東京物語 ~レビューってどう書けばいいんだろう?2~
落ち込んでキーボードを眺めていると、バタバタと足音がする。
液晶の裏から、ヒョイっと小さなイマジナリー坂口安吾先生が顔を出す。
『ちょっと気になってね。どうだい、できたかい?』
『っと、その前にだ。語彙がない、才能がないなんて、思っても口に出しちゃだめだよ。いいかい、あんたが額に汗してうんうん唸りながら搾り出したその文章には情熱がこもってる。』
『自分を卑下して逃げちゃぁいけない。とことんまで落ちるんだ。そこから這いつくばって書くからこそ、人の心を動かす文章ができるんだよ。』
「はい、すみません。自分の未熟さが嫌になります。」
『うん、気にしてはいけないね。私だってうんうん唸りながら絞り出しているんだ。どれ、少し見せてごらん。』
◇
なぜこの映画が『感動の不朽の名作』なのだろうか。私にはわからない。
これは、ご両親を邪魔者扱いするクズを描いた、恐ろしい映画だ。
尾道から上京したご両親を待っていたのは、東京で自分たちの生活に必死な子供たちだった。
ご両親を顧みず、面倒な荷物として押し付け合う子供たち。
モノトーンの静かで美しい映画だが、映っているのは人間のどす黒い本音と本性。
恐ろしいことに、この子供たちは悪人ではない。
彼らはただ、毎日を必死に生きているだけなのだ。
数年後、大人になった私たち自身の姿なのかもしれない。
綺麗事に包まれた退屈な嘘に飽き飽きしている人へ。
この映画の救いのなさに、人間の本当の姿をみてみませんか。
『うん、いいんじゃないかな。おまえの感じた生々しい実感がね、詰まってると思う。これなら、背伸びしたい若い奴らどもの胸にも少しはこたえるんじゃないかね。まぁ、ライトノベル風ではないがね。』
「ありがとうございます。ただ、硬い感じがするんですよね。ユーモアも黒いですし。」
『いいんだよ、お茶を飲みながらへらへらみる映画ではないんだよ。……上等上等。自信をもって、それを持っていきなさい。』
わかりました。これを持って行ってみます。
『うん。それじゃあ気を付けて。派手に恥をかいておいで。』
そう笑いながら言って、坂口安吾先生は液晶の裏に戻っていった。
ノートPCからLIMEのアプリを起動し、映画研究会のグループに文章を送信する。
時間は午後四時を少し回ったところ。……中途半端な時間だな。
そうだ、書斎の掃除でもするか。
はたきで本棚や本に積もったほこりをパタパタやっていると、スマホが震えた。
美幸さんから電話だな。何だろう。
「もしもし?寺塚です。どうかした?」
「てらえもーん!たすけて―!」
頭の中に、某国民的アニメのワンシーンが再生された。私はネコ型ロボットではないのだが。
「美幸さん、どうしたの?助けてだけではわからないよ?」
「映画の途中で寝ちゃってお話がわからないんだよ。あと、なに書いたらいいかわかんない。」
「うーん……。映画の内容は富田先輩か大関先生に聞くといいんじゃないかな?」
「あの二人に聞くと宇宙語が返ってくるんだよ。あと、なに書いたらいいかわかんない。」
「それだったら、DVD借りるとか、サブスクで見るとかは?」
「一人で見てるとまた寝ちゃいそうなんだよ。あと、なに書いたらいいかわかんない。」
「富田先輩か、大関先生と観るのはダメなの?」
「途中から宇宙語の解説が始まっちゃうんだよ。あと、なに書いたらいいかわかんない。」
「……うーん。どうしたものかね。」
一人で見ると寝ちゃいそう、宇宙人とみると宇宙語がウザいというところか。
「ねえ、てらくん。あした空いてる?もう一度一緒に見てくれないかなー。私が寝そうになったら起こしてよ。」
「ええ、でも東京物語を上映している映画館なんてわからないし、僕はDVD持ってないよ。映画のサブスクにも登録していないし。」
「だいじょうぶ!DVDはやすちゃんに借りる。観るのはうちでもいいんだけど、弟が遊んで―ってからみついてくるだろうから、てらくんちはどう?」
「うーん。家族に聞いて、折り返し電話をするよ。」
「うん!助かる!じゃあ、あした朝9時ごろにお伺いするね?」
「ちょっと待って。まずは僕の家族の都合を聞くから。折り返し電話をするから。ちょっとまって、ね?」
「あ、そうか。ご家族の都合もあるよね。ごめんね、先走りしちゃって。じゃあ、電話まってるよー。」
元気よく言って通話がプツリと切れた。
あいかわらず話が進むのが速い。しかも、うちに来ることは決定事項なんだね。
台所に行くと、祖母と母が夕飯の支度をしている。
「母さん、明日友達がうちに来るんだけど大丈夫かな。」
母がまな板の上で包丁を振るっている。
「いいわよー。自分の部屋?」
「いや、DVD見たいから居間かな。朝9時くらいから。」
「わかった。明日、町内清掃があるから私いないよ。おばあちゃん、お茶菓子とかお願いしてもいい?」
「いいわよ、何かあったかしら。」
「ペットボトルのお茶とコーラがあるわよ。あと、おせんべいとか。」
「じゃあ、わざわざ買ってくる必要はなさそうだねぇ。」
「じゃあ、OKということでいいかな?」
「いいわよ。お父さんも仕事みたいだし。でも、あまり騒がないでね。」
「わかった。ありがとう。」
すんなり許可が下り、廊下に出てスマホで美幸さんに折り返しの電話をかける。
2コールで電話に出た。早いな。
「もしもし!てらくんどうだった!?」
早口だなぁ。
「大丈夫だよ。OKだって。」
「やたー!じゃあ、明日の9時にDVDと菓子折りを持ってお伺いします。」
「あ、お構いなく。大丈夫、DVDだけ持ってきて。菓子折りなんかいらないから。」
「でも、ご迷惑をおかけするわけだし……。」
なんか会話の雰囲気が変わったぞ。よそ行き美幸さんだな。
「ううん。本当に気にしなくていいから。」
「わかった。DVDだけ持っていくね。ありがとう!」
「うん、気を付けてきて。って、うちわかる?」
「住所が登録されているから大丈夫。じゃねー!」
つづく
作中に登場する文豪の先生方、映画監督は、最大のリスペクトを込めて、本作オリジナルのフィクションキャラクターとして登場させていただいております。実在の人物の思想や名誉を毀損する意図は一切ございません。一読者としての愛を込めたパロディとして、温かい目でお楽しみいただけますと幸いです。




