第69話 誰が為の幸せ
静まり返った部屋の中で、ライラとディケンズは神妙な面持ちでミリオンの独白を聞いていた。
「私はあの家から抜け出して、知り合いのいない土地まで逃げたわ。そしてコズモンド・デル・エルサスの事を知り、すぐに参加したの。」
「そんな簡単に入れるもんなのか?」
ディケンズが問い掛けた。
「家を出るときに持ち出したお金を使ったの。」
「なるほどな。それで・・・親父さんを暗殺するつもりなのか?」
「違うわ。私は殺し屋として多くの仕事をこなして、裏社会で名を轟かせ、いつかファルクラウト家の者だと公表するの。父親だけじゃなく、ファルクラウト家そのものを没落させてやるわ!」
ミリオンが机に握り拳を叩きつけ「ドンッ!」と音が響いた。
「・・・下らねぇな。」
静観していたライラが天井を見上げなから呟いた。
「な、何ですって!」ミリオンが睨みつける。
その視線に臆することなく、冷めた目で見つめ返しながらライラが言う。
「だってそうだろ?自分の嫌いな奴の為に、自分の人生を棒に振ろうなんて、アタシにはイカれてるとしか思えねぇよ。」
「アンタに何が分かるのよっ!」
「分からねぇよ・・・でも、そのやり方が正しいとは思えねぇ。」
ミリオンは唇を噛み締めた。
「アタシにだって殺したいほど憎んでる奴はいる。多分、ディケンズにもな。」
あの日、凍幻鳥の幻の中で見た少女を思い浮かべながら言った。
ディケンズは何かを思い出すように、或いは忘れようと部屋の隅を見つめた。
「だから復讐なんて止めとけなんて言わねぇよ。でもな、その先に一体何がある?」
「復讐の・・・先。」
「人生を懸けてまで為し遂げた復讐の先に何も残らねぇなら、そんなもんに意味はないだろ。」
宿泊所の外で冷たい風が吹き抜ける音が聞こえた。
「それに家の名に泥を塗ったところで、やっぱり本当の子供じゃないからって言われたらどうすんだよ。」
ミリオンは何も言えなかった。それは自分自身も考えたことであった。
「家を抜け出して、そいつらとは縁を切れたんだろ。なら新しく自分の人生を進めばいいじゃねぇか。」
「それじゃあ、母さんが報われないわ。母さんは葬式すら上げて貰えなかったのよ!」
「じゃあ、お前のやってる事をお袋さんが望んでると思うのか?」
「それは・・・」
ディケンズが口を挟む。
「復讐ってのは、捕らわれすぎると目の前が見えなくなっちまうのさ・・・俺にもそんな時期があった。」
「わ、私は・・・」
ミリオン自身、混乱していた。
「誰かのせいで不幸になったなら、その分、幸せになりゃあいいだろ。」
「そんなの簡単に出来ることじゃないわ。」
「分かってるよ。でもな、自分の幸せを自分が考えてやらねぇで、一体誰が考えるんだよ。」
「私の・・・幸せ・・・」
「お前は自分が幸せに成る為の選択を選べばいいんだよ。復讐の先にその幸せはあるのか?」
「分からない・・・」
「殺し屋なんてな、殺すこと自体が好きな、頭のイカれた奴じゃなきゃあ、どんな成功してもまともな人生送れねぇぞ。」
今度はディケンズが答えた。
「まぁ結局のところ、お前さんの人生だ。最終的な選択を俺たちは止めやしない。だがな、人生を捨てるには、お前さんは若すぎるんだよ。」
「で、でも・・・」
ミリオンの表情が崩れていく。家を出てから復讐の為だけに生きてきた。
ある意味で、人生の支えでもあったそれが消えてしまったら・・・
「私は・・・どうしたらいいの・・・」
ミリオンは両手で顔を覆い、崩れ落ちる。
ライラは少し言い過ぎたかと、顔をしかめながらディケンズを見た。
「無理もないさ。信じてきたもんが崩れようとしてるんだ。」
ディケンズは立ち上がり、空になった皿を持って調理場に向かう。
「まぁ、時間はある。ベールズに着いたら、ゆっくり考えればいいさ。」
ライラは涙を流すミリオンを見ないようにしながら呟いた。
「殺し屋になるにはウブすぎんだよ・・・」
食事が終わり、寝仕度を終えた夜中。
ライラはベッドで天井を見つめていた。
隣のベッドでは、泣き疲れたミリオンが静かに寝息を立てている。
あの時、ミリオンには間違っていると言った。
それは本音ではあったが、実際自分ならどうしただろうかと考えていた。
物心ついた時には砂漠に捨てられていた。
狩人に助けられた後、メイリスに連れていかれ、そこに住む老夫婦に引き取られて暮らすことになった。
元狩人だった老夫婦から、自分たちが亡き後、一人で生きていけるようにと、幼少の頃から狩りのノウハウを叩き込まれた。
そうして十代前半くらいから、本格的に狩人となって砂漠へ出た。
その頃までは、自分を捨てた両親の事など考えてもいなかった。ただ生きる為に必要なものを得るのに必死だった。
両親の事を考え出した頃には、いや、初めから手掛かりらしい手掛かりなど、何一つ無かった。
拾われた頃、当然メイリスの人々が両親を探したが、メイリスにも王都にも、ライラ自身や両親について知ってる人間はいなかった。
一人立ちしてから、王都の情報屋に依頼をしたこともあったが、特に有益な情報を獲ることは無かった。
そもそもが、何の情報も無いのだ。拾われた時から左腕には蛇に巻き付かれたようなアザがあった。だがこれも、自分と両親を繋ぐ手掛かりかと言われれば確証は無い。いくら情報屋とは言え、そんな状態から人を探すのは難しいだろう。
両親を憎んでいる。見つければ、必ずこの手で落とし前をつけるつもりだ。
だが人生を懸けてまで探そうとは思わない。恐らく探したところで見つからないだろう。それが復讐を心から遠ざけたのかもしれない。
だからこそ思う。もし自分もミリオンと同じように復讐相手の所在が分かっていたら、衝動のままに目的に突き進んでいただろう。
「復讐ってのは、捕らわれすぎると目の前が見えなくなっちまうのさ。」
ディケンズの言葉が頭をよぎった。
暗闇に目が慣れたのか、うっすらと天井の木目が見えた。
(大丈夫。アタシの目は見えてるさ。)
その時、ギシッと音がした。
視界の隅で何かが動き、ライラは視線だけをそちらに向けた。
そこにはゆっくりとベッドから起き上がるディケンズの姿があった。
二人を起こさないように注意しながら、入口に向かって行くディケンズ。
ミリオンの独白は、ディケンズの古傷にも触れたのであろう。
ライラは何も言わずにディケンズが出ていくのを見届け、静かに目を閉じた。
宿泊所の外。雑に作られた長椅子にディケンズは腰を下ろした。
風が吹き抜け、軽く身体を震わせると、誰に言うでもなく「やけに冷えるな。」と呟いた。
夜の街道は、人は勿論、魔物の気配も無い。ただ静けさだけが広がり、時折、風だけが吹き抜けていく。
街道の向こうには、満月に近い月に照らされた広大な砂漠が広がっている。
ディケンズは空を見上げた。雲一つない空に星々がきらめている。
まだ若い彼女が、復讐に囚われて人生を無駄にするのは避けたかった。それに殺し屋という稼業は、いつ死んでもおかしくないものだ。
とは言え、その考えも自分のエゴでしかない。他人の人生を強制は出来ない。
ディケンズの脳裏に一人の少女を甦る。
自分と関わったせいで、短い人生を遂げた少女。
守れなかった命。
「ベリーナ・・・」




