第96話 うつろい
「ここがお角なのっ!」
小さなハーピーの子供が地面に描いた絵を脚の爪で指し、隣でリザードマンが腕を組みながら、それを見ていた。
「ここは何なんだ?」
腕だと思っていた場所を角と言われ、混乱を極めたディケンズは、恐らく腕と思わしき場所を指して尋ねた。
自分で描いたはずのポッポリーは一頻り考えると「翼なの!」と答えた。
「翼?翼があるのか?」
するとポッポリーは首を傾げ、しばらく考える。
「分かんないの!」
ポッポリーは笑顔で元気にいっぱいに答え、ディケンズは溜め息を付いた。
「炎は使うんだよな?」
「そうなの!ボォボォ!アチチなの!」
ポッポリーは踊るかのように両翼を揺らして炎を表現する。
「そうか・・・」
ディケンズが諦めたかのように2度目の溜め息を付いた時、ライラがやって来る。
「ディケンズ、講義の方はどうだ?」
「ああ。全然分からん。」
「だろうな。」
ライラはポッポリーに手を上げる。
「よっ!」
「よっ!なの!」
「不浄王は今どの辺なんだ?」
「肉団子さんは北のはじっこなの。」
「ベールズの方か?」
「そうなのっ!」
「なら多少は遊べるのか。」
ポッポリーは頷き、笑う。
王都であるニグと同様、王国軍の規模が比較的大きいベールズでは、軍による不浄王の観測が可能である為、ポッポリーの監視者としてのお役も一時的に外されていた。
「んじゃ、こいつは情報の礼だ。」
ライラがストローの刺さった袋を渡す。
「あっ!ムムールのジュースなのっ!」
それはムムールと呼ばれる果物の果汁と蜜で作られた、子供たちに人気の飲み物。
ポッポリーは袋を受け取ると脚でストローを放り捨て、袋をそのまま口で咥える。
「あふぃふぁとふぁの!ほぉもふぁちとふぁそんでふぅるの!」
そう言いながら、空高く上がり、居住区方面へ飛んでいった。
2人は飛んでいくポッポリーを眺める。
「・・・何て言ったんだ?」
「・・・さぁ。」
「んで、お前の方はどうだったんだ?」
ディケンズがライラに尋ねた。
「ああ。エドゥリアには薬の件は伝えたけど、どれだけの熱さかを調べたいって話だから、ついでにギルニアデーモンの情報も探ってもらうことにした。あとザインさんにも、一応頼んどいたさ。」
「ザインさんは期待薄か。」
「まぁな。魔物の情報は専門外だし、ギルニアデーモンとなりゃあ、情報があってもアタシら以外の狩人には意味ないしな。」
「まぁ、ギルニアデーモン自体よりも、ある程度の棲息域が分かると有り難いがな。ギルニアに中央部つっても、漠然と探すのは不毛過ぎる。」
「確かに。またルーゼスのジジイに頼るのも嫌だしな。」
「そういや、武器はどうなったんだ?」
「ああ。」
言いながらライラが腰からナイフを取り出す。
「既製品か?」ナイフを見たディケンズが言う。
多くの狩人は、魔物の素材や鉱石などで、工房の職人と相談し、自身の武器や防具をカスタマイズしている。それは自分の戦闘スタイルに合わせる為であったり、単純に他者との差別化であったり、理由はそれぞれである。
だが、それとは別に、工房では改造や装飾の無いシンプルな「既製品」と呼ばれる武具も販売しており、比較的安価でありながらも質も悪くない物となっている。
だが、それは数を必要とする王国軍が正式に採用している事が多い為、敢えて避ける狩人が多い。
「とりあえず、手元に無いと困るし、本命までの繋ぎだな。」
ライラはナイフを軽く振る。
「やっぱ、動きながら使うなら、こんくらいのサイズがいいな。」
ギルド本部地下のバー。テーブルにはいつもの顔触れがあった。
「いやぁしかし、ムロイスを倒すとはな。」
ブロウが飲み干したジョッキをテーブルに置きながら、上機嫌に言う。
「強かった?」
普段は比較的淡白なルルも興味を示し、尋ねた。
「まぁ、トリッキーな動きが多かったから、翻弄されてたな。」
「正直、訳の分からんまま戦って、何とか勝ててたって感じさ。」と、ディケンズ。
「まぁ、それでも倒しちまうんだから、大したもんだ。」
「元々、手負いだった影響もあったかもしれん。」
「結局、ムロイスは1体だけだったのか?」
「ミゼットの話じゃあ、そうらしい。」
「そうなると魔物研究所のランクはどうなるんだ?」
「ランク?」
「これから戦う、そのギルニアデーモンって奴も砂塵竜もギルニアには1体だけなんだろ?そいつらを倒しちまったらAランクはゴムルバゼラだけになるって事か?」
「まぁ、そうだな。」
「不浄王も倒せば、実質ゴルムがギルニアのトップになるな。」
ブロウが少し複雑な顔で言う。
「普段からそんなこと考えてねぇ俺が言うのも何なんだが・・・生態系の破壊って言うか、そういうのは魔物研究所の連中からして良いもんなのか?」
ディケンズが答える。
「それに関しては、前にモドンのジイさんに聞いた事があるんだがな。俺たち個人なら構わんらしい。」
「個人なら?」
「ああ。例えばハーラルが、国として新たな資源の確保や、新しい街を作るために砂漠へ侵攻して、そこに住む魔物たちを殲滅するのはよろしくないらしい。ただ俺とライラが勝手に回って倒す分には、自然の一部だそうだ。」
「やってることは不浄王と同じ。つまりアタシらは魔物扱いだそうだ。」
「Aランクや不浄王は、ギルドを通して、正式な依頼でやってるわけじゃないからな。」
「そう言うことか・・・」
「生態系の下層の生き物が滅ぶと、生態系自体が大きく崩れる可能性があるが、最上位が消えても、またすぐに新たな魔物が台頭してくるんだとよ。」
「モドンのジイさんの話だと、砂塵竜が死ぬと根城にしてた岩石丘がフリーになる。そうなるとどうなるか分かるか?」
ライラの問い掛けにブロウが答える。
「周りに住んでた奴らが住み着くか?」
「ああ。でもそれは砂漠に限ったことじゃねぇ。砂塵竜の存在によって牽制されてた東の山に住んでる魔物どもも下りてくるらしい。そんで、そいつらの中から一部の奴らが砂漠に適応していくんだとよ。」
「それが新しい生態系を築くのか?」
「ああ。あとなんちゃら進化・・・なんだっけ?」
ライラに聞かれ、ディケンズが答える。
「異力進化だ。」
「異力進化?」
「ああ。正式には異種魔力覚醒進化だそうだ。自身の属性とは違う属性の魔物と戦ったり、魔法を喰らったりした時に、本来の世代を重ねる進化とは違う、一個体での進化する事があるらしい。」
「要は突然変異みたいなもんか。」
「ギルニアには環境的に、光・闇・水・氷の魔法を使う魔物が少ないらしいからな、他所から魔物が入ってきた時に起こりやすいんだとよ。」
「そいつは俺たちにも起こるものなのか?」
「分からんが、個体差があるから、ただ能力が高まるだけで、見た目は変わらない場合もあるとは言ってたな。」
「アタシらは分かんねぇけど、ディケンズとルルならあり得るかもな。」
「まぁ、リザードマンは元々、突然変異だからな。」
ルルは何も答えず、テーブルの上に置かれた酒を見た。
「まぁ、兎に角。情報が届くのに数日は掛かるだろうから、メイリスに戻って鍛錬でもしとくかね。」
「最近は依頼をこなしてなかったから、軽めのを受けて、小銭も稼ぎたいところだ。」
「確かに。」
若干赤ら顔になったブロウが言う。
「しかし、Aランクの魔物に、不浄王か・・・今後はお前らと飲む度にこれが最後って思わねぇといけねぇな。」
ルルも同調して頷く。
「おいおい。縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ。」
4人は笑い、酒場の夜は更けていった。




