第80話 自然と魔物と人間と
「おいおい。しつけぇ奴らだな。」
ライラは後ろを見ながら毒づいた。
モウズに乗って駆け抜けるライラとディケンズ。
その後ろをギルニアウルフの群れが追う。
「無闇な殺生はしたく無いが、こんな開けた場所じゃあ、撒くに撒けねぇな。」
言いながらディケンズは後ろ向きにソールオングルを構えた。
飛び掛かってきたウルフをライラが蹴り飛ばす。
「モウズに乗りながら撃って大丈夫なのか?」
「出力を下げれば、何とかなるはずだ。」
「はずだってお前・・・仕方ねぇ、ここはアタシに任せな。」
ライラはモウズの上で態勢を傾け、片手を砂の中に突っ込む。
魔力を込めた瞬間、地面が波打ち、何頭かのウルフが足を取られて転倒する。
そのまま砂から手を出し、ウルフに向けると、幾つもの砂の玉が飛んでいき、残ったウルフたちを蹴散らした。
「何か威力上がってないか?」
「ああ、実はな・・・」
ライラは魔法研究所での出来事をディケンズに話した。
「サンドロスライトか・・・そういや前にそんなこと言ってたな。」
「ディケンズも一度調べて貰えば良いんじゃないか?」
「あぁ?」
「属性だよ。」
「あぁ。確か雷らしいが、それ以前に魔力が殆んど無いんだとよ。」
「触媒ではどうにもならねぇのか?」
「多少はなるかもしれないが、当然元から魔力がある奴よりは劣るからな。下手にそっちを伸ばすより、別の力を鍛えた方が良いんだよ。」
「そんなもんか。」
「ああ。だから俺は腕力を活かす戦い方を選んだんだ。」
そう言ってソールオングルを軽く叩いた。
「ドワーフたちの魔法科学はエドゥリアの錬金術と一緒であまり認知されてない。それにドワーフの道具は貴金属を使う分、重い物が多いからな。人間より俺の方が向いてるだろ?」
「まぁ、確かにアタシがソールオングルを担いでたら半日でへばりそうではあるな。」
「まぁ、適材適所って奴さ。俺は力、ライラは速さを活かせばいい。」
暫く砂漠を進んだ2人はオアシスに辿り着いた。
「ここがバアルの言ってたオアシスか?」
「みたいだな。」
2人はモウズを降りて、休憩を取る。
先にいた数頭の草食動物が、2人を見て暫く警戒したが、敵意が無いと分かったのか水分補給を続けた。
「いつものとことは随分違うな。」
ライラは周囲を見ながら言った。
メイリスから一番近いオアシスと大きさは然程変わらないが、水中の植物も多く、水場周辺の植物も違う種類の物が多かった。
「ここからだと、ベールズが一番近いからな。」
「何か関係あるのか?」
「ベールズは国境だ。普段ギルニアには無い植物の種子が入ってくる。」
「風に乗るにしちゃあ、遠い気がするけどな。」
ライラは自分たちが進んできたベールズの方角を見た。
「風じゃねぇ、俺たちだよ。」
「あ?」
「狩人たちの服や靴に着いた種が、ここで休もうとモウズを降りた時に落ちるんだ。」
ライラは自分の靴底を見ながら「あ~」と呟いた。
「勿論すぐには根付かないがな。何十年と掛けて、新たな生態系を作るんだ。」
「そういうもんか。」
「そういうもんだ。パルドランダもそうらしい。」
わざわざベールズまでやって来た当初の目的。
「ああ、バアルから聞いたよ。何つったか、元々は砂漠に住めない奴なんだろ?」
「クラゲだ。砂漠どころか水の中でしか生きられねぇ生き物だ。」
「解せねぇな。草木は分からんでもないが、水中の生き物が砂漠に適応するもんかね。」
「魚型の魔物だっているんだから、無くもないだろ?」
「でもよ?じゃあアタシたちが明日から水の中で暮らせってなったって死んじまうじゃねぇか。どうやって適応するんだよ?」
「それは・・・分からん。だが長い歴史の中で試行錯誤があったんだろ。」
「う~ん。」
「まぁ、それが分かったところで、戦い方か変わるわけでもないんだから、別にいいんじゃねぇか?」
「そりゃあ、そうだが・・・」
暫く休息を取った2人は出発の準備を始める。
「こっから先は奴さんの縄張りか?」
「だいたいそうだろうな。警戒だけはしといた方がいい。」
その時、ディケンズが気配を感じ取る。
「待て、なにか来る。」手でライラの動きを制止する。
同時に草食動物たちも一斉に同じを方向を見た。
背の高い草を掻き分けて1頭の魔物か顔を出す。
ムルシラドス。二足歩行の獣脚類であり、アルドギドスよりは少し小さい体躯をしている。頭部から尻尾の先に掛けて、背中側は岩のような見た目の鱗に覆われている。
脅威となる程の牙や爪は持たないが、尻尾の先にある穴から発射する水のブレスには注意が必要である。
草食動物と目が合い、一瞬動きを止めたが、ムルシラドスはすぐに水を飲み始めた。種族による違いはあれど、多くの捕食者は空腹でない限り、無闇に襲うことは少ない。
草食動物たちも、危険が無いと判断するが、ゆっくりとその場を離れていく。
ライラとムルシラドスが目が合う。ディケンズは先にモウズの元へ退避していた。
多く肉食動物にとって、人間が補食対象になることは少ない。雑多な物は食い漁る人間は、正直なところ不味いのだ。だが人間の場合、縄張り争いの対象と見られる事もある。人間が魔物に襲われる理由の大半はこれである。
そしてライラたちは今、砂漠と言う魔物たちの縄張りを荒らしている状態だ。だがしかし、オアシスという場所は特定の種の縄張りとは言い難く、多くの者は暗黙の了解で不可侵条約を結んでいる。
水を飲みながらも、目だけはライラの方を見て、警戒を続ける。ムルシラドズは体内にある水袋へ水を溜め、その水を尾の先からブレスして噴射させる生態上、他の生物より多くの水分補給が必要であった。
ライラもまた、目を合わせたままゆっくりと後退る。
そこまで苦戦する相手ではない、だが無駄に体力を消費したくはなかった。
互いに今ではないこと確認しあった、その時。
「おいっ!止めろっ!」
「ブモォ!」
ディケンズの制止の声と共に雄叫びを上げたモウズが走り出す。
ディケンズのモウズはグリフォンとの戦いで負傷し、療養中であった為、変わりにミリオンのモウズを借りていたが、気性の荒い性格だったモウズは果敢にもムルシラドズへと突進を仕掛けたのだ。
後脚に頭突きを喰らったムルシラドズは水飲みを中断し、雄叫びを上げる。
「不味い。」
ライラが咄嗟にムルシラドズの頭部へ砂の玉をぶつけて、注意を引く。
「アタシが引き付けるからモウズを逃がしてくれ!」
「分かった!」
ライラは大きく後ろに跳ぶ。剣に手を掛けるもまだ抜くことは無い。
ムルシラドズも攻撃を仕掛けることなく、ライラを追う。
砂漠に生きる者たちとって、オアシスを汚すことは最低限に抑えたい。
充分に距離をとったところでライラが剣を抜いた。
ムルシラドズは威嚇し、そのまま頭突きを繰り出す。
ライラは突っ込みながら躱し、走り抜けながら脇腹を切り裂く。
背中側と違い、肉質の柔らかい腹部に傷が入る。しかしムルシラドズは怯むこと無く、尻尾の先をライラに向けた。
それを予見していたライラは滑り込むように砂の中へ潜る。
ライラのいた場所へ水のブレスが噴射され、勢いで砂が抉れるもライラの姿は無かった。
モウズを退避させたディケンズが横からソールオングルを向けて構えた時、ライラのいた場所から砂のブレスが噴射される。
それはムルシラドズの頭部に当たり、大きく怯ませた。
「ライラか?」ディケンズがライラのいた場所を見た。
そこに居たのは地面から現れたパルドランダだった。
その触手の一本はライラの身体を拘束していた。




