第98話 氷の女
メイリスの酒場。ライラとディケンズ、ブロウも来たことで空気は緩み、普段ほどでは無いが、騒がしさを取り戻しつつあった。
そんな中、仕切られた奥のテーブルでミゼットが口を開く。
「コズモンド・デル・エルサスの件だ。」
「また刺客が来やがったのか?」
「いや、逆だ。」
「逆?」ライラは軽く戸惑う。
「奴らは我々の一件から手を引くと通達があった。」
「って事は・・・」
「事実上は我々が勝ったと言う事だ。」
「なるほど。」
喜びではないが、面倒事が去ったことで、その場に全員がある種の安堵を見せる。
「まぁ、狩りの合間に来られると厄介だからな。」
ディケンズが誰に言うでもなく溢した。
「んで?」
ライラが改めてミゼットに尋ねる。
「まさかお前が、それを伝える為だけに来たんじゃねぇだろ?」
「ああ。実は連中の中に、支部に属さない特級階級の奴らがいるんだが、その中のひとりが、お前らの力量を試したいと言ってきてな。」
「結局、刺客が来るってことじゃねぇか。」
「いや、奴らにも規律はある。依頼を放棄した以上、恐らく殺しに来ることはないだろう。文字通り、腕試しをしたいそうだ。」
「何でお前に連絡が来たんだよ?」
「まぁ、あたしも元は同業だからな。知り合いとは言わんが、顔見知りだ。」
「そいつの名は?」ブロウが尋ねた。
「リネラ・チェンバース・・・そっちの業界じゃ有名人さ。」
「んで、アタシらはその殺し屋と喧嘩をすれば良いって事か?」
「その為にここに来たんだ。受けるかどうかはお前らの好きにすれば良い。まぁ、断っても向こうから仕掛けてくるかもしれんがな。」
「初めから選択肢はねぇじゃねぇか。」
「奴はムロイスの廃村にいるそうだ。明日、準備が出来たら行くぞ。」
ミゼットに勝手に決められ、全員は顔を見合わす。
ブロウが「仕方ねぇな。」と呟き、酒を注文した。
食事を終え、酒場を出た時、ミゼットが口を開いた。
「おい。」
呼ばれたライラが振り返る。
「何だよ?」
「話がある・・・付き合え。」
町の入口に向かう2人を、怪訝そうな顔で見つめながらディケンズたちは部屋へと向かった。
その夜。
ブロウはディケンズの部屋に、ルルはライラの部屋に泊まり、ミゼットはフラりと消えた。
ライラはベッドに寝転び、天井を見上げながら、ベッドを辞退し、ソファーに寝るルルに話し掛けた。
「玄冬のリネラ・・・ねぇ。ルルは知ってるか?」
「知らない。そもそも腕の立つ殺し屋なら私たちに名は知れないはず。」
「それもそうか。」
ライラは欠伸をひとつ挟み、続けた。
「しかしなぁ・・・殺し屋稼業なんて、本当に成立するのかね。」
「どういう意味?」
「だってよ。何かがあって、復讐の為に誰々を殺してくれってんだろ?そんな依頼が頻繁にあるもんかね。」
「同じ。」
「ん?」
ライラは寝ながらルルの方を見た。普段、バイザーで見えないルルの赤い瞳が、天井を見上げている。
「誰かが襲われたから、危険な魔物を排除する。それと同じ。」
「あぁ~・・・確かにな。」
町や人が魔物に襲われた際、その一帯の安全の為に、魔物の討伐依頼が発せられる。道理としては人々を守る為のものだが、魔物側からすれば、ただの復讐と変わらない。
「犯罪、戦争、事故。知性と感情を持つ生き物がいる以上、怨嗟は消えない。」
「その恨みを自分の代わり晴らす奴がいるなら、頼る奴もいるか・・・」
「権威や金銭の為に、依頼する者もいる。」
「それが新しい恨みも生むか・・・」
ライラはルルの方を見た。ルルにはそこまでの恨みを持つ相手はいるのだろうか。しかし、静かに目を閉じている彼女の表情からは、何も読み取れなかった。
ライラは天井を見上げる。
顔も分からぬ両親の姿が映る。しかしライラは、感情の無い目でそれを見つめると、そっと目を閉じた。
忘れるわけではないが、今はそれよりも重要なことがある。
翌日、一行は廃村であるムロイスへと向かった。
「おうおう。昨日狩ったのに、もうこんなとこまで来てやがる。」
ガジェットシェルテの群れを見て、ライラが呆れる。
「まぁ結局のところ、採掘場あたりまでは、我々と魔物との、明確な縄張りは無いからな。」
ディケンズは採掘場の方に侵入していないかを確認した。
「デザートドラゴンが死んだら、この辺の環境も変わるって事か?」ブロウが辺りを見ながら言う。
「恐らくな。」
3人が雑談をしてる横で、ルルがミゼットに話し掛ける。
「その殺し屋はどんな奴?」
「通称、玄冬のリネラ。ナイフと氷魔法を使う。元々は西の大陸で名を馳せてた奴だ。」
「そいつとは、一対一でやるの?」
「さぁな。そこまでは聞いちゃいない。奴次第だろうな。」
「そう・・・」
「なんだ、一対一でやるのが怖いか?」
ミゼットの煽りに対し、ルルはミゼットの顔を数秒見たが、すぐに無視して前を向いた。
ミゼットは、それに対して鼻で笑う。
「さぁ、飛ばすぞ。こんな所で時間を潰してても仕方ない。」
ムロイスが見えてきた時、ブロウが鼻を押さえる。
「何だ、この臭いは?」
「何か腐ってやがるな。」ディケンズが続く。
「アレだ。」
ミゼットが示す先、ムロイスの入口付近に地面から突き出した角が見える。左右に棘の付いた特徴的な角。
「ガメルドーラか?」
皆がモウズから降り、ライラが近づき確認する。
「やっぱガメルだな。腐り始めてる。」
「砂漠と言うのは厄介な場所ね。」
女の声に、皆がそちらを向く。
そこには銀髪の女が立っていた。
「凍らして埋めておけば、数日は持つと思ったのに、陽が出たら、すぐに腐敗してしまったわ。」
女は見定めるように全員の顔を見る。
「まぁ、貴方たちが来たということは、もう長居しなくて良いわけだけどね。」
「アンタがリネラか?」
「そうよ。呼び出してしまって済まないわね。立場上、あまり憲兵の多いところには行きたくないの。」
リネラはミゼットを見る。
「連れてきてくれてありがとう。血染め巫女さん。」
ミゼットは鼻で笑う。
リネラはライラたちに向き直る。
「さてと・・・じゃあ、貴方たちの力量を見定めさせてもらおうかしら。」
ライラが身構えたが、後ろからディケンズが質問をした。
「なぁ、絶対に戦わなきゃいかんのか?」
リネラは意外な言葉に、少し驚きながらも答えた。
「別に構わないけど、ここまで来て、今更怖じ気づいてしまったの?」
ディケンズは軽い挑発にも動じずに返す。
「そう思うなら、それでも構わねぇが、この戦いに利点は無いんでな。下手に怪我もしたくない。それに、アンタはスピードタイプだろ?力比べなら兎も角、アンタとの戦いに分があるとは思えない。」
リネラの口元が満足そうに緩む。
「なるほど。やはり魔物を専門に狩る連中は、冷静に見極めるか。がむしゃらに戦うだけの馬鹿ではないと。」
「そういうことなら俺もパスだ。」
ディケンズの後ろでブロウが言う。
「俺も同じようなもんだし、俺の水はお前さんの氷と相性が悪い。」
リネラは頷き、皆を見る。
「仕方ないわね。でもここまで来て、誰とも戦わないのは面白くないわ。残りの2人はどうするの?」
ライラが一歩出る。
「アタシは、がむしゃらに戦うだけの馬鹿だからな。」
ルルも無言で一歩出た。
「あら、素敵ね。」
リネラはミゼットを見る。
「貴方はどうする?」
「弱い者もいじめは嫌いでね。」
その言葉をリネラは鼻で笑う。
「残念ね・・・まぁいいわ。」
リネラは後ろに跳んで、少し距離を取った。
「さぁ、始めましょうか。」




