第87話 金を紡ぐ者たち
「わぁ!ありがとうございます!」
ローゼルが差し出したハーブティーをエリーザが笑顔で受け取る。
香りを嗅ぐとゆっくり口をつける。そして静かに微笑んだ。
「とっても美味しいです。」
「サルマイアは深い味わいですが、クドさは無いので飲みやすいですね。」
昼下がりのルプランデル。店先には「close」の札がかかり、アトリエ内のテーブルにはライラ、ルル、エドゥリア、ローゼル、エリーザの5人がお茶会を開いていた。
ローゼルとエリーザはハーブティー談義を楽しみ、エドゥリアはライラに腕を絡ませ、ルルは1人静かに飲んでいる。
「・・・美味しい。」
一口飲んだルルが呟く。
「ですよね!」エリーザは微笑みながら同意する。
「おい!離れろ。食いづらいだろうがっ。」
クッキーを手に取ったライラが、身体を寄せてくるエドゥリアを煙たがりながら言う。
「ライラ様からしか得られない栄養素があるんです。」
エドゥリアはライラの腕に絡み付きながら、大きく匂いを嗅ぐ。
「止めろ!気持ち悪ぃな。」
ライラはエドゥリアの顔を鷲掴みし、引き剥がそうとする。
「こ、これはこれでありかも・・・」
「うるせぇよ。おい、ローゼル!主人を何とかしろ。」
手を止めたローゼルが答えた。
「マスターも最近は戦い続きでしたので、栄養補給が必要かと。」
エリーザがフフッと笑う。
「だからそんな栄養素はねぇんだよ!」
「ああ!もう少しだけ!」
穏やかな昼下がりに二人の攻防は続いた。
暫く経ち、ローゼルとエリーザは洗い物の為にキッチンに向かい、テーブルにはライラ、ルル、エドゥリアの3人だけになった。
見計らったようにルルが口を開く。
「それで・・・ムロイスに挑むの?」
先日、砂塵竜と対峙した時、ルルの危険関知度は瞬時に跳ね上がった。ムロイスもまた奴と同じAランクである。
「ああ。だが他の奴と違って根城や縄張りがあるわけでもねぇし、不浄王みたいに監視がついてる訳でもねぇからな。問題はどう探すかだ・・・」
「ポッポリーに頼む?」
「いや、ポッポリーでも流石に難しいだろうな。それに不浄王を追跡を邪魔する訳にもいかねぇだろ。」
「じゃあどうするの?」
「何とかならねぇか?」ライラはエドゥリアに話を振った。
エドゥリアは指でズレていた眼鏡を直しながら言う。
「特定の種を探しだす道具と言うのは無くはないですが、ムロイスと言う魔物そのものがはっきりと分かっていない以上は難しいですね。」
「なるほどな。」
その時、扉からディケンズが入ってくる。
「よおっ!女子会とか言うのは終わったか?」
「ああ、多分な。そっちはどうだった?」
「工房の連中とは話をつけてきた。素材は何とかなりそうだし、金はとりあえずツケてもらうことにした。」
ディケンズの言葉にエドゥリアが返す。
「では感知式の光弾を撃てるようになるのですか?」
「いや、やはりそれは難しいみたいでな。とりあえずは時限式にすることにした。」
「時限式・・・あぁ、じゃあやっぱりあそこの構造は・・・」エドゥリアは独りでぶつぶつと呟きだす。
「今、ムロイスをどう探すかを考えててな。」
「ああ。その件か。」
「なんか案はあるか?」
ディケンズは答える代わりに肩をすくめた。
「夜の捜索は危険過ぎるし、昼間の猫の姿をあの砂漠の中から探すのは無謀過ぎる。」
「まぁ、そうだよな。」ライラ納得しながら宙を見た。
「ある意味では禁じ手かもしれねぇが・・・」ディケンズはライラの正面に座りながら言った。
「何だよ?」
「ルーゼス様に頼むのはどうだ?」
「アイツに?」
「流石に土地神様なら場所も分かるだろ?」
「う~ん・・・」
「頼んでみる価値はある。」ルルも同調した。
「素直に聞くかねぇ、あいつが。」
「大丈夫だろ。何だかんだでルーゼス様は、ライラのことを気に入ってるし。」
ディケンズの言葉にルルも頷いた。
「う~ん。まぁ1回聞いてみるか。」
「ムロイスへの戦略も練らねぇとな。」ディケンズが呟く。
「手負いなんだろ?」
「バアルの話じゃ、魔王の一件の時に右手を失ったって言ってたが、モドンのジイさんが言ってたみたいに、不浄王やデザートドラゴンと違って1体とも限らないからな。」
「複数体いたとしても、手負いを狙いたいとこだな。」
「やっぱり光に弱いのかね。」ライラが疑問を呈した。
「どうだろうな。影に隠れるっていう話は聞くが、闇属性なのかは分からんな・・・」
「情報が無さすぎる。」ルルが呟く。
「ムロイスの村が襲われた時の生き残りとか、どっかにいないもんかね。」
「いたとしても、魔物研究所以上の情報を持ってるとは思えませんけどね。」エドゥリアが冷静に答えた。
「確かにそうだな・・・」
「結局、いつも通り行き当たりばったりで戦うしかねぇか。」
ライラが諦めたように伸びをしながら言った。
「Aランクの魔物がそんな感じで勝てるか分かんねぇけどな。」
「まぁ、ヤバいと思ったら一旦逃げちまって、対策を練り直せばいいさ。」
「砂に潜れるお前はいいが、俺はそんな簡単には逃げれねぇんだよ。」
「あっ!それなら・・・」
ポンっと手を打ったエドゥリアは奥の部屋に入ってった。
暫くしてエドゥリアが戻ってくる。
その手には一振りの杖が握られていた。
木で作られているが、杖先には六角柱の白い宝石が付いており、持ち手の先にはダイヤモンドカットされた琥珀色の宝石が付いている。
「何だそりゃ?」ライラが尋ねる。
「この間の天使の一件で、撤退の必要性も出てくるかと思って作った物です。この辺りで手に入る素材で作るのは初めてなので、試作的なものとはなりますが・・・」
「逃げる時に使うのか?」今度はディケンズが尋ねた。
「はい。」
エドゥリアは床に杖をついた。
「まずこの杖で戻りたい場所に円を描いて、その中央に杖を突き差します。」
言いながらエドゥリアは床に円を書く振りだけをする。
「次に杖の先の、この宝石を引き抜きます。」
宝石を抜くと、その下には小さな筆のような物が付いていた。
「そしてこの筆で、お二人とお二人のモウズちゃんに、地面と同じように円を書いて下さい。」
言い終わるとエドゥリアは宝石を杖に戻した。
「後は宝石を砕いて貰えば、筆で印をつけた者は全員、杖を差した場所へ飛ばされます。」
「ほ~ん。便利なもんだな。」
「逃げれる距離はどのくらいなんだ?」
「大体100~200mですね。試したことは無いですが、最長で500mくらいかと。」
「100~200・・・」
「それなら流石に視界からは外れられるか。」
「ああ。だが縄張りを出れるかと言えば、微妙な線だな。」
「因みに魔法ではないので、瞬間移動ではなく、物理的に飛んでいきます。」
「物理的に?100mをか?」ライラが驚く。
ディケンズは訝しげな表情をしながら尋ねた。
「それは身体的に大丈夫なのか?」
「はい。今のところ、死者が出た話は聞いてません。」
「死者が出た話はってなぁ・・・」
ライラとディケンズは顔を見合わす。そして・・・
「お前が先に試せよ。」2人同時に言った。
「何でだよ。」
「そりゃあ、アタシよりお前の方が頑丈だろうが。」
「いや、お前なら最悪、砂に突っ込めば衝撃を回避出来るだろ?」
「いやいや、100mぶっ飛んでんだぞ?そんな衝撃気楽に受けれるかよ。」
「そんなこと言ったら、俺の身体だって一緒だろう。」
口論を続ける2人にエドゥリアが言う。
「あの・・・着地時は衝撃が緩和されるように出来てますよ。」
「あ?」
「ああ、まぁ、そりゃあそうか。」
「それと残念ながら試すことは出来ません。」




