第90話 賢者の石②
扉の先に広がっていたのは高さも幅も30m以上はある巨大な部屋だった。
床は通路と同じ石床であったが、壁面と天井には星空が描かれている。それはとても精巧で、本物と見紛うほどであった。
「気を付けろよ。」
「分かってる。」
ライラたちは足元に注意しながら部屋へと入った。
「どうなってんだ一体・・・」
ディケンズが周りを見ながら呟く。
進もうとしたが、ライラがそれを制止した。
「待て、何かいる。」
部屋の奥に、大きな獣のような影が見える。
ディケンズはソールオングルを構え、ライラも剣を抜いて慎重に近づく。そうして全貌が見えた時、ライラが気付いた。
「動いてねぇな。」
「石像・・・か。」
そこにあったのは全長5mを越える巨大な石像だった。
四足歩行の獣が座った形のポーズを取っているが、その顔はどこか人間のような顔立ちをしている。
正確には石像ではなく、深い翠色の光沢を持つ金属で出来ていた。
「ガーゴイルって奴か?」
「石像の魔物と言えばそうなるよな。」
ライラが目を凝らすと石像の前に小さな台座が見えた。
「おい。あれ。」
「あぁ?」
台座の上には赤と黒のまだら模様の、人の頭ほどの大きさの宝玉が乗っている。
「あれがここの本丸ってことか。」
「何かは分からんが、間違いなく金にはなりそうだな。」
「まぁしかし、取ったら動き出しますって言ってるようなもんだな。」
「どうする?」ライラが問い掛ける。
ディケンズは周りを警戒して、他に敵がいないことを確認すると態勢を整えて、ソールオングルを構えた。
「動き出す前に叩いちまうしかねぇだろ?」
「だよな。」
ライラも剣を持ち直し、石像に向かって駆け出した瞬間。
カチッと音と共に石床が沈む。
「おろ?」
沈んだ床からヒビが入り、それは床だけでなく、壁を伝い天井までいくと、部屋全体にヒビが入った。
「おいおい・・・お宝取ったらじゃねぇのかよ。」
2人が呆気に取られる間もなく、ガラスが割れるかの様に部屋全体が砕ける。するとそこには元の砂漠が広がっており、壁や天井の破片は、初めからなかったかのように音もなく消えていた。
「嘘だろ・・・こんな部屋は存在するだけのスペースは無かったはずだ。」ディケンズが周囲を見ながら呟く。
「ディケンズ!」
ライラの声に前を見ると、石像の目が赤く光っていた。
「ちぃ!」
素早く構えて光弾を撃ち出す。
放たれた光弾は動き出す前に石像の顔を捉え、爆発が起きる。
ライラはお宝目掛けて走り出す。
しかし、その前に石像の前脚が振り下ろされた。
「おっと!」
巨大な石像だけに、その速度は速くはなかった。跳んで下がったライラが顔を確認したが、爆発による影響はただ顔が赤く熱を帯びているだけだった。
次いで振り下ろされた脚を再び躱すと、脚を駆け上がって肩口を切りつける。
しかし、金属音と共にその刃は止まる。ライラはそのまま肩口を蹴って跳び、大きく距離を取った。
「光弾でダメなら、そりゃあそうだよな。」
ライラに注意を向けている石像に向け、ディケンズが再び光弾を放つ。着弾を待たずして、すぐに構えると、同じ場所に向けて、更に光弾を放った。
右肩に当たり、熱を帯びたところへ次の光弾が当たる。
今度は内部に入り込み、爆発を起こす。幾つかの金属片が飛び散った。
「ナイス!」
ライラが喜んだのも束の間、金属音は宙に浮かぶと、元の位置に戻り、右肩を形成し直した。
「なっ!」
「くそっ!」
再度撃とうと構えるが、石像が飛び上がった為、ディケンズは急いで退避する。
速度自体は遅いため、2人は少し距離を取った。
「ガーゴイルって再生するのかよ。」
「恐らくアイツもコアみたいなもんがあるんだろ。」
「つってもあの硬さだろ?どうするよ?」
「そこまで連射が出来るわけでも無いからな・・・」
迫ってきた石像の攻撃を躱しながら、ライラが手を翳す。すると足元の砂が緩み、鈍重な石像の身体はそのまま3分の1ほど砂に埋まった。
「足止めしてる内にお宝取って逃げちまうか?」
「いや、あの手の奴はお宝を取ったらどこまでも追ってくるだろう。流石に町まで連れてく訳にはいかないぞ。」
「なーほど。どうしたもんかねぇ。」
ライラが呟いた時、石像の口が開いた。
「ん?」
口の中に光が収束されると、ライラたち目掛けて光線のようなものが放たれる。
「のあっ!」
2人は左右に別れるように跳んで避ける。その時、何かが割れる音がした。
ディケンズの身体の下で、ライラから渡された琥珀色の宝石が割れていた。
「まずい・・・」
次の瞬間、2人の身体が宙に浮く。
「何なんだ!」困惑しながらライラが叫んだ。
「杖の宝石が割れやがった!」
「なっ!」
すると2人の身体は、引っ張られるように南に向かって飛んでいく。
「待て!まだお宝がぁ~!」
少し離れたところへ、突然宙に浮き、訳が分からず暴れている2頭のモウズが飛んできて、ふわりと着地する。
2頭が目を合わせて混乱していると、ライラとディケンズが飛んでくる。
モウズたちと同様に着地の瞬間にふわりと浮いた。
「おっ!」
「なるほど。これなら安全だな。」
「んで、どうするよ?」
「もう一度行っても同じ事だ。一旦戻って奴さんの情報を仕入れよう。」
「となるとモドンのジイさんか・・・」
「それはガーゴイルでは無いのぅ。」
「あぁ?動く石像なんだぜ?」
王都の魔物研究所に来たライラたちは所長であるモドンの説明を受けていた。
「左様。じゃがな。ガーゴイルと言うものは、魔法によって石像に命を吹き込まれた魔物じゃ。一度、命を吹き込まれれば、後は自身の意思で行動する。罠で起動したり、お宝を守るということはない。」
「じゃあ、アイツは一体何なんだよ。」
「恐らくゴーレムであろうな。」
「ゴーレム?ソイツも石像なのか?」
「左様じゃ。しかし魔物ではないからな、ワシは畑違いじゃ。ゴーレムであれば・・・」
「と、言うことなんだ。」
ルプランデルの一室で、ディケンズは今までの経緯を説明した。
「形状からしてゴーレムではなく、スフィンクスですね。」エドゥリアが答えた。
「別物なのか?」
「別物と言うよりは、より高度な技術が必要な上位版と言ったところです。しかし・・・ソールオングルの光弾でも熱を帯びるだけだったのですよね?」
「ああ、同じ場所に撃ち込んだら破裂はしたがな。」
「材質は鉄では無かったのですか?」
エドゥリアの隣に座るローゼルが尋ねた。
「材質?ああ、何か緑っぽい色の金属だったな。」
「緑・・・」
エドゥリアは立ち上がると戸棚を開けて、何かを探し、やがて翠色をした1つの延べ板を持ってきた。
「こんな感じでしたか?」
ライラとディケンズはそれを見て、頷いた。
「ああ。間違いねぇ、こんな色だった。」
「メトルダ合金。」ローゼルが珍しく驚いた様子で呟いた。
「メトルダを使ったスフィンクスですか。とてつもない技術ですね。」
そう言うとエドゥリアは再度立ち上がり、部屋を出ていき、暫くすると1冊の本を持ってきた。
本に挟まれていた1枚の紙を取り出し、机の上に広げる。そこには様々な紋章が描かれていた。
「そのダンジョンの入口のどこかに、この中にある模様はありませんでしたか?」
ライラとディケンズは紙をまじまじと見る。
「ん~覚えてるか?」
「そうだなぁ・・・確かコイツだ。」ディケンズが紋章の1つを指差した。
それを見たエドゥリアとローゼルが目を見合わす。
「ガーランド卿。」
「ギルニアに居たという文献を見たことはありませんね。」
「でも各地を放浪していたと言う話だから可能性はあるわね。」
「そいつは誰なんだ?」
「偉大な錬金術師のひとりです。この紙に書かれてる模様は、私たち錬金術師が持つ、個人のサインのようなもので、この紙に描かれているのは歴史に名を残す名士たちのものです。」
「なるほど。兎に角すげぇ奴って事か。」
「はい。そしてスフィンクスが守っていたその宝玉は、恐らく我々錬金術師が目指す最終目標のひとつ・・・」
「賢者の石です。」




