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8. 花の行方(3)

 広間ではアルスが何度も扉の方を確認していた。

 

 ユキが戻らない。

 腹でも壊しているのか?

 そう考えたが、落ち着かない。

 

 また夢の中を彷徨っているのか?

 

 ……それとも〈女神の書〉が完結し、本当はニホンへ帰ってしまったのではないか?

 そう考えると不安になった。

 

 後ろでそんなアルスの様子を見ていたモリが声をかけた。

「人をやって確認させましょうか?」

「頼む」


 ユキが見えなくなると自分はすぐに不安になる。まるで母親を探す幼子のようだ。

 それでもそれを我慢する気にはなれなかったし、我慢する気もなかった。

 ユキに鬱陶しがられても、嫌われてもいい。自分が納得する方法を取るしかないのだ。

 

 しばらくするとユキを探しに出ていた近衛兵が戻ってきた。

 1階と2階、ユキの部屋にも行ったけれど、返答が無かったと言う。


 アルスの心に暗雲が垂れ込める。


 庭園にでも出たのか?


「俺が行く。モリ、ついて来い」アルスが広間を出ようとすると、警備の兵が血相を変えて飛び込んできた。


「申し上げます! 庭園にてダーシン様が負傷! 何者かに襲われた模様です」


 アルスの顔から血の気が引く。

「宮殿を封鎖しろ!! ユキを探せ!!」



◇ ◇ ◇ ◇

 ユキは口を布で塞がれていた。荷馬車は暗くて狭い。大人が座る事はできるが、立つことはできない高さである。 

 


 ダーシンはどうなってしまったのだろう? 

 無事だろうか? 

 たくさん血が出ていた……。


 ヘレムは? 

 荷馬車の中にいるのだろうか? 

 暗くてよく見えない。

 

 ユキの涙がホロホロと零れ落ち、口を塞いでいる布きれに染みこんでいく。

 しばらく馬車が進むと、ユキは樽の中に入れられてしまった。どこかへ運ばれている。またすぐに樽から出されると、今度は幌馬車の中にいた。


 隣にはイリヤがいる。一時間ほど馬車に揺られているとようやく小さな灯りが点けられ、ユキの口から布が外された。


「ダーシンになんて事をするのよ! 酷いわ」

 開口一番ユキがイリヤを怒鳴りつけた。

 止まっていたはずの涙が怒声と共に零れ落ちた。


「あれは仕方がありません。剣を向けられていたのですから、私も遠慮はできませんよ」

 困ったような笑顔を浮かべるイリヤをユキは睨みつけた。


 その目からまた涙が零れる。


「ああ、どうか泣かないで下さい」

 イリヤがユキの頬に手をやり涙を拭おうとした。それをユキは頭を思い切り振って阻んだ。


「触んないで! ヘレムは!? ヘレムはどこよ? 無事なの? ヘレムにまで手を出したんじゃないでしょうね!?」

 ユキは騒ぎが起こればヘレムを殺すと言っていた、イリヤの言葉を思い出していた。

 

 ―――――そして騒ぎは起きたのだ。


「ご安心ください。ヘレムは宮殿の中庭で眠っています」

 イリヤが微笑む。

 ユキはヘレムが無事な事を知り安堵したが、まだイリヤを睨みつけていた。


「ダーシンに何かあったら絶対許さないわ!」


 イリヤは宮殿にいた時とはまるで別人のように見えた。ゆったりとした布を纏い、背が高く、線も細いように感じた。いかにも文官や学者のように見えたのだ。

 それが今、目の前にいるのは、襟の詰まったシャツの袖をまくり、そこからはたくましい腕が見える。

 大きな革のベルトに細身のパンツとブーツを履いた姿は、兵士のようにしか見えない。

 手にあった「ペンだこ」はやっぱり「剣だこ」だったのだ。

 

 ダーシンを傷つけた剣は相当の腕前だった。ユキはアカンティからの船上で、大勢の海賊をいとも簡単に倒した、ダーシンの剣技を見ている。そのダーシンがイリヤの前に崩れ落ちたのだ。


「ご自分の事は心配されないのですか?」

 

「ベルサドへ連れて行くのね?」

 ユキは苦々しく答えた。


 ベルサド王のムスタファの命令で自分は連れ去られて行くのだ。


「いいえ、まさか。あなたをムスタファなんかの前には連れて行きませんよ」


 ユキの頭が混乱した。

「では、どうしてここに? 私をどこへ連れて行くの?」

 

「私と共にいてもらう為です。とりあえず北を目指しています」

 

 イリヤがそう言うと、幌が外からボンボンと叩かれた。ユキの口にまた布がはめられ、灯りが消された。

 イリヤが自分を攫った理由が全く分からなかった。



◇ ◇ ◇ ◇

 宮殿の中を徹底的に調べさせたが、ユキは見つからなかった。ヘレムもダーシンも意識を失っている。

 しかし中庭の警備兵がユキとイリヤが二人で歩いているのを見たという。

 イリヤの部屋を調べさせ、ベルサドからの他の使者達を探させたが誰も見つからなかった。

 

 ユキがベルサドの者に攫われた。

 ベルサド王のムスタファの元へ連れて行く為か?

 

 アルスは怒りで震えた。

 宮殿にユキが居ないとわかったアルスは、町の大通りの封鎖を指示し、その場でモリと手近の兵を集め南へ向かった。


 バトーには大宮殿へ向かわせ、陛下に事情を話し、サインシャンドの町中の捜索を行わせる。 

 

 どこにいるユキ?

 コルトで駆けながら、ユキを思った。 

 

 ――――無事でいてくれ


 


 


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ルーセント・ムーンの獣→「未完のレガシー」→彼方からの手紙・・・1作目「ルーセント・ムーンの獣」2作目「未完のレガシー」3作目「彼方からの手紙」になります。よければシリーズを通してご覧ください。 ドラゴン・ストーン~騎士と少女と失われた秘法~新作もよければご覧ください。
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