8. 花の行方(2)
「……どこへ連れて行く気?」
ユキが小さく尋ねる。
イリヤは答えない。
イリヤの顔を見上げるが、何を考えているのかわからない。
その表情が少し揺らめく。
イリヤの目線の先にはダーシンがいた。
「ユキ様。おめでとうございます!」
ダーシンの関西弁が暗闇に明るく響く。
「ありがとう」
「そんでも何でこんな所に?」ダーシンが不思議そうな顔をする。
そのダーシンの顔をユキは見つめる。
ユキは静かにダーシンに何が起こったのかを話そうと思った。
イリヤはサマルディア語が話せない。いつもの様に、変わらない態度でダーシンに話せばきっと助けてくれる。
「もうすぐ国を離れるのデ、夜の庭園モ綺麗だとユキ様ガ」
イリヤの言葉が急にたどたどしい物に変わりユキの耳に届いた。
「へぇ。もうサマルディア語を覚えられたんですか? 頭いい人はちゃいますね!」
ダーシンが感嘆の声を上げる。
ユキが驚いてイリヤの顔を見上げた。
二人はサマルディア語で話しているようだ。これではダーシンに何も伝えることができない。
「急がなけれバ、お酒ガ無くなってしまいマスヨ」
広間からは楽しげな音楽や笑い声が聞こえてくる。
「ホンマや。急がなバトー様に全部飲まれますわ」
そう言うと二人に敬礼してダーシンは広間へと足を向けた。
お願い! ダーシン! 行かないで!!
ユキは去って行くダーシンの足音に向って、声にならない声をあげた。
シュンッ!!
ユキとイリヤの間に一筋の鋭い風が吹いた。
イリヤが顔をそむけ、剣を抜く。
ダーシンの左腕がユキを巻き込むと、イリヤとの間にダーシンが捻じりこんだ。ダーシンの背後に回り込めたユキは、その背中にしがみついた。
顔を上げるとダーシンも剣を抜きイリヤに向けている。
「……あんた、文官やろ? なんでそんなもん腰にぶらさげとるんや?」
イリヤはにこやかな笑顔で答える。
「私は文官ではありまセン。学者デス」
「そんなんどっちでもエエわ!! ユキ様! はよ逃げて下さい。あっちにも警備の兵がいます!」
剣を振り上げるダーシンと、それを受け止めたイリヤの剣から火花が散る。
ユキが慌てて後ずさった。
「ユキ様!! ヘレムがいますよ」イリヤがユキに声をかける。
凄まじい剣の応酬が続いている。
ユキがその場に立ち尽くす。
ヘレム!!
「ダーシン! ヘレムが掴まっているの! 殺されちゃうわ!」
「ヘレムは俺が後で助けますから! ユキ様は、はよ逃げて下さい! あんたに何かあったら俺が困るんですわ!」
イリヤを見るダーシンの瞳に怒りが満ちる。
「あなたも女神の崇拝者ですか……」
イリヤが不敵な笑みを浮かべダーシンを見る。
「サマルディア語で言えや!!」
ダーシンが唸り、剣を振りかぶる。
イリヤがそれを受け止めるとダーシンの胸元に剣先を向ける。
紙一重でそのイリヤの剣を受け流すと、ダーシンの服がすっぱりと切れた。
「ダーシン!!」
それを見たユキが顔を覆い恐怖で声を上げる。
ユキの声にダーシンの注意が一瞬ユキの方に逸れた。
その隙を逃さずイリヤの剣がダーシンを捕えた。
パッと鮮血が飛ぶ。
倒れ込むダーシンの頭から血が吹き出す。
「キャーーー!!!」
ユキの悲鳴はすぐにイリヤの掌で押さえこまれた。
イリヤがユキを抱え上げると、厩舎の方から来た荷馬車の後ろに飛び込んだ。




