見えないけど。」
「例えだよ。そしてお婆さんが亡くなった。子供たちは形見分けしたら、すぐに東京に帰っていく。美幸さんはどう思う?」
「当然だよね。」
「もう一歩踏み込むと?」
「う~ん、人が死んでいるんで不謹慎かもだけど、爽快かもしんない。」
お、いい傾向だぞ。
「そう、この映画からは、ご両親はまじめで実直なんだろうと印象を受けるけど、本当のところはわからない。それを逆手にとってみる、という手もある。」
「たとえば?」
「最初は、この映画が素晴らしいとか褒める。国際的な映画だ、最初見た人はそうなんだな、と思う。でも次の行からは、この映画のダメなところを書いて、それを褒める。」
「これを複数回繰り返す。同じ内容になったところは消していく。」
「これで文章がみじかくなり、パッと見てわかる内容になる。」
「てらくんが言った内容で話を書くと、どうゆうふうになるのかな?」
「そうだな……。悪いところを褒めているような内容になるから、見た人は何事か?と興味を持ってくれると思う。」
「うーん、ピンとこないな。悪いところを褒めるかぁ……。でもさ、ご両親と紀子さん以外は悪い印象しかないよね。」
「どうだろう。人によってとらえ方は変わるんだよ。少し上の位置から眺めてみると、違う見方もできるかもしれない。」
司馬遼太郎先生、言葉を借りました。
「椅子の上に立って見てみるってこと?」
「……ボケても突っ込まないよ。」
「えへへ、物語を俯瞰して見てみろってことだね。うん、やってみるよ。」
「今日はありがと。助かったよ。また明日ね!」
門まで美幸さんを送る。
「うん。気を付けて帰ってね。」
美幸さんは自転車に乗って颯爽と帰っていった。
月曜日の放課後、美幸さんと視聴覚準備室に行く。
扉を開くと、大関先生と富田部長がコーヒーを飲んでいる。
「お、来たか。寺塚、ありがとう。レビューを読んだよ。短いながらも、映画を見て貰いたい気持ちが伝わる、いい内容だと思う。」
「ありがとうございます。ただ、国際的な映画の紹介にはふさわしくないかもしれないと思って。」
「いや、多くの映画評論家は同じような事を書いている。ホラー映画と表現する人も少なくない。君の解釈で間違いはないと思うよ。」
「はい、てらくん。コーヒー。」
美幸さんがコーヒーを注いだカップを、フーフーした後に手渡してくる。なんでフーフーするのかな?
「ところでだ。美幸はレビューを書いてきたのかな?」
「……うん。……まぁ。書いたんだけど……。なんかすごい内容になっちゃって。」
美幸さんがスマホを取り出し、LIMEに文章を送る。
椅子に座り、机にコーヒーを置きスマホを取り出す。
読んでみた。……結構過激な事を書くんだな。
◇
素晴らしい映画だ。
とくに親子の情をスパッと切って見せるところは爽快感すら覚える。
この映画は、いかに親孝行をサボるかを指南してくれる。
母親の葬式直後に始まる形見分け。
そそくさと東京に帰る子供たちの姿。
なんと清々しいことか。
自分たちの生活を守るために親孝行をサボる、冷酷な家族の崩壊劇だ。
ここまで冷酷に家族を切り捨てる現実を描いたこの作品はとても素晴らしい。
「……まぁ、言ってることは概ねあってると思う。中高生向けではないが。」
大関先生は一呼吸おいて話し出す。
「血縁という幻想に縛られて共倒れするくらいなら、お互いにある程度の距離を置いて、自分の生活を守る、つまり合理性だな。それを優先するほうが人間社会のシステムとしては正しいのだという、この映画が持つ究極の冷徹さを綺麗にすくい取った……。」
大関先生のマシンガントークが炸裂する。血がなせる業か?
「先生。」
富田先輩がストップをかける。
「ああ、すまんすまん。」
「今日は、次に視聴する映画について説明したいと思います。黒澤明監督の、『まあだだよ』にしました。」
富田先輩は、『まあだだよ』のところを、子供がかくれんぼをしているときのような調子で言った。
『智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。』
三つ揃えをビシッと着こなしてステッキを持ち、ピカピカに磨かれた革靴を履いた小さなイマジナリー夏目漱石先生が立っている。
『次は内田の映画だね。私が出ずに誰が出るというのかね。』
つづく
作中に登場する文豪の先生方、映画監督は、最大のリスペクトを込めて、本作オリジナルのフィクションキャラクターとして登場させていただいております。実在の人物の思想や名誉を毀損する意図は一切ございません。一読者としての愛を込めたパロディとして、温かい目でお楽しみいただけますと幸いです。




