視察
第二章の後半です。多くの登場人物が交流を果たします。
日本の首都、東京。
街中はいつも通りザワザワと騒ぎに溢れ、交差点では車が道路を横断している。その脇にある細い道路をたくさんもの一般人が行き交い、道という道を見えなくしている。
その彼らを見下ろす建物と一体になっている画面からニュースが流れており、平穏な日々を維持していた。
ただ、一部の人間にはマスクを着用したり、【ギャリアウイルス】の危険を知らせる張り紙が建物の壁に貼られているなど、徹底としたウイルス対策が採られており、安心という言葉は程遠い。
無論、街ゆく人々の表情は無表情に近いが、どこか余裕というのが見られなかった。
ウイルスの脅威は一般の生活にまで広がっており、未だに問題点が解決されてもいない食中毒よりも酷いものとして扱われていた。それが発覚された時の検査では少量しか発見されているが、それでも危険に変わりはない。
なぜなら【ギャリアウイルス】は体内に侵入した時に、急速に増殖するからだ。
発症にもタイムラグが生じるため、検査をすり抜けることも少なくない。その場でワクチンを接種すれば問題ないが、効果が現れ始めるにもやはりタイムラグが生じるのだ。
人間の体内では細菌やウイルスから守る免疫があるからこそ健康状態を保っていられる。これを免疫力と呼ばれ、その菌に対して強くなることである。逆にその免疫力が少なくなると細菌が入りやすく病気を発症してしまうからだ。
だが、その病気が完治すれば二度と病気を発症させないように免疫が出来上がる。これは体を鍛えることで体がその負荷に耐えるように筋肉量を増やし、体そのものを強くすることと同じであり、細胞が病気の中にあるウイルスに勝つことで免疫が強くなるのだ。
ただ、免疫が強くなることもあれば弱くなることもある。それは人間自身に対する負荷にある。
体への負荷は体を強くするための試練といってもいい。だが、心はそうはいかない。その人間の精神に大きなダメージを与えること、すなわちストレスを与えることは全く別なのだ。
ストレスは人間に大きく傷つけてしまう。なぜなら、もっとも心と精神に強く作用し、時には体にも影響を与えるからだ。ストレスによって体の中にある免疫力が低下し、様々な病気を発症することは珍しくない。言うなれば「病は気から」である。
精神を強くすれば立ち直れることもあり、体をその意志の通りに動かしてくれる。単純に「生きたい」ということが人を強くしてくれるわけであり、本人の意思こそが体を強くするのだ。
そもそも病気を発症しているのは、体の免疫と病気の元である細菌が戦っているからであり、免疫力が勝れば病気を完治でき、逆に低下すれば病気が進行しやすくなる。この一進一退の攻防が病気との戦いである。
今まで医療の進歩があってこそウイルスに打ち勝ってきたのだが、今度ばかりはそうはいかなかったのだ。それこそ、【ギャリアウイルス】の脅威である。
どの薬にも効かず、免疫すら殺すウイルスの脅威は瞬く間に世界に浸透していき、人間の未来も、医者の尊厳すらも奪っていった。しかし、その尊厳を取り戻そうとウイルスのワクチンを開発し、滅亡を免れることはできたものの、未だにその脅威を退けたわけではなく、未来に不安を残していた。
ただ、一部を除いた人間達はそれとは別の脅威で苦しめられており、さらに不安を募らせる。それがガルヴァス帝国の支配による蹂躙である。
だが、その蹂躙に真っ向から立ち向かう者――レイヴンイエーガーズが現れ、世界は少しながらも変化していた。街中に流れているニュースもその関連である。
彼らが現れてからこの二ヶ月間、レイヴンイエーガーズはガルヴァス帝国が保有する軍事基地を襲撃し続けた結果、いくつかが再起不能、廃棄され、資材などを別の基地に移すことが多くなった。
実に二十回もの襲撃を許したことは本国にも知れ渡り、貴族らは困惑する。それを耳にしたガルヴァス帝国皇帝ヴェルラは重い腰を持ち上げることとなり、総力を持ってレイヴンイエーガーズの一掃を決定した。自分達の優位を覆されることは断じて許そうとせず、彼らの存在を認めれば反感を抱く者が所々に出てきて、自力で抑えられなくなる可能性があるからだ。
その憂いを断つ為、帝国は侵新型シュナイダーの開発に力を入れ、徹底抗戦を望んだ。その言葉を聞き入れた士官らは力を蓄え、現在もその牙を研いでいた。
一方、帝国に抗うカラス達はというと……東京の街中にあるカフェの外にある白いテーブルと椅子に腰掛けて潜んでいた。椅子に座っていたのは一組の男女――ルーヴェと茜である。
茜は赤い服を主体としたスタイルであり、彼女と共に行動しているルーヴェは、黒の私服に加えて黒の帽子をかぶったスタイルだ。ただルーヴェは黒髪に銀髪のメッシュを入れてあるからか見た目が奇抜なため、それを隠す措置として帽子をかぶっていた。
彼らがここにいるのは視察というのが理由だが、ある人物の意思を尊重してのものだそうだ。
「久々に見たけど……あまりいい雰囲気ではないわね。ホント」
「仕方ないと思うよ。僕らと違って元気な顔をしているのが、どこを見てもいないし……」
上品にティーカップに入れたコーヒーを口にした茜は、この偽りにまみれた光景を見て、ふと愚痴をこぼした。彼女は久しぶりに故郷に帰ってきたにも関わらず喜ぶことなど何一つなかったようだ。
あの悲劇によって故郷が苦しむ中、自分は別の場所に連れられて、あることをさせられていたのだ。時が過ぎ、故郷のことを耳に入れた時は既に他国の支配下に置かれていた……。
茜は絶望した。生まれ育った土地を、故郷を愛する者にとって耳を疑うような内容なのだ。
それから時は過ぎ、多くの《同胞》を抱える組織であるレイヴンイエーガーズの協力もあって、ようやく故郷に帰ることができたのだ。
茜は変わり果てた故郷を見るのはあまり乗り気ではなかったのだが、故郷を救うために覚悟を決めて足を踏み入れた。ところが彼女が目にしたのは、意外な現実だったのだ。
間近で見ると、東京を支配下に置いているはずのガルヴァス人も表情に余裕が見えなかった。
元々ウイルスの感染から逃れるために移住してきた彼らは、ようやく安心できると思っていたのだが、ウイルスの脅威が未だに続き、異国の地でも感染が確認されたためか安心ができる所など何一つないのだと思い知らされてしまった。
そう、苦しんでいるのは彼らも一緒なのだ。茜は噂で聞いていたのだが、自分の目で確かめて見ると彼らの表情に隠れた辛さが伝わってくる。
しかし、彼女は故郷のこともあってか、ガルヴァス人の苦しみに共感はできなかった。
一方、茜に向かい合うように座り、冷たさとは異なる温度を持った目で彼女を一心に見つめていたルーヴェは、今まで塞いでいた口を開く。
「茜……」
「な、何よ?」
「分かっているつもりかもしれないけど、彼らに罪はないんだよ?」
「知ってるわよ、そんなこと」
ルーヴェの口から発したのは、茜の心情を理解した上での質問だ。茜はその質問をあらかじめ用意された言葉を、渋った表情で返す。
二人は今、日本の、しかも東京で活動していた。これにはある理由が含まれており、二人一組で動くように勧められたのだ。ちなみにこれを言い出したのは……
「驚いたわよ。あなたからここに生きたい、って」
「……少し、気になることがあって……」
そう、その発言の主はルーヴェである。意外にも日本に興味があったことには茜もビックリだったようだ。だが、ルーヴェの気になることはロクなものではないと茜はその心情を理解し、彼についていくことを決めたのだ。
また、ルーヴェは日本のことを知らないだろうし、彼に教えるのも悪くないと、茜は案内役として勝手でたことも理由に含まれていた。
「そう、確かに今の日本を目にしておくのもいいと思っていたけど、いい機会ね。ところで、アンタが言っていた、その"気になること"って、何?」
「実はなんだけど……」
今度は茜がルーヴェに質問を投げかける。すると彼から帰ってきた答えは、彼らにとっても無視できないことであったのは間違いなかった。その答えを聞いていくうちに茜は、手に持っていたカップを勢いよくテーブルに置く。
「本当なの!? それ……!」
「そんなことって……!」
茜は驚いたことを表すように目を大きく見開いた。ルーヴェも嘘ではないと表すようにコクリと頷く。茜は一筋の稲妻が体を貫くほどの、その衝撃は看破できるものではないことだと理解する。
二人はすぐにその場を立ち、行動を移した。これが彼らの、ルーヴェが日本に行きたがっていた理由なのである。
そして、彼――ルーヴェ・アッシュはある一人の少女と運命的な出会いを果たすこととなる。
彼らとは異なる場所に、私服を着た四人の少女達はひとかたまりとなって集まっていた。
「ねえ、映画館に見に行かない? いい映画、知っているんだけど」
「いやいや、本屋に行こうよ。なんか面白いの見つかるかもしれないし」
四人の少女達は華やかな雰囲気を醸し出すガールズトークと言わんばかりに話を広げている。その中の一人だけがここにあらずといった様子で別のことを考えていた。その一人というのが、エルマである。
彼女達がここにいるのは、今日が授業が行わていない休みの日であったからだ。折角の休日ということなので外に出てきたのである。しかし、エルマはそれどころではなかった。それは刀牙達との接触であった。
(あれから何日か経つけど、手がかり一つすら出てこないなんて……何をやっているのかな)
刀牙と佳奈の二人と組んでからは、お互いの情報を共有していた。そして、それぞれ新たな情報を得ようと動いていたが、何一つ出てこず、それどころか連絡すら繋がらなかった。
元々は不干渉の立場で組んだため、土足で突っ込むのは野暮だからという理由で彼女はそれ以上に連絡してこなかった。その不干渉のおかげか行動に行き詰まったエルマは思い悩んだ。そこにイーリィ達三人が声をかけてきたのだ。
最初はその誘いを断ろうとしていたのだが、異論は認めないと言わんばかりに強引に連れ出されてしまったのだ。今こうしているのが現状であった。
(……まあ、一人で動くよりはこうしているのが楽かな)
エルマは思わず気が緩む。ここ数日気を張っていた様子だったため、こうして息抜きできることは何よりも嬉しかったのだ。心の中でエルマは三人に感謝を述べる。
そして、彼女は三人と共に休日を満足に過ごすことにした。休日が終わればまた実行すればいい、と区切りをつける。
エルマが三人と一緒に街中を歩く中、その途中でほんの少しだけ離れた所を歩く二人の男女がいた。女の方は、赤い髪に赤い服と赤を目立たせる。男の方は、黒い帽子に黒い服で統一させていた。その人物とはもちろん、ルーヴェと茜である。
エルマは人混みの中で、その二人を見つける。その二人が自分らと反対に、こちらに向かうように歩き、もう少しで自分達と接触しそうになるが、二人は視線を正面、すなわちエルマ達の後ろを向いていることから自分達を見ていないことを知る。
改めて意識を正面に向けつつエルマは歩みを進める。そのまま二人を横切ろうとしたその瞬間、
キィイイン!
自然のものとは思えない音をエルマとルーヴェ、茜の三人が頭の中で拾い、一旦足を止めた。
「ん?」
何かを感じとったのかカーリャも足を止め、後ろを振り向くとエルマが立ち止まっていたことを知り、声をかける。
「どうしたの、エルマ?」
「……あっ、ゴメン!」
エルマはカーリャの声に反応して、慌ててイーリィ達の所へ駆け寄る。イーリィやルルもカーリャに合わせて、立ち止まってくれたようだ。
「この頃おかしいよ、気分悪いの?」
「大丈夫だって」
ルルがエルマを心配を表す言葉をかけるが、当の彼女はそれを振り払う言葉で返す。だが、彼女の心は依然として引っ掛かったままだ。
(今の……まさか、あの時の……?)
彼女がそれを知るのは、もう少し後となる。それは彼女がこの気ままな休日の、この接触によって向き合わなければならない、運命を大きく変えることにつながるのであった。
一方、ルーヴェ達はエルマと同じく足を止め、その場で立ち尽くしたままであった。
「「…………」」
長い沈黙が続く中、茜は確かめるように口を動かす。
「今のって……」
「間違いないよ。こんなにも早く見つかるとは思わなかったけど……」
ルーヴェは確かめるまでもなく、エルマを含む四人の少女達がいる方向へ顔を向ける。それは敵意とは異なる、大人が子供を心配するような、気にかかるようなものが表情に現れている。
その瞳には、まっすぐにエルマを見据えていた。そして、
「僕達と同じ――
"適合者"が――。
最後のセリフについては、この作品にとって重要なキーワードになりますのでお楽しみください!




