第84話 エリーザのために①
後にも先にも、その日ほど狩人たちの連携が取れた日は無かった。
エリーザが攫われたと分かったその瞬間から、メイリスの狩人は全員が依頼を放棄し、砂漠へ探しに行く者と自身の情報網を当たる者に分かれた。
一報は即座にニグにも伝わり、ブロウを中心にニグの狩人も捜索に加わり、ザインと給仕係の魔女もまた独自の情報網を使い、エリーザの行方を探った。
そうして2日も経たぬうちに、主犯がコズモンド・デル・エルサスのヒルドックであること、そして潜伏先が北東の廃村「ムロイス」であることが判明した。
全てのメイリスの狩人たち、そしてブロウ、ルルを含む一部のニグの狩人たちは準備もそこそこに、ムロイスへと向かった。
ムロイスの周辺には、ヒルドックにより雇われた野盗たちがおり、その数はちょっとした盗賊団よりも多かった。
「おっ!来やがった。アイツらを殺ればいいんだろ?」
野盗のひとりが言う。視線の先にはモウズで駆ける狩人の団体が見える。
「な、なんか様子がおかしくないか?」
別の男が呟く。
狩人たちは皆、鬼神の様な表情で雄叫びを上げながら突き進む。
「あの娘を助けて欲しけれ・・・ぐはぁ!」
野盗が言い切る前にライラの跳び蹴りが飛んだ。
「人間だろうと容赦しねぇ!エリーを見つけるまで全員ぶっ飛ばすぞ!」
「おぉー!」
ライラの言葉に皆が声を上げる。
「な、なんだこいつらっ!イカれてやがる。野郎ども!やるぞ!」
そうして狩人と野盗との乱闘が始まった。
剣の斬撃を避けたライラが腹に蹴りを入れる。同時に作り出した砂の玉を放ち、付近にいた野盗に当てる。
普段は比較的冷静で温厚なディケンズさえも、尻尾で弾き飛ばしながら、持ち上げた野盗を投げ飛ばした。
怒りから3割増しの力を出している狩人たちは野盗を圧倒し、どんどんと攻めいって行く。
ムロイスは廃村になって30年近く経つ。ほとんどの家は瓦礫となって朽ち果て、外界から村を守る塀だけが原型を残し、辛うじて村としての体裁を保っている。
ムロイスの内部には更に多く盗賊がいた。
「エリーっ!」
「どこだっ!」
それでも狩人たちは一切退かず、突き進む。
乱戦の最中、笛の音が響く。
皆がそちらを見ると、村の奥の原型を留めている家の上にひとりの男が立っていた。
「狩人どもよ。よく来たな。」
「誰だてめぇわ!」誰かが叫ぶ。
「俺の名はヒルドック。」
言った瞬間に狩人の放った矢が飛び、ヒルドックは手にした剣で弾いた。
「早まるな。最後まで聞け。」
周りにいた盗賊たちは少しずつ下がっていく。
「残念だが、ここにあの娘は居ない。別の場所で捕らえている。お前たちは俺が流した偽の情報を掴んだと言うわけだ。」
「なんだと!」
「その場所は俺しか知らん。俺が連絡すれば娘は死ぬ。勿論、俺からの連絡が途絶えても、殺すように伝えてある。つまり、お前たちは俺を殺せないということだ。」
ヒルドックが目配せすると盗賊のひとりが地面から出ているレバーを握る。
「この村にちょっとした仕掛けを作ってある。」
「仕掛けだと・・・」
「こういうことは俺の趣味ではないんだがな。手を借りた盗賊たちが是非と言うことでな。」
レバーが下がると同時に狩人たちを囲うように地面から柵が競り上がる。
「何だ?」
正面だけを残して円形に作られたそれはまるで、闘技場の様に見えた。
「何がしてぇんだ!」ブロウが叫ぶ。
「余興さ。古い時代には奴隷や罪人を魔物と戦わせる見世物があったそうだ。」
ヒルドックの合図で、奥から数体の魔物が見える。盗賊たちが数人掛かりで紐を引っ張り連れてくる。
それを見たディケンズが呆れながら呟く。
「態々俺たちの為に、皆でこんなもん用意したかと思うと涙が出るな。」
「違ぇねぇ。盗賊っても往々に暇なんだな。」ライラが返した。
「反撃するのは構わん。だが、柵の外にいる者に攻撃したり、柵の外へ逃げだしたら、娘の命は無いと思え。」
「くそ。卑怯な野郎だ・・・」盾を構えたルッソが呟き、ハモンドは見て言った。
「アプールにムルシラドス・・・なかなか厄介だな。」
「こちらが用意した魔物が先に無くなるか、お前たちか先に死ぬか・・・」
ヒルドックの合図で魔物につけられていた口輪が外される。その瞬間、魔物が暴れ、数名が柵に叩きつけられた。逃げるよう盗賊たち出ていく、唯一開いていた正面も柵で閉じられる。
「さぁ、戦え!」
柵の高さは3mほど、大小合わせ10体の魔物。
3頭のギルニアラプトルと呼ばれる小型の恐竜が威嚇し、1頭がブロウに跳び掛かる。
一歩下がったブロウは大剣の腹で弾き飛ばす。別の方向から跳んできた1頭を、空中でルルが殴りつけた。
ライラはムルシラドスにデザイルを向ける。
「バタバタして試せなかったからな。悪いがお前が新しい力の実験台だぜ。」
ライラが魔力を込めると砂がデザイルに集まり、剣よりも大きな棍棒を形成した。
「行くぜ。」
ムルシラドスに向けて、ライラが駆け出す。
気付いたムルシラドスが尾の先をライラに向ける。
ライラは走りながら、前方に地面に手を翳して魔力を込める。そうして背後に注意を促した。
「ブレスが来るぞっ!」
地面が盛り上がる。それを踏み台にライラが跳ぶと同時に尾の先から放たれた水ブレスが、盛り上がった砂を蹴散らした。
ライラはそのままデザイルでムルシラドスの頭部を殴り付ける。砂は砕け散ったが、その硬さは今までとは違い、充分に鈍器として扱える程だった。
怯んでブレスが止まったムルシラドスだったが、そのまま尻尾を振り回し、ライラを吹き飛ばした。
柵にぶつかり落下したライラにギルニアウルフが飛び付くが横からルッソが盾で押し退け、剣で反撃する。
「大丈夫か?」
「ああ。済まねぇ。」
暫く戦いが続き、魔物が数が減った時、盗賊が柵を開いて数体の魔物を追加した。
ライラの横でディケンズが言う。
「まだいるのかよ。」
「どのみちここに居てもエリーは助けられねぇぞ。」
「ああ。別の場所に移すなんて、考えりゃあ分かることだった。怒りで冷静さを欠いたな。」
「どうする?誰かを上手いこと脱出させるか?」
「だな。だが俺とルルは居なくなったらすぐバレる。ガタイからしてブロウも危ないな。」
「アタシが砂に潜って出るか。」
ライラが行こうとするのをディケンズが止める。
「待て。」
「なんだよ?」
「ライラもダメだ。よく考えろ。人間の女はお前しかいない。」
「あっ。」
女の狩人はそれほど多くはない。特にメイリスではライラひとりであった。故に目に付きやすい。
「じゃあ、どうすんだよ。」
「ルッソ辺りが目立たなそうではあるが、問題はどう逃がすかだな。」
ライラは柵を見上げる。
「登ったら流石にバレるか。」
「あの高さなら吹き飛ばされて、越えれないこともない。」
「わざと飛ばされて、死んだふりをしとくってことか?」
「それで騙せるかは分からんが、他の当てもないしな・・・」
ライラがルッソを探す。離れたところでハモンドと共に魔物と戦っていた。
「ルッソ!」
ライラが駆け寄ろうとした時、2人の間を遮るように地面に向け、水ブレスが発射された。
ライラは咄嗟にバックステップで躱す。
「どこ狙ってやがる!」
次の瞬間、ブレスが当たった地面が揺れる。
その中からカエル型の魔物、サルテンドトードがその巨体を覗かせた。
「鉄砲ガエル!?」
頬が膨らむのを見て、ライラは咄嗟に砂の壁を作る。
ライラが壁に隠れた瞬間、カエルの口から砂の玉が薙ぎ払うように連射される。
「うおぉ!」
何人かの狩人と魔物が玉に当たり、蹴散らされる。
ルルは風魔法で砂を弾き、周囲の仲間を守った。
ライラの隠れている壁にディケンズが滑り込み、ソールオングルを準備する。
「鉄砲ガエルまで連れ込んで来やがったのか。」
「脱出させるどころじゃねぇな。場が荒れてやがる。」
「先ずは落ち着かせるか。」
言ったディケンズが壁の上にソールオングルを乗せて、鉄砲ガエルに向け、光弾を放った。
鉄砲ガエルはすぐに反応し、砂の中へと回避した。
地面に着弾し、爆発すると砂煙を上げる。
視界の無い中で誰かが「こんな狭いとこで撃つんじゃねーよ。」とぼやく声が聞こえた。
視界が晴れ、皆が状況を確認していると「キュイィ!」と言う声が空から聞こえた。
皆が見上げると、そこには小さな羽の生えたモグラのような生き物が飛んでおり、その手には何やら丸い玉を持っている。
「なんだありゃ・・・?」
手にした玉が落下し、地面に落ちて割れた瞬間、周囲に音が広がる。
「皆さん!エリーさんは無事救出しましたので、安心してください!!」
それはエドゥリアの声だった。




