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2. 恋しくて(2)

「ユキ。久しぶりだのう」 

 背後から突然声を掛けられた。振り返ると妖艶な美女がこちらに微笑みかけている。


「エレノワ様!!」

 ユキは歓喜の声を上げ、椅子から飛び下りるとエレノワの元に駆け寄った。


 エレノワはサロール陛下の姉で、皇子のアルスからすると伯母にあたる人だった。今ユキが胸元に着けている金の三日月の首飾りは、この人がユキの為にあつらえてくれたものだ。


「まだ三月ほどしか経っておらぬのに、懐かしい気がするな。元気であったか?」

「はい。いろいろありましたけれどこの通り元気です。エレノワ様はお元気でしたか?」


 エレノワがにこやかにほほ笑み頷く。そしてユキの手を取りそっと握り締めてくれた。


「ユキよ……私は歓迎するぞ。そなたの事。こんなに嬉しい事は無い」

 見るとエレノワの目にはうっすらと涙がうかんでいる。いきなりの事でユキには何の事だかさっぱりわからない。


「エレノワ様。……えーと、どういったことでしょうか?」

 ユキはきょとんとしてエレノワに尋ねた。 側にいたエレノワの侍女が、折りたたまれた紙をそっとユキに渡してくれた。

 よくわからないユキだったが、受け取るとその紙を広げてみた。

 

 大輪の花が舞う中に着飾った男女が寄り添った絵が描かれている。上部には大きくサマルディアの言葉で、『聖女の恋歌』と書かれていた。

 

 映画は無いだろうから、お芝居のチラシかなとユキは考えた。

 それでもそのチラシをエレノワから渡された意図がわからない。エレノワが涙ぐむ理由がこの中にあるのだろうか?


「……お芝居ですか? 私は見ていないですけれど、感動されたのですか?」

 ユキがとぼけていると思ったのか、エレノワがチラシを指さしながら言った。

「これはお前とアルスであろう? 何を言っておるのだ。私はこの物語を見てどんなに涙したことか。芝居小屋の主は実話だと申しておったぞ」

 

 晴天の霹靂とはこの事である。

 ユキは慌ててもう一度そのチラシに目をやると、小さく書かれていたあらすじを読んだ。


「『この世界に舞い降りた聖女と王子の熱い恋。運命に翻弄されようとも、愛の力で困難を乗り越えていく。究極のラブストーリー』…………何これ!?」

 ユキの顔から火が噴きだした。


「特に最後の口づけの場面はよかったのう。あれを見たくて私は二度もこの者たちを宮殿に招いたのだ。『王子の口づけで息を吹き返す聖女』あれは本当の事なのか? ユキが死にそうになったのかと思うて何度もアルスに連絡したのだぞ」


「ええ、確かに。陛下の別荘が火事になった時、私は煙に巻かれて意識を失ってしまったのですが。あれは口づけとかでは無くですね、人工呼吸と言いまして……」


「やはり本当の事か!!」

 エレノワはユキの話を途中で切り、続ける。

「アルスは大事無いと言っておったが……全く。お前が無事でほんに良かった」

 

 今度は手では無くユキを抱きしめて背中をさすってくれた。

 言葉を切られてしまったものの、本当に心配してくれたエレノワの気持ちが嬉しかった。


「それでアルスとはいつ結婚式を挙げるのだ?」

 ユキの顔を見ると、エレノワがニコリと笑んだ。


「あ……挙げませんよ! 結婚式だなんて」

 再びユキの顔が赤く染まった。



「伯母上。お久しぶりです。二人して何のお話ですか?」

 アルスが突然話に割り込んできた。ダマクスとの打ち合わせが終わったらしい。

 アルスがどこからエレノワとの話を聞いていたのか、ユキは気が気では無かった。


「おお、アルス。元気そうで何よりだ。……それよりもお前。私があれほど聞いておったのに、やはりユキの身に大変な事があったそうではないか! 何が『大事無い』だ」

 エレノワがアルスを睨みつける。

「それに、お前とユキはどうなっておるのだ? けっこ……」


「わーーー!!! エレノワ様。私この泉は初めてなのです。一緒にお散歩しましょう」

 

 ユキが無理矢理エレノワの話に割り込むと、エレノワの腕に手を回し、泉の畔に向かって強引に歩き始めた。エレノワはアルスを振り返るものの、ユキに引っ張られるままに畔へと歩いた。


「ユキ。……お前アルスと上手くいっておらぬのか?」

 エレノワがズバリとユキに尋ねた。こういった率直な物の言い方がアルスとエレノワはよく似ていた。


「そういう訳では無くてですね。えーと。つまり……」

「アルスが嫌いなのか?」

「嫌いなわけないです」

「では好いておるのだろう?」

「……はい」

 ユキの頬がほんのり赤くなった。


 アルスが好きだ

 それは変わらない

 なのにアルスの隣にいるのが当然ユキだという周囲の扱いに、ユキはオロオロとしてしまう。


「この国が息苦しいか?」

 突拍子もないエレノワの言葉にユキは顔を上げてぶんぶんと首を横に振った。


「では皇家が息苦しいか?」


 ドキリとした。

 

 ユキはまた顔を下に向ける。皇族のエレノワに何と返していいのかわからない。


「私は皇家の出身だから、これが当たり前なのだ。産まれてきた時からこの生活なのだからな。……それでもふと自由に歩く町娘がうらやましいと思う事はあったな。きらびやかなドレスなど脱ぎ捨てて、誰にも咎められずに私の事など誰も知らぬ所に行ってみたかった」

 エレノワの思いもよらない告白にユキは目を丸くした。

 

 エレノワからは凜としていて、真っ直ぐで、何ものにも揺らぐ事の無さそうな意志の強さを感じる。

 ――――生まれながらに高貴な女性。

 そんな彼女でもこういう事を考えるのかと意外でもあった。


「……それ故、夫との結婚には周囲は大反対であったな」

 

 確かエレノワ様のご主人は既に亡くなっていた。

 海軍の将校だったとかヘレムが言っていたっけ……

 

 皇帝の娘と海軍の将校。

 ――――身分違いの恋。

 

 エレノワは赤く揺らめく泉を見つめる。

「それでも貫き通したかったのだ。タルミヤと…夫と共に歩まぬ人生など、生きていく意味も無いと思ったのだ。…………夫には私よりも重いものを背負わせてしまったがな」

 眩しそうに遠くを見つめるエレノワの横顔は、今まで見たどんな女性よりも美しく見えた。

「今でも後悔はしていない。永遠に彼に会えなくなった今だからわかる。あの選択は間違っていなかったとな」

 

 ユキの鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなった。エレノワの告白はユキの心に大ききな風穴を開けてくれた。

 がんじがらめになっていた心に、新鮮な空気が入り込む。

 

 今度はエレノワがユキの腕を取った。

「アルスが待っておるぞ。あの顔は少々イラついた顔だったな」

 エレノワがくしゃりと笑った。

 

 ユキも涙がこぼれないように、目を細めて笑い返した。

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ルーセント・ムーンの獣→「未完のレガシー」→彼方からの手紙・・・1作目「ルーセント・ムーンの獣」2作目「未完のレガシー」3作目「彼方からの手紙」になります。よければシリーズを通してご覧ください。 ドラゴン・ストーン~騎士と少女と失われた秘法~新作もよければご覧ください。
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