表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/54

7. 浸食(8)

 白い月が昇る。夜が来る。

 

 さすがのユキも眠るのが怖かった。大好きな家族の夢を見るのが怖かった。

 それでも日が落ちると瞼が重くなってくる。仕方が無いのでユキは寝室へと入って行った。

 

 明日の朝には自分はどうなっているのだろうか?

 

 そんな事を重くなる頭で考えていた。

 

 

 ユキの寝室の扉がノックされ開いた。アルスが入って来たのだ。うつらうつらとしていたユキの意識が戻る。


「どうしたの? アルス?」

「俺も今日からここで寝る」

「絶対ダメよ! 朝は私に近づかないで」

 ユキがアルスに訴える。


「お前は俺の頼みを聞いてくれないのに、それを聞く道理はないな」

 そう言うとユキの隣にゴロンと転がった。


「絶対に止めて。お願いよ。あなたを忘れてる私を見られたくないの」

 ユキが両手で顔を覆う。


「どうなってもユキはユキだろ」

 アルスが笑いかける。


「大丈夫だよ」


「大丈夫じゃないよ。……私、アルスを傷つけるわ」


「俺は傷つかないよ。傷つくときはユキがここから本当にいなくなる時だ」

 そう言うとベッドの中にユキを引き入れて抱きしめた。


「お願い…アルス……ごめん…な…さ」

 ベッドに入るとユキはすぐに眠りに落ちてしまった。


 どこにも行かせやしない


 すやすやと眠るユキをギュッと抱きしめた。



 翌朝アルスは夜明けと共に目が覚めた。横を見るとユキはまだ眠っている。


 目覚めると俺の事を忘れているのか?


 ユキの黒髪を撫でているとパチッと目が開いた。こんなに早い時間にユキが目覚めることは最近では無かった。

 突然の目覚めにアルスはドキリとする。


 ユキがこちらを見ている。いつものユキなのか違うユキなのか判然としない。


「……ユキ? 目が覚めたのか?」

 アルスが恐る恐る顔を覗きこむ。


「キャー―――!!」

 ユキが叫び声を上げた。ベッドの奥に後ずさる。


 寝室のドアが叩かれる。

「ユキ様!? 皇子!?」


「お前たちは入るな! そこにいろ!」

 アルスがドアの向こうに指示を出す。

 

 アルスが大声を上げたので、ユキの顔はいよいよ恐怖に包まれている。

「誰なの? 何なんのよ……」

 ユキが怯える。やはりアルスの事がわからないようだ。

 

 アルスは思い出していた。

 初めて荒野で出会ったユキを。


「大丈夫だ。何もしない。少しそこに座ろう」

 アルスはユキに優しく話し掛けた。


 ユキが恐る恐る口を開く。

「あなた、誰?」


「俺はアルスだ。そしてお前はユキだろ」


「どうして私の名前を?」


「……知っているんだ。大丈夫」


「知り合い? うそ……わからない」

 ガクガクと震えるユキにそっと手を伸ばす。

 

 反射的にその手をユキが払った。怯えた目でアルスを見る。

 


 きれいに自分の事を忘れている。

 アルスの胸にも不安が広がる。

 

 すぐに元に戻るよな?

 

 ユキの瞳には見も知らぬ男が映っているようだ。その視線には少しの親しみも感じられない。

 恐ろしくなったアルスが怯えるユキを引き寄せると抱きしめた。

 ユキは激しく抵抗してくる。それでもかまわず抱きしめていた。


 するとユキの体から力が抜けた。


「ユキ?」

「アルス……」

 ユキがアルスに笑いかける。


「力任せは止めてくれる? すごく怖かった」


 ユキがギュッとアルスにしがみつく。


 怖かったのは自分の方だ


「悪かったな」

 アルスはユキがもとに戻った事に胸をなで下ろした。




 アルスは日中もずっと〈女神の書〉を作るユキの側にいた。

 ユキが上の空になる回数は以前よりも増えている。

 酷い時はイリヤに何かを話し掛けながら黙り込んでしまうのだ。

 その度にすぐにユキに声を掛ける。肩を揺さぶる。何とか自我を取り戻し、また作業に戻る――――。

 なかなか思うように翻訳が進まないのだ。

 


 そしてまた夜が来た。ユキは夕食の時から、もう眠たくて仕方が無かった。

 アルスがユキを抱きかかえてベッドに連れて行く。


「……アルス。今日も…ここにいるの?」

 ユキが目を擦りながら尋ねる。瞼は重そうだ。


「ああ。今日もいる。大丈夫だ」


「アルス……忘れてしまってごめんなさい。あなたを…」

 ユキがガクリと眠りに落ちた。


 明日ユキは目を覚ますよな?


 アルスの胸は不安に包まれた。眠れぬ夜をユキの隣で過ごす。


 今日もまた早く目を覚ますだろうか?


 そう思ってユキが目を覚ますのを待っているが、一向にユキは目覚めない。不安になり、部屋にヘレムを呼んだ。


「まだ目を覚まさない。大丈夫なのか?」


「最近はまだこの時間にはお目覚めになりません。昨日は早くお目覚めでしたが」


「そうか」とアルスが呟く。


 3の鐘が鳴る頃ユキが目を覚ました。

 今日はユキを驚かさない様に、少し離れて声を掛けた。ユキが驚いて飛び起きる。  

 辺りをきょろきょろと見回すと、アルスに何かを話し掛けた。

 

 言葉を聞いてアルスが愕然とする。

 

 ユキがどこの言葉を話しているのかわからなかった。


「ユキ。落ち着け。アルスだ。そこに座っていろ」

 

 アルスはユキを落ち着かせようと優しく話し掛ける。またユキが何かを話し掛けて来たがアルスにはわからない。

 

 一瞬にして、ユキがどこか遠い世界に行ってしまったような感覚に陥った。


「ユキ?」

 もう一度話しかけると、ユキは頭を抱えこんだ。

「大丈夫か!?」

 気分でも悪くなったのかとアルスが駆け寄る。


「……ゴメン。大丈夫」

 ユキが顔を上げた。

「アルスは大丈夫?」


 言葉は元に戻っている。サマルディア語だった。


 アルスはホッとするとユキの隣に座った。

「言葉が通じていなかった。気づいていたか?」


 ユキが驚いてアルスの顔を見る。

「ホントに?」


 ユキは混乱していても記憶は全て残っている。


 自分はいつもと変わらずに話し掛けていたはずだった。


「どこの言葉だった?」

「わからない。全く聞いた事の無い言葉だった」

 


 ――――それは日本語だったのかもしれない。



 ユキも、そしてアルスもそう感じていた。

 否応無しに、体は帰還の準備を始めている。


「……まだ続けるのか?」

 

「大丈夫よ。必ず今日終わらせるから」

 

 それがユキの答えだった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーセント・ムーンの獣→「未完のレガシー」→彼方からの手紙・・・1作目「ルーセント・ムーンの獣」2作目「未完のレガシー」3作目「彼方からの手紙」になります。よければシリーズを通してご覧ください。 ドラゴン・ストーン~騎士と少女と失われた秘法~新作もよければご覧ください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ