第88話 影を辿って
「試せない?」
「あぁ、そうか。その宝石を砕いちまうってことは使い切りってことか。」ライラの問い掛けに、ディケンズが代わりに答えた。
「はい。」
「しかし、錬金術ってのは、相変わらず不思議な道具が多いな。」ディケンズが感心しながら言う。
「素人だから詳しいことは分かんねぇけどよ。使いきりじゃないのは作れないもんなのか?」ライラが尋ねた。
「本当は出来るのですが、色々と規則があるので・・・」
「規則?」
「はい。」
そう言うとエドゥリアは顔の横で人差し指を立てて言った。
「私の母親は人間である。」
「あ?」突然の台詞にディケンズは間抜けな声を出す。
「なんだそりゃあ?」
「五大錬金術師のひとり、アルバーノ・スミルソンの格言。謂わば錬金術師の心得のひとつです。」
「・・・その言葉がか?」
「どういう意味なんだ?」
「錬金術という学問は探究を続けることで、人智を超えたの力を産み出すことも出来ます。それは即ち、一歩間違えれば、神にも悪魔にもなってしまう。故に自分は人間から産まれた人間でしかないと、自分自身を律する為の金言です。」
「なるほど。」
「全ての錬金術師は『錬金術師協会』と言う組織に属しています。」
「錬金術師協会?アタシらで言うとこのギルドみたいなもんか?」
「いえ、少し違います。属すると言っても形だけなので。」
「形だけ?」
「はい。別に組織に与して何かをすると言うことはありませんが、錬金術師を名乗る上で、協会から資格を得なければなりませんし、協会が制定した規則を守らねばなりません。」
「それがさっき言ってた母親がどうのとか言うやつか?」
「はい。それもその1つです。後は錬金術を戦争利用しないなど、一般的な事がほとんどです。」
「でも実際、守らない奴らもいるんだろ?」
「残念ながら・・・」
「そう言う連中は野放しなのか?」
「いえ、協会内にRGMと呼ばれる専門の者たちがいます。」
「RGM?」
「RustyGoldMelter・・・道を踏み外した錬金術師を罰する為の集団で、その為に規則を破ることを協会から許可されている専門家たちです。」
「要は錬金術師専門の殺し屋ってことか?」
「はい。」
「そいつはまた、恐ろしいな。」
「無論、協会の上層部によって選定された、優れた技術と倫理観を持つ者たちなので、標的以外の者に被害が及ぶことはありません。」
「なるほど。ぶっ飛んだ技術ではあるが、それなりに厳格化は、されてるんだな。」
「はい。大いなる力には、責任が伴いますので。」
「そう言う意味ではアタシらの使う魔法の方が無法地帯かもしれねぇな。」
「魔法は錬金術とは違い、学問と言うよりは生物の根源的な力のひとつですし、扱う者も数も膨大ですからね。制御しきるのは難しいでしょう。」
「だからどこの国の奴らも、戦争の為に必死に研究するってことなんだろ・・・」
ディケンズは静かに呟いた。
3日後。
ライラの拳を躱したルルが屈んで足払いを掛ける。
ライラは素早く後転して躱すと、魔力を込めて砂の玉を作りだすが、もう既に目の前に来ていたルルに殴り飛ばされた。
「ぐはぁ!」
ニグの港の横に広がる砂浜で、ライラとルルは組手の稽古をしており、少し離れたところでディケンズは釣りに勤しんでいる。
糸を垂らすディケンズの横には、久しぶりの自由時間となったポッポリーがいた。その脚でも一匹の猫が捉えられており、逃げ出そうと必死に藻掻いていた。
ディケンズはそれを見て首を振る。
「違う。ムロイスってのはもっと黒いやつだ。そいつはただの猫だな。」
「黒猫さんなの?」ポッポリーが脚を放すと猫は威嚇の声を上げながらも、ディケンズが釣った魚を一匹咥えて走り去って行く。
「黒猫でもねぇな・・・なんかこう、もっと危ねぇ気配と言うか・・・」
「よく分からないのっ!」ポッポリーは首を傾げる。
「ああ、分からなくていいさ。ちょっと話しただけだ。ポッポリーは休みを楽しめ。」
「了解なの!」
2人が話してるところまで、ライラが飛ばされてくる。
ライラはそのまま砂の中へ潜る。
ルルは動きを止め、耳に意識を集中させた。
近く地面が動いた瞬間、そこへ目掛けて風を飛ばす。
だが、撒き上がった砂の中にライラの姿は無い。すぐさま背後で砂が盛り上がる。
気付いたルルが振り向きながら後ろに跳んで距離を取る。
しかし、盛り上がった砂から出てきたのはデザイルだった。
「・・・囮っ!」
ルルが呟くと同時に真後ろからライラが飛び出した。
そのまま後ろから蹴りを入れ、ルルを吹き飛ばした。
飛ばされたルルはすぐに体勢を整え、ライラに向かって跳ぶ。
ライラは剣の代わりの棒状に形成した砂で迎え撃つ。
ルルはそれを右手のガントレットで払い退けると、左ストレートを繰り出し、ライラの胸を捉えた。
「ぐっ!」
ライラは吹き飛ばされながらも、自身の前に砂の壁を作り出し、ルルの追撃を遮る。
ルルは気にせず突っ込み、砂の壁を体当たりで貫く。
その先ではライラが手を翳し、周囲の砂が浮かび上がっていた。
ルルは咄嗟に距離を取ると同時に、同じく手を翳し魔力を込める。
大量の砂と風魔法がぶつかり、砂が周囲に弾け飛ぶ。
意地になっている両者は更に魔力を込める。
凄まじい勢いで砂が拡がり、一帯が砂塵に包まれていく。
「あぁー!お耳の中に砂が入るのっ!」
ポッポリーが両翼で耳を塞ぎながら叫んだ。
「喋るな!口にも入るぞ!」
ディケンズが手でポッポリーの口を塞ぎながら言う。
「おい!止めろ!二人とも!砂が町まで行くぞ!」
ディケンズが叫んだ時、ライラが翳していた手を空に向けた。
砂が止まった瞬間、風がライラにぶつかり、飛ばされたライラが海に落ちる。
それと同時に舞っていた砂が集められて出来た巨大な玉が、ルルを押し潰した。
砂塵は晴れ、一気に静かになった。ディケンズは溜め息をつき、その隣でポッポリーが羽根の隙間に入り込んだ砂を払う為に、犬の様に全身をブルブルと振るわせる。
ほぼ同時に二人が出てくる。
ルルは風を纏い、一瞬で砂を払う。
「やっぱりルルの速度についていけねぇと、ムロイスは厳しいかもな。」
「スピードタイプなのは確かだけど、速さは分からない。」
ルルが言いながら、ずぶ濡れのライラを乾かす為、風を放つ。
「前見たときは、トリッキーな動きはしてたが、速いかどうかは分からなかったな。」
風を受けながら喋った為、音が揺れて変な声になる。それに気付いたポッポリーが近づいてきて、隣で「あぁ~」と言いながら遊びだした。
「あの時はそれどころじゃなかったからな。」
ディケンズも近づいてくる。
ルルが風を止めるが、ポッポリーがごねた為、後方に行かせて、小さく風を当て続ける。
「それで・・・この前言ってたルーゼス様には確認したのか?」ディケンズが尋ねる。
「あっ!忘れてたな。」
ライラはそう言うと空に向かって声を掛ける。
「いるかぁ~?」
「おいおい。ちっとは気遣えよ。」
「どうせ暇だろ?」
「まぁ、暇ではあるな。」
声と共に突然ルーゼスが姿を現す。
ディケンズとルルは頭を下げ、ポッポリーも二人の真似をして頭を下げた。
「なぁ、アンタに訊きたいことがあるんだ。」
「ムロイスの場所か。」
「おい。何だよ。盗み聞きしてたのか?」
「暇だからな。」ルーゼスは悪びれることなく言った。
「まぁ、いいさ。そんで?居場所は分かるのか?」
「目を閉じてみよ。」
ルーゼスの言葉に全員が目を閉じる。
ルーゼスが手を翳した瞬間。
「あ?」
「これは・・・」
全員の脳裏に景色が広がる。明らかに人型の高さでは無い、低い位置から見た砂漠の景色。
「ムロイスの・・・視界。」ルルが呟く。
「左様。」
ゆっくりと進んでいく景色の中でディケンズが気付く。
「あの岩・・・遺跡の岩か?」
視界の隅には苔の付いた長方形の岩が見えた。
「つーことはヨーズリーの辺りか。」
「そうだ。」
ルーゼスの言葉と同時に視界が消える。
三人はルーゼスを見るが、ポッポリーだけはまだ目をパチパチさせながら驚いていた。
「どうする?今すぐ連れていくか?」
ライラはディケンズの方を見る。
「アレの部品はいつ頃出来るんだ?」
「多分あと2、3日は掛かるな。」
「んじゃ、もうちょい後にしてもらいてぇな。」
「なるほど。ならば準備が出来たら呼ぶがいい。」
「了解だ。済まねぇな。」
ルーゼスは答えることなく、風と共に姿を消した。




