第97話 客人
しかめた顔を、汗が滴り落ちていく。
ライラは絞り出すように声を出した。
「おい・・・本当にこんな事、意味が・・・あるのか?」
「正直・・・俺にも、意味が・・・あるとは思えん。」
ライラと同じく汗を垂らしながらディケンズが答える。
メイリスの訓練所。腕立て伏せの状態の2人の背中には砂を詰めた袋が乗っており、2人を囲むように数ヶ所に火が焚かれている。その熱気がジリジリと2人の体力を奪っていく。
「この砂漠で、更に炎を使う魔物なんだろ?なら鍛練しねぇとだろ。」
2人の前に簡素な椅子に腕を組んで座っているハモンドが言った。
ハモンドの合図で2人は再び腕立て伏せをする。
「そ、そもそも・・・熱さなんて・・・鍛練でどうこうなるもんじゃないだろ。」
ライラが呻き声にも似た声で言いながら力尽き、その場に突っ伏した。
「大体・・・熱さに対する薬を、エドゥリアに頼んであるんだよ。」
ディケンズは抗議するようにハモンドを見ながら、腕立て伏せをする。
「いや、死んだ俺の婆さんが言ってたんだ。薬にばっか頼ってちゃあいけないってな。」
「それは、そう言う・・・意味じゃねぇだろ・・・」
そう言い残し、ディケンズも地面に沈んだ。
「どうした!どうした!そんなんじゃギルニアデーモンに勝てねぇぞ!」
そうしてハモンドによる、謎の特訓は続いた。
昼過ぎ。
メイリスの入り口でモウズに乗ったライラとディケンズが居た。
ライラが頭を振って、少し湿った髪を乾かしていた。
「全く、ハモンドのお陰で昼からシャワー浴びる羽目になったぜ。」
「しかし実際のところ、あんなもんの熱さの中で戦うのかもしれんな。」
ライラは依頼書を取り出し、目を通しながら言う。
「エドゥリアのとこで薬だけじゃなく、なんか水の道具も仕入といた方が良いかもな。」
「だな。」
「ガベットシェルテか・・・」
それは甲殻と鉤爪を持つペンギン型の小型の魔物。一般人には危険だが、狩人にとってはあまり脅威ではない。
「ああ。小銭にはなるし、今からでも夕方には帰れるだろ。」
「まぁ、確かに。面白くはねぇけどな。」
「さっさと行って、済ましちまおう。」
2人が村を出て、砂漠へ向かう時、王都への街道からモウズに乗ってメイリスに向かって来る者がいた。
「ん?」
何の気なしにそちらを見たライラが洩らした。そこに見知った顔があった気がしたからだ。
「どうした?」
「あぁ、いや。何でもねぇ・・・まさかな。」
夕刻。依頼を終えた2人がメイリスの入口に戻ってくる。辺りには夜の帳が下りはじめていた。
ライラが嬉々として中身の詰まった袋を降ろす。
「いやぁ~、大漁大漁。」
その多くは魔物の素材ではなく、石炭などの鉱物だった。
ディケンズもまた、重い袋を降ろしながら言う。
「依頼の報酬に鉱石の売値を足せば、当面は持ちそうだな。」
「ああ。良く分かんねぇ鉱石は、エドゥリアに渡して、デーモン用の道具と交換して貰おう。」
手短に荷物を整理した2人は意気揚々と酒場に入る。
そこには普段とは違い、静まりかえった酒場の姿があった。
人がいないわけではない。酒も料理も出されている。だがまるで誰かの葬式かのような静寂に包まれてる。
「な、なんだ?」
ライラが思わず溢した。
ライラに気付いたドイルがカウンターから出てくる。
「おう。ライラ。待ってだぞ。」
「オヤジ。待ってたって、今日の獲物はガベットだから、肉はねぇぞ。」
「そうじゃねぇよ!アイツだよ。」
そう言うとドイルは酒場の奥を指す。指した先の奥のテーブルは、普段無い衝立によって仕切られていた。
「お前らの知り合いなんだろ?相手してくれよ。空気が沈んじまって、調子が出ねぇよぉ。」
ライラが覗き込むように身体を伸ばすと「あぁ。やっぱりか。」と呟いた。
「何なんだ?」ディケンズが尋ねる。
「ミゼットだよ。」
「ミゼット?」ディケンズも驚いて覗き込む。
「昼に出る時に見掛けた気がしたんだ。」
ライラたちに気付いたミゼットが手招きをし、2人はテーブルに着いた。
「お前がこんなとこまで来るなんて、一体どういう了見だ?」
「アタシらに用事か?」
「ああ、そうだ。だが、まだ話さん。」
「あ?」
「まずは飯だ。ここの奴らは何なんだ?注文も取りにこない。」
「お前がおっかないんだよ。」
「おっかない?そんな事で客商売が務まるか?」
「まぁ、そりゃあ、ごもっともだが。」
ディケンズが3人分の料理と酒を注文し、食事を始める。
魚を喰らい、酒を呑んだミゼットが上機嫌に言う。
「味は確かだな。」
ナイフで刺して持ち上げた魚を見ながら続ける。
「しかし、ここらはまとも魚が喰えていいな。」
「まともな魚?」
ライラの疑問を、ディケンズが代わり答えた。
「メイリスは王都の港が近いからな。ヨーズリーまでとなると新鮮な状態で魚を運ぶのは難しい。」
「そう言うことだ。」
「ほ~ん。なるほどな。」
「でも、行商人の中には水魔法を使って、鮮度を保ったまま運ぶ奴もいるって聞くぞ?」今度はディケンズが聞く。
「ああいう連中は足元を見て、ぼったくってくるんだ。」
「お前なら力で捩じ伏せて、安く買い叩きそうなもんだが。」
「ああ。前に一度、生き埋めにしてやったら、それから半年近く行商が寄り付かなくなってな。村の連中に懇願されたから、止めてやった。」
「相変わらずだな。お前は・・・」
「んで、そろそろ用件ってのは話してくれねぇのか?」
「まぁ、待て。直に来る。」
「来る?」
「あぁ、そう言えば・・・」
ディケンズが別の話題を切り出した。
「お前にひとつ、聞きたい事があった。」
「何だ?」
「ギルニアデーモンについて、何か知らねぇか?」
「ギルニアデーモン?」
「砂漠の中心部にいるらしい、Aランクの魔物だ。」
「ああ。ハーピーのガキが言っている奴か。」
「そうだ。」
「実際、そんなとこまで行くことはないからな・・・だが、聞いた情報からすれば、恐らくドルグスの一種だろうな。」
「ドルグス?」
「ああ。高い体温を持ち、鉱物を身体に纏う魔界の種族だ。」
そう言うとミゼットは焼き魚をナイフで刺して、口に運ぶ。
「種族って事は何種類かいるのか?」
魚を骨ごと全て噛み砕いたミゼットは、酒を一口呑むと質問に答えた。
「ああ。種族によって纏う鉱物が違う。火山や鉱山でもない限り、恐らく鉄だろう。」
ミゼットは少し考えて口を開いた。
「ともすれば、オルゼ・ドルグスだな。」
「オルゼ・ドルグス・・・」
「鉄を纏う以上、お前らの武器でまともに通用するのは、ディケンズのソールオングルくらいだろう。」
「純粋に堅ぇ野郎か。面倒だな。」
「なんか弱点とかは無いのか?」
「さぁな。実際戦ったこともない。」
ミゼットが言い切ったところで、酒場に扉が開き、来客を知らせるベルが鳴る。それと同時に何人かのどよめきが聞こえた。
ディケンズが振り返り、入口を覗き込むと、そこにはブロウとルルの姿があった。
「珍しいな。」
ブロウは兎も角、ルルがメイリスの酒場に来ることは滅多に無かった。
「何だ?」
ライラの問い掛けにディケンズが答える。
「ブロウとルルだ。」
言いながらブロウに手を上げて知らせる。
「これがお前の待ってた理由か?」
「一緒に話した方が早いからな。」
テーブルに着いたブロウが、ディケンズに畳んだ紙を渡す。
「何だ?」
ディケンズが紙を開くと、簡易の地図の様なものが書かれていた。
「ザインさんからだ。ヤツの居所と近辺にある古い宿泊所の位置だ。と言ってもかなり距離はあるみたいだがな。」
「なるほど、助かったよ。」
ブロウとルルが席に着くと、ミゼットが口を開いた。
「それじゃ、本題に入るか。」




