1. 現実主義(4)
翌日ユキは予定通り、朝から愛馬のスノウのお世話をしていた。久々スノウの毛並みをリズム良くブラシしていると、悶々としていた心も少し晴れるような気がしていた。
そこへ厩舎の木戸がガタンと開いた。
トトが飼葉を持って来たのかと思ったら、アルスだった。
「あ……おはよう、アルス。こんなに朝早くから厩舎にまで来るなんて。……忙しいのにググンに怒られるよ」
ユキは努めて明るく振る舞った。
「どうしたもこうしたも無いだろ? このままじゃ仕事も手に着かない」
やはり昨日の事は誤魔化せなかったのだとユキは悟った。
「昨日はごめんね。怒ってるの?」
厩舎の外の柵に手をかけて、ユキは隣に立っているアルスの顔を伺った。薄暗い厩舎では気付かなかったけれど、思った以上にアルスは仏頂面だった。
「どうして嫌なんだ? 俺に触られるのが嫌なのか?」
アルスらしいストレートな質問だった。
「そんな事無いよ。アルスの事は好きだから。……たださ、私たち出会ってから4ヶ月しか経ってないんだよ? そんなに急がなくても、ゆっくりお互いの事を理解しあって行けば……」
「それは嫌だ。十分時間は過ぎた。側にいれば俺はこうせずにはいられない」
アルスがユキの頬にそっと手を当てる。
「今すぐにでも俺の妃になれ」
アルスの空色の瞳がまっすぐユキを見つめる。ユキの顔が一瞬で赤く染まる。
「そ……そんな急に答えなんて出せないよ。困る」
ユキがフイとアルスから目を逸らし横を向いた。ユキの頬が手の平から離れてしまい、行き場を失った左手をアルスは仕方なく柵に乗せ、そのままもたれかかった。
「困らせたいわけじゃない。……俺はどうしたらいい? ユキはどうしたいんだ?」
「もう少し心の準備ができるまで、このままでいたいの。……ダメ?」
アルスは大きくため息をついた。
「その答えは一つしかないじゃないか。俺は待つしかないんだ」
アルスは柵に肘をつくとがっくりと横目でユキを見た。ユキはおずおずとアルスの横にくっつく。
「あのね、アルスの事本当に好きなんだよ」
ユキが一応念を押しておく。
「こういうのを止めろよな」
アルスが赤くなってユキのおでこを小突いた。
ふわりと笑ったユキの顔を見つめる。
「……ああ、もう一つ答えがあったな。待ってなどやらない。無理矢理というのも悪くないな」
アルスがユキの後ろから両手を柵に付きユキを逃がさない様に、囲い込んだ。
「やだ! 退いてよ」
ユキが慌ててその手を外しにかかる。
「冗談だよ」
いたずらっぽく笑うと柵から手を離し、そのままユキをギュッと抱きしめた。
「これは別にいいだろ?」
「……うん」
体を離すと少しかがみ込んでそっとキスをする。
「これも……?」
「……うん」
アルスはそのままユキの瞳を見つめる。
――――これは、私の方がほだされちゃう!
「ユキ様-! 飼い葉お持ちしましたよー!」
厩舎の方からトトの声がする。
「今行く-!!」
ユキはこれでもかと大声でトトに返す。
「じゃあ、アルス。またね!」
そう言うやいなや、アルスの返答を待たずに厩舎へと走った。




