第79話 顔の無い天使④
ライラは大きく欠伸をした。
「おいおい。気を抜きすぎだろ?」
隣に伏せてソールオングルを構え、狙いを定めているディケンズが思わず突っ込む。
「しょうがねぇだろ。暇なんだから。」
寝転がるライラの頭の下には枕代わりにしているツートンランと言う獣が気持ち良さそうに日向ぼっこをしている。丸い身体にフワフワな毛を持つ犬みたいな獣で、人里付近に生息しており、野生の個体でも温厚で人懐っこい。
家畜ではなく、ペットとして飼っている者もいる。
「大体、肩慣らしの為なのに、何でこんな待ち伏せスタイルなんだよ。」ライラは空を見ながら言った。
「そりゃあ、ある依頼しか受けれねぇんだから仕方ないだろ。」
ディケンズはソールオングルの目盛りを絞り、最高出力にした。光弾は小さくなるが、威力と飛距離は上がる。
「奴さんは警戒心が高いんだよ。」
「アタシは町で飲んでりゃあ良かっ・・・」
「シッ!来やがった。」ディケンズが声を潜める。
木々の向こうから一頭の獣が現れた。
ロンバルドルムと呼ばれる巨鹿である。モウズよりも一回り以上大きな身体を持ち、雄の個体はその身体に劣らぬ立派な角を有している。
草食でありながら雌や子を守る為に、肉食獣と闘う勇敢さから、騎士団や王家の紋章に描かれることもある。
角の形状が立派なものは、貴族たちに喜ばれる為、交渉材料に欲しがる商人たちは多い。
「良い角だ・・・」
ディケンズは横っ腹に狙いをつける。首元では爆発で角を損傷させる可能性があるからだ。
「済まねぇな。」
ディケンズが引き金を引こうとしたその時、ツートンランが寝返りをうち、抜け毛がふわりと浮く。
それがライラの鼻を刺激する。
「ふぁ・・・ぶぁっくしゅん!!」
ライラの盛大なくしゃみに、ロンバルドルムはすぐに辺りを警戒し、素早く木々の中へと消えた。
「おいっ!」
思わずディケンズが叫ぶ。
ツートンランは自分が呼ばれたと思い、嬉しそうに尻尾を振る。
「しょうがねぇだろ。くしゃみは生理現象なんだから。」
「くそっ!もう今日は警戒して出てこねぇぞ。」
「まぁ、他の個体を当たるしかねぇだろうな。」
ライラのツートンランの腹を両手でワシャワシャと撫でる。ツートンランはベロをぷらぷらさせながら、大喜びで尻尾を振る。
「あぁしかし、やっぱアタシは砂漠じゃねぇと駄目だな。どうも覇気が出ねぇよ。」
撫でるのを止めたライラがツートンランを放り投げた。
その丸い身体と毛で鞠のように跳ねたツートンランは楽しかったのか、もう一度と言わんばかりにライラへと駆ける。
ライラは空を見上げた。
「あ~さっさと侵入禁止を解除してくれねぇかな・・・」
振り返ったルルの真っ赤な双眸がローゼルを捉える。
ローゼルは緊張で喉をならした。普段のローゼルならまず無いことだった。
そこにいるのは、最早ルルではない。一夜にして国を滅ぼしたとされる黒兎。
ローゼルは仮死薬を胸元のポケットにしまう。
彼女を救うには仮死薬を飲ませるしかない。しかし、握りながら戦える相手ではない。戦いの中で判断する他なかった。
ルルが構えるのが見えた。
ローゼルは腰に手を添える。ナイフを使うべきか否か。もし仮死薬以外で殺してしまえば・・・だがナイフ無しで太刀打ち出来るか。
ルルが動く。ローゼルは目を見開いた。
一瞬の迷いのうちに、もう目の前まで来ていた。
ルルのフックを、咄嗟に腕で防ぐ。そのまま後方へ押された。
追撃を仕掛けるルル。ローゼルは横へ回避するが、直角に曲がったきたルルの殴打が飛ぶ。
ローゼルは瞬時に屈み、その腕を掴んで投げようとしたが、掴もうとした時には、既にルルの姿は無かった。
「なっ!」
驚くローゼルの背後から拳が飛び、ローゼルは殴り飛ばされた。
立ち上がったローゼルは素早くナイフを抜き、追撃に備える。しかし、またルルの姿は無かった。
地面に影が走り、ローゼルは見上げる事もなく後方に跳んだ。
その場に上空からルルの一撃が落ちる。落ちたと同時にルルはもうローゼルの方へ跳んでいた。
ローゼルは下がりながらナイフを投げる。
突進していたルルは急停止し、自身の周りに風を巻き起こし、ナイフを弾いた。
その風は同時に砂を巻き上げ、視界を隠す。
ローゼルは咄嗟の判断で、敢えて砂埃の中へ突っ込んだ。
背後、ローゼルの居た場所から衝撃音が聞こえる。拾い上げたナイフを投げようと振り向いた瞬間、砂埃の中からしなる腕が現れ、ローゼルの足を掬うと後方へ投げ飛ばす。
空中で態勢を立て直したローゼルだったが、直後、投げた相手より先に移動していたルルに背後から殴られ、地面に激突した。
追撃を避けるため、無理やり身体を起こしたローゼルの視界の隅に大きな岩が見えた。
ローゼルは即座に岩に向かって走り出す。後ろからルルも追った。
ローゼルは前を向いたまま、背後に数個の玉を投げる。
それは空中で破裂し、小さな爆発が幾つも起きる。
だがルルはそれを高く跳んで回避した。
その動きはローゼルの予測通りで、当然前に来ると踏んで、今度は岩のある前方に向かい、別の玉を投げつけた。
ローゼルの行く手を遮るように降り立ったルルの前で玉が破裂し、粘着性のあるトリモチが噴出される。
避けきれず、左腕に付着し、背後の岩へと拘束される。
ルルは力任せに引くが外れる事はなく、岩から1mくらいの範囲に繋がれたような状態になった。
ローゼルはルルの前に立った。とりあえず、行動を制限することは出来た。ここからどう仮死薬を飲ませるか・・・
ルルは何度もトリモチを引き千切ろうと腕を引く。
「無駄です。」
それで千切れるほどヤワな物でない。
しかし、ローゼルの言葉がルルに届いているようには思えなかった。
ルルは牽制の為にその場からローゼルへ風を放つ。
躱したローゼルが仮死薬を取り出す。
指で弾き、口に入れる。難しくはあるが、ローゼルの能力ならば可能であった。何よりも接近は危険が伴う。問題はいかに隙を作るかだった。
ローゼルはルルの風を避けながらチャンスを伺った。
最早言葉を発する事もなくなったルルが、荒い息をしながら普段聞くことの無い雄叫びを上げる。
今かとローゼルが右手を構えた瞬間、ルルは岩に足を掛けて上へ跳んだ。トリモチですぐに制止されるも、更に風魔法掛け、無理やり上にあがる。
トリモチと同様にルルの腕も千切れる程伸びる。相当の痛みであるはずが、ルルは理性は飛んでいた。
それでもトリモチは千切れず、ルルは岩へと引き戻される。その瞬間、ルルは右手の拳を握り、しならせた。
戻されると同時に放った一撃。目的はトリモチを千切ることではなく、トリモチが付いている岩の方だった。
ルルの一撃は岩を砕いた。ルルは即座に腕を振るう。トリモチの先についた岩の断片が鎖の先についた鉄球の如くローゼルへと飛ぶ。
後方へ避けたローゼルだったが、ルルは追撃にかかる。
右手の攻撃、岩、風魔法。ルルの怒涛の連撃をローゼルは避け続ける。
だが、それが長く続かないことはローゼル本人が一番よく分かっていた。
ローゼルは覚悟決めると仮死薬を左手に持ち変える。そして岩を躱すと同時に右手でトリモチを掴んだ。
凄まじい勢いでルルが迫る。ローゼルは意識をルルの口に集中させる。
口が開いた瞬間、左指を弾いて薬を飛ばした。
迫る速度も相まって、それは一瞬でルルの口腔に消えた。
だがそれと同時にルルの一撃が入る。ローゼルは元より避ける気は無かった。
ルルの右手はローゼルの胸を貫いた。
ローゼルは口から血を吹き出し、ルルへもたれ掛かるように倒れた。
ルルもまた、薬が効いたのか首を抑えてもがきだすも、トリモチで繋がったローゼルのせいでその場へと倒れ込む。まるで2人は抱き合うような形になった。
「ルル様・・・どうか・・・」
目を開けると見覚えのある天井が見えた。ルプランデルの天井。
そっと右手を上げると、青い毛で覆われた腕が見える。
その動きで気付いたエドゥリアが覗き込んできた。
「おはようございます。ご自分の名前は分かりますか?」
「私の・・・名前・・・ルル。」
エドゥリアの表情に安堵が浮かぶ。
「どうやら実験は成功。私の仮説に間違いはなかったようです。」
「ローゼルは?」
「治療中です。壊されたのが頭ではなく心臓だったので、死にはしましたが、記憶は失わずにすみました。こうなるのは予見済で準備はしてましたから、まぁ一週間ほどで直るでしょう。」
「そう・・・」
「因みにブロウさんも一週間ほどで退院との事です。」
ルルも一先ず安堵した。
「・・・天使は?」
「ローゼルの生体反応が消えて、すぐ向かったのですが、天使に関しては跡形もなく消えていましたね。ルーゼス様の話では確実に死んだみたいですけど。」
ルルはゆっくり目を閉じた。
「何かしら研究に使えるかと思ったんですけどね。ルーゼス様も、それ以上は何も語ってくれませんでした。」
エドゥリアは諦めたように言った。
そうして天使との戦いは幕を閉じ、砂漠への侵入禁止は解除された。
いつも読んで頂きありがとうございます。
え~何というか、話の在庫が全然貯まっておらず、いつも次の投稿日までに無理やり1話作る自転車操業的な状態になっております。(自分で勝手に投稿日決めといてざまぁねえですが。)
そんな状態で書いてると、やっぱり多少雑になったり、見直しが甘くなってしまうのが正直嫌なので、勝手で申し訳ないですが、暫く投稿を止めようかと思います。
期間は特に考えてないですが、とりあえず5~6話分を目処に、在庫が貯まったら再開しようと思います。
そんな感じなので、宜しければ過去の話を読み直して頂いたり、全然嘘で構わないので周りの方に面白い小説があると吹聴してもらえればと思います。
どうぞ、良しなに。
※投稿再開したら、この後書きは削除します。




