第95話 束の間の安息
「なんか、こうやって3人でお話するの、久し振りな気がしますね。」エリーザは嬉しそうに言った。
本日のハーブティを一口飲んだライラが言う。
「そうか?・・・まぁ、そうか。」
「最近、何かとバタバタしてたからな。」
ディケンズもカップに口を付けながら言った。
ムロイスとの戦いから2週間が経過し、ほぼ傷も癒えた2人はメイリスの酒場で朝食を取っていた。
「確かに最近は、何だかんだでニグに留まってることも多かったしな。」
「そうですよ。しかも昼はあんまり来てくれないじゃないですか。」
「まぁ、夜に酒場で呑むとそのまま寝てるパターンもあるしな。」
「今日は他の連中は来てないのか?」
「朝一で何人か来られましたけど、みんな狩りに出たみたいですね。」
「ほ~ん。精が出るねぇ。」
「おふたりの活躍に触発されてるみたいですよ。」
ムロイスの討伐の噂は、ニグとメイリスの狩人たちに一気に広まった。そしてそれは、狩人だけでなく、工房の職人たちや王国関係者にも拡散され、ニグに滞在した際は、普段関わらない者たちからも、声を掛けられるほどだった。
Aランクの魔物の討伐の影響は、それほどまでに高かった。
そして、それと同時に、次なる挑戦への期待も高めていた。
「凄く強いんですよね?おふたりが倒した魔物って。」
「まぁ・・・そうだな。」ディケンズは何となく照れながら言う。
「つっても、大して実感は湧かねぇんだけどな。」
ライラはパンを齧りながら呟く。Aライクの魔物は当然、脅威ではあったが、実際に戦っている時は無我夢中であり、強い弱いなどという印象は考えることも無かった。
「でも昔、村を滅ぼした魔物って聞きましたよ!」
「まぁな。」
「ここに来る皆さんが、口々に凄いって誉めてました!」
「そうなのか?メイリスの連中は特に何も言ってこないけどな。」
「ああ、ハモンドくらいだな。」
「皆さん、恥ずかしがってるんですよ、きっと。」
「そんなもんか。」
「私も鼻高々ですっ!」
「なんでだよ。」
「私のハーブティがおふたりの功績に貢献してるんですから!」
腰に手を当て、ドヤ顔で意気揚々と言うその姿を見て、ライラは呆れ顔をしたが、ディケンズが「まぁ、ゼロではないかもな。」と言い、乾杯するようにカップを掲げた。
「それで・・・次はどっちに挑む?」ディケンズが尋ねた。
残りのAランクは3体。しかし、ゴムルバゼラは休眠中である為、砂漠の中央部にいると言われるギルニアデーモン、砂漠北東の岩石丘を根城にするデザートドラゴンの2体である。
「う~ん。やっぱドラゴンは後回しにしたいよな。」
ドラゴンと呼ばれる種は、言うまでもなく、魔物の中でも凶悪な種のひとつとされ、大抵の場合、どこの地域であれ、生態系の上位に君臨している。
「でもギルニアデーモンの方は、ポッポリーの情報くらいしか無いぞ。」
ギルニアデーモンは、砂漠の中央部という生息地からか、調査らしい調査も出来ておらず、見た目すら、はっきりとした情報は無い。名称でさえも仮であった。
「どうすっかねぇ。未知の相手か、ヤバいことが分かってる野郎か・・・」
ライラは目に付いた依頼書を破ると2体の名前を書き、丸める。そしてエリーザに話しかけた。
「エリー。どっちか好きな方を取ってくれ。」
洗い物をしていたエリーザが振り返る。
「何ですか?」
「いいから。」
エリーザはライラの手の上の紙を見比べながら「じゃあ、こっちで。」と1つの紙を選ぶ。
ライラはその紙を広げて確かめると、ディケンズに見せながら言った。
「ギルニア中心部への招待状だ。」
そこにはギルニアデーモンの名が書かれていた。
「あんまり楽しい旅にはなりそうにないな。」
「んじゃ、決まりだな。」
新たなる目標はあっさりと決まった。
「となるとエドゥリアのとこで、火傷の薬を仕入れないといけねぇな。奴さん炎を使うんだろ?」
「ああ、モドンのジイさんが言ってたな。」
「それに一度、ポッポリーにも話を聞いといた方がいいか。」
「まぁ、とりあえずその前に、剣を新調しねぇといけねぇ。」
「折れたのか?」
「いや、折れちゃいねぇが、根元にヒビが入った。時間の問題だろうな。」
ブレイドホーンと呼ばれる魔物の角から作り出した剣。接近戦の多いライラの戦い方では消耗も激しかった。
「ムロイス戦か?」
「ああ。」
「素早くはあるが、そんなに攻撃が重いタイプじゃ無かった気がするがな。」
「お前さんだよ。」
「あ?」
「ムロイスに乗っ取られたお前の斧の一撃でいったんだよ。」
「あぁ・・・な、なんか済まん。」
「別に謝ることじゃねぇだろ。どのみちそろそろ潮時だったさ。」
ライラは腰からデザイルを取り出す。
「最近は魔力が上がったからな。こいつに砂を纏わせりゃあ、剣くらいの固さにはなるんだけどな。かと言って戦う度に魔力消費する訳にもいかねぇ。」
「工房で見繕ってもらうか?」
「そうだな・・・やっぱ取り回しを考えると剣よりはナイフの方が良いな。」
「まぁ、お前の戦闘スタイルなら、それもありだな。」
「ナイフ・・・誰か詳しい奴いたっけ?」
「ナイフ使いか・・・パッとは浮かばねぇな。」
「ミリオンの奴が使ってたけど、まぁ、詳しくは無いだろうな。」
考える2人を見て、エリーザが口を開く。
「ローゼルさんがナイフを使うって言ってましたよ。」
「そうか、ローゼルいたな!」
「んじゃ、近々ニグに行くとするか。」
「えぇ~また行っちゃうんですか?」
エリーザが寂しそうに言う。
「大丈夫だ。今回は狩りじゃねぇ。すぐに戻るさ。」
「ルネラさんにも似たようなこと言われたしな。」
ダンドール共和国のとある廃村の一軒家。コズモンド・デル・エルサスの支部である地下室へと続く階段を、補佐官の女が降りていく。
降りた先の扉を開いて、中へ入る。
「グライドさ・・・」
中に入った瞬間に、違和感を感じて動きを止めた。
室内にはひんやりとした空気が流れ、床の一部には血が付いている。だが部屋自体は散乱しているわけではなく、争った形跡は見えなかった。
女は素早く腰のナイフを抜いた。当然彼女も殺し屋の出である。
女の正面、机の向こうに本来グライドが座っている椅子が後ろを向き、背もたれだけが見えている。
殺意では無いが、えも言われぬ強烈な圧が押し寄せてきていた。
椅子がゆっくりと回る。座っている人物が見えた時、女は目を見開いた。
「リ、リネラ様。」
銀髪のボブカットの女。白い肌に、蒼く冷たい眼がこちらを見ていた。
「貴方がグライドの補佐官?」
「は、はい!」
「そう・・・ひとつ連絡事項を持ってきたの。」
「な、なんでしょうか?」
「例の狩人たち。彼らの依頼は破棄にしたわ。」
「破棄・・・ですか?」
「そうよ。時間と人材をかけ過ぎたの。」
「ですが、それでは我々の面子が・・・」
「当然潰れたわ。だから然るべき人間に責任を取らせたのよ。」そう言ってリネラは床をチラッと見た。
女も釣られて見る。そこには先程の血があった。それが誰の血かは、考えるまでもなかった。
「あ、あの。ひとつ宜しいでしょうか?」
リネラは何も言わず、目で先を促した。
「リネラ様がここの指揮を取るのですか?」
「いえ。直に後任が来るわ。」
「そうですか。」女は悟られぬように安堵した。
「私は行くところがあるの。」
「行くところ?」
「ハーラル王国よ。」
「ですが、依頼は破棄されたのでは?」
「そうよ。でも見てみたいじゃない?」
それまで冷たい表情を崩さなかったリネラの口角が少し上がる。
「うちの連中を殺した、狩人って奴らを。」




