女傑
一つの山を越えることになります。
「扇の陣! 構えぇええーー‼」
「「「「「イエス ハイネス!」」」」」
ヴェルジュは自身が操るヴァルトルーパーを中心に、横一列に並ぶ騎士『ゼルディン』がその後を追うように直進し始める。
前面に行くヴァルトルーパーは馬にも似た四本足を動かして疾走し、後を追う騎士達は脚部から熱気を噴射させてホバー移動で直進する。それぞれの手にある武装はそのまま前に突き出し、突撃の姿勢を構えている。
上から見ると弧を描いた扇のような形をしており、前から見ると脅威である。前面を押しつぶすように迫る数の暴力が騎士を一太刀で葬る赤い鬼の前に迫る。
それを危険に感じたクロウ、トワイライト、ヴェルデはクリムゾンに迫る敵機の行軍を緩めようとそれぞれ手に持つライフルでエネルギーをまとった閃光や礫をクリムゾンの前方にある地面へ撃ち込み、煙を巻き上げる。
その煙がクリムゾンの全身を隠し、敵からは姿すら確認できない目くらましとなった。
『!』
前進を続ける義勇軍は煙が巻き上がったせいでいきなりクリムゾンの姿が見えなくなったことに一瞬驚いたが、虚仮おどしと思わんばかりに行軍を緩めようとしない。たとえ敵が別の場所へ移動して奇襲をかけようともゼルディンに乗り込むアドヴェンダー達は自ら対処できる程の自信を持つからだ。
視界を隠す煙の中からクリムゾンは飛び出す。その飛び出した場所は意外にも、直進していた場所とほとんど変わっておらず、スラスターを噴射させたまま直進していった。そのセオリー通りではない動きにヴェリオットとグランディは目を大きく見開く。
「そのまま直進してきただと!?」
「舐めた真似を!」
よほどの自信があるのかと思いたくなる程のクリムゾンの行動にヴェルジュは余裕を崩さない。行軍はクリムゾンに激突する勢いで直進を続ける。
「そのまま押し潰すだけだ!」
クリムゾンは両手にあるヒートソードをX字に構え、無謀にも見える突進を続ける。そのままゼルディンの行軍と激突しようとしたその時、その一体が動きを止めた。それは突進してきたクリムゾンと鍔迫り合いをすることとなったからだ。
『殿下! 我が陣が!』
「なっ!?」
隣にいるヴェリオットに呼びかけられたヴェルジュは、陣を破られたことに驚きつつも態勢を整えようとする。しかし、
ドォオオン!
それとは別の衝撃が直接、彼女に襲いかかったのだ。その衝撃を与えたのは当然、空に舞うカラス達だった。ヴェルジュはそのカラスに向けて指示を出す。
「あのうっとおしいカラス共を駆除せよ!」
「「「イエス ハイネス!」」」
アドヴェンダーの掛け声と共にゼルディンは大型のランスからマシンガンに持ち替え、銃口をクロウに向けて発砲を開始した。マシンガンから撃ち出された弾丸は、空を自由に動けるアルティメスに当たることもなく空へ飛んでいき、ルーヴェ達はライフルで撃ち合いを行う。
ルーヴェとリンドによる援護の中、ヴェルデを狙撃モードに切り替えたアレンはスナイパーライフルの直線上にあるゼルディンへエネルギーでできた銃弾を放つ。しかし、その銃弾が尽く目標を外され、空を切るばかりであった。
「この俺が的を外すとは……! 実力もかなりのものか……!」
心の中で舌打ちをするアレンは珍しく、動揺というより怒りにも似た焦りを見せる。対象を仕留められなかったことに驚いたのだ。
そのアレンが見下ろしていたゼルディンは陣形を解き、それぞれ的にならないように動き回っている。アレンは照準を合わせようにも動き回れては合わせることができず、逆にマシンガンから放たれる弾丸の礫に邪魔されていた。
その焦りを感じたリンドは彼のフォローに回る。また、一足先に地上に降りたルーヴェはライフルから鴉羽に取り替えて数機ものゼルディンへ向かっていった。
一方、先にゼルディンと対峙していた茜もその強さに手こずっていた。クリムゾンが持っている剣とゼルディンが持つ巨大な槍と剣戟を重ねる中、自身が操るクリムゾンと同等、いや数段性能が劣るはずなのに対峙できることに違和感を持っていた。
同様にゼルディンと対峙しているルーヴェ達も意外と手こずっており、彼らにとって見られぬ機体だからか未だに一機も墜とせていなかったのだ。
彼らの意識から外れていたヴァルトルーパーはスキあらばクリムゾンに駆け込み、右手に持つ槍で突き刺そうとする。相手に突撃をかます姿はまさしく一発の弾丸のように迫り、突き出された槍がクリムゾンの横腹に入れようとした。
それに気付いたゼルディンは一旦、クリムゾンから離れる。このまま対峙していたら、自分も巻き込みかねないからだ。自身を押し込んでいたはずのゼルディンがいきなり離れたことに違和感を感じた茜はすぐにその違和感の正体を知る。
同時にその危険を知らせるアラートがコクピットに鳴り響き、茜が左横に振り向くとそこにヴァルトルーパーが迫っていた。
「!!」
その脅威の正体を知ると茜はクリムゾンの脚部にあるスラスターを噴射させ、一瞬でその場を離れる。その場で受け止めることもできたのだが、さっきまでとは違う雰囲気に彼女は思わず回避行動を取ってしまったのだ。
しかし、この判断が正解であったことはこの後、茜は思い知ることになる。
突撃の姿勢を構えていたヴァルトルーパーはそのまま駆け抜け、クリムゾンがいた場所を通り過ぎる。ヴェルジュは標的を取り逃がしたことに舌打ちをし、イラつくように眉を大きく釣り上げる。
「チッ! 勘のいい奴だ。だが、今度は逃がさないがな!」
ヴェルジュはヴァルトルーパーを走らせながら大回りし、再び目標をクリムゾンに捉えつつマシンガンランスを突き立て、突撃をかける。まるで角を立てて突進する闘牛を相手にしていた茜は、またもや突撃を躱す。もしその場にいたら即、串刺しであったことは明白だろう。
それを幻視した茜は一瞬で表情を青ざめる。死という恐怖が彼女に襲いかかったのだ。一方向から来ないのが幸いだが、対応しようにも完全にあちらが優勢であった。
三度、クリムゾンに襲いかかったヴァルトルーパーはマシンガンランスの鍔にある二門の銃口から弾丸を発射させる。
【マシンガンランス】は騎士が使用するランスにマシンガンの技術を融合させることで近接戦と射撃戦を両立させた複合武器である。ランスの中間部に位置する鍔に銃口を備えることで中距離戦への対応が可能なのだ。
これはゼルディンにも採用されており、現在では主力武装として扱われている。マシンガンも同時に採用しているのは、いわばランスが破壊された時の緊急手段として利用されている。
もっとも、ゼルディンに乗るアドヴェンダーはディルオスに乗っていた経験があるからか、マシンガンを使用する時が一番しっくりすると思われる。
その名のごとくマシンガンから放たれた多数の弾丸がクリムゾンに襲いかかり、茜はホバー移動で難なくと躱していくが、今度はヴァルトルーパーの狙いすましたかのような突撃が襲いかかる。これもギリギリで躱すが、茜は襲いかかる圧力に打開策が見えなかった。
一方、ルーヴェはヴェルジュの専属騎士であるヴェリオットとグランディが乗る二機のゼルディンと対峙していた。
グランディの機体は巨大なハンマーで振り回し、ヴェリオットの方は二振りのバトルブレードを携え、クロウを追い詰める。二方向から襲い掛かる相手にルーヴェも引き下がれるわけには行かず、鴉羽を振り下ろしながら戦闘を継続させていた。
リンドとアレンも残りのゼルディンと撃ち合うが、状況を打開できていない。彼らがこれほどまでに苦戦することは今までになかった。培われ続けた経験の差が浮き彫りとなった結果だろう。
(一機も墜とせないなんて……これが義勇軍の力……!)
茜はヴェルジュが率いる義勇軍の実力を初めて思い知る。そして、彼らが感じていた違和感とは今対峙しているゼルディンにあった。
『GES-04 ZELLDIN』――ガルヴァス帝国が最初に開発したディルオスより高い性能を獲得させるべく開発された試作機であるこの機体は、ディルオスと同様の武装を扱えるだけでなく質量による物理的な攻撃を想定した巨大ハンマーなど、専用の武装も与えられていた。
シュナイダー同士の戦闘に重点を置いており、その上で圧倒させるための設計が施されている。これによりディルオスよりも強いパワーを発揮できるようになったのだが、ディルオスよりも致命的な弱点を抱えるようになってしまったのだ。
その理由は当初の目論見通り、完成に至ったものの生産コストが高くついたため、少数しか開発することができなかった。また、操縦難度もディルオスよりも高く、相応の実力を持ったアドヴェンダーしか乗りこなすことができない上、稼働時間もディルオスより短いなど、問題が山のように積もっていた。
さらに追い打ちをかけるように調整にも手を焼かせ、開発者の頭を悩ませる結果となってしまったのだ。
当然、ヴァルトルーパーと同様にお蔵入りする羽目になったのだが、試作品ながら高性能を発揮させた事実は変わりなく、これを軍に起用する代わりに特殊部隊として運用されることが決まり、そのまま"女傑"と呼ばれるヴェルジュの元に集まるようになった。
同じくクセの強いヴァルトルーパーを操る彼女にとってこの機体を見逃すことはせず、ゼルディンを操ることができるアドヴェンダーをかき集め、彼女だけの軍隊を作ることにしたのだ。
その風貌は、まさに実力のあるアドヴェンダーを集めたエリート部隊という呼称がお似合いであり、それらを擁した義勇軍と呼ばれるようになっていったのだ。
また、欠陥だらけのシュナイダーは長年の調整と技術のさらなる発展のおかげで、現在では万全に動けるようになっていき、実践では一軍だけで軍隊一つを陥落させたのである。
その結果、ヴェルジュは本国でも一目置かれるような存在となっていった。欠陥を抱えた試作機は、下克上を果たしたのである。
そのゼルディンは今、自分らより先に造られたディルオスを尽くなぎ倒すアルティメスと初めて対峙し、初めて互角に渡り合える相手と出会ったのだ。もし意思を持っていたならば、持て余す程の力を持った自分を楽しませる相手に出会えたことに喜ぶはずがないだろう。
四人は初めて"強敵"と呼べる存在と戦っていた。今までは性能差があったからか相手にできるものなどいなかった。しかし、ケンカを売った相手は世界のほとんどを掌握している国であり、広げている戦力はバカにできない程である。
アルティメスはそれぞれ状況特化型の設計でなされており、メリットとデメリットを併せ持つ。もっとも基本スペックが高いからかそんなに不安は残らない。
しかし、これからの戦闘でそれらが露出してしまう可能性があるかもしれず、これこそアドヴェンダーの腕が試される。
彼らも簡単な相手ではないことはわかっていたのだが、心の中ではどこかで舐めていたかもしれない。しかし、彼らはそんな慢心もすぐに消し去った。ただで終わらない相手と対峙している以上、勝ちを譲るつもりはないのだ。
「舐めるな!」
茜は自分を鼓舞し、左レバーを前に押し出す。すると背中スラスターから熱気が噴射され、加速を始めた。その危機を感じたゼルディンは左手に持ったマシンガンを向け、銃弾を乱射するが、一向に当たる気配がなかった。
クリムゾンは一瞬で距離を詰め、左のヒートソードで横薙ぎを入れる。ゼルディンもスラスターを噴射させ、これを躱すものの、次々と押し寄せる斬撃にギリギリで避けつつ後退していった。
『バ、バカな……!? 急に動きが……!』
押し切られると思ったゼルディンはマシンガンランスで一突き入れようとするが、それを読んでいた茜は左のヒートソードで斬り上げる。
一瞬の出来事に誰もクリムゾンの太刀筋がまったく見えなかった。義勇軍の一人は斬っていないと錯覚しかけたが、自身が乗るゼルディンが持つランスは穂先が無くなっていたことに気付く。
(いつの間……)
そう思っていた矢先、彼の思考はそこで途切れた。クリムゾンが右のヒートソードを縦に斬り下ろし、機体を真っ二つに斬られたゼルディンは破壊され、操縦していたアドヴェンダーの息の根を止めたからだ。
それを目撃したヴェルジュは絶句する。自分の部下を難なくと斬ったこと、自分の部下を凌駕したことを含めてだ。それは彼女に泥を塗ったも同じである。
同じく目撃した専属騎士の二人も大きく見開いた。相手が自分達と互角、いやそれすら凌駕する存在だということに気がつかなかったからだ。だが、一瞬だけその油断に気づいたのが一人いた。
ルーヴェだ。クロウの肩部に搭載されたマシンキャノンを使用し、二機のゼルディンに撃ち込む。二人はその意識から外れていたことに油断し、弾丸の礫をモロに喰らった。
その結果、大きくよろけることができたのだが、一瞬で両手に持つ武器に阻まれたのか完全に破壊できなかったらしく、装甲が貫通することもなかった。
しかし、距離を取ることには成功し、クロウの背中にあるスラスターの噴射、およびバインダーの展開によって空中に移動させることができた。リンドとアレンもゼルディンから離れ、ルーヴェに合流し、態勢を整えようとする。
茜はクリムゾンの脚部にあるスラスターを使って移動を開始し、部下が殺されたヴェルジュが追いかけるが、クリムゾンのスピードに追いつくことがやっとであり、そのまま空中に逃げられてしまう。追いかけるのをやめたヴェルジュは諦め、その場で足を止めた。
「そろそろ退こう。ハルディの命令だ」
「これからが本番だけど……こっちもまずいか」
茜はチラリと右側を見る。そこにはトワイライトとヴェルデが映る。二人も無事だということがすぐにわかった。しかし、確認はできないが、おそらく疲労していることは予想できた。
「しょうがないわね……撤退しましょう。これ以上はこちらが辛いわ」
「「「了解」」」
茜は諦めたように撤退の指示を出す。三人もそれに反対することなく指示に従い、ササッと義勇軍がいる大地を後にした。本来の目的は軍事基地への襲撃であって、破壊と命じられてはいない。女傑というイレギュラーが存在するためか、あまり深入りすることではないとハルディから念を入れられていた。
勝利がつかない戦いであったが、自分達の目的はこういうことではないことは彼らも承知していた。それはガルヴァス軍にも予想できないものであった。
レイヴンイエーガーズがこの地を去って、これ以上この地を荒らされることがなくなったことにグランディは安堵する。
「殿下、我々の勝利というわけで……」
「どこが勝利だと?」
「え?」
しかし、ヴェルジュは逆に喜ばなかった。それどころか、ますます怒りをこみ上げている。憤慨する様子にヴェリオットも口を開けずにいられなかったのだ。
「カラスを駆除するどころか部下を一人死なせるとは……これは屈辱だ!」
「「!!」」
予想だにしないその返答に二人もその瞬間を思い返し、心の中でこう思った。確かに屈辱だと。
「一筋縄ではいかないとはこういうことか……。手を煩わせてくれる……!」
その叫びは、大きく広がる青空へと飛んでいた。
夕焼けが空に鮮やかに染まる中、四匹のカラスは羽ばたいていた。外見は丈夫そうにも見えるが、中に込められていた意志は、反対に疲弊していた。
「ハァッ、ハァッ……。あ~、疲れた……。こういうの勘弁してほしいよ……」
予想だにしない苦戦で疲弊していることを隠そうとしないリンドはボヤく。その嫌そうな顔を左の掌で隠すが、その感情も一切隠せていなかった。
「……わかりきっていたでしょ。私達が相手しているのは、この世界そのものなんだから」
「相手にとって不足はない……。容易く撃ち落されたら面白くない」
「アンタはそうかもしれないけど、こっちは数年前までは素人のようなものなのよ! デリカシーってのが無いの!?」
「…………」
アレンの物言いに反論する茜。それに対してアレンは無言を貫くと茜はリンドと共に「黙るな!!」と口を合わせる。
一方、ルーヴェは三人のイザコザに意に介していなかった。それどころか、心にあらずといった様子だ。
(あの突きの感じ……前にもどこかで……)
先程の戦闘でルーヴェは一つの疑問を浮かべるが、正解にたどり着くことはなかった。だがこの先、答えを見つけるために衝突することは何回か起きることを予想し、それに期待を寄せるしか彼の頭になかった。例えそれが、あまりにも残酷な真実を孕んでいたとしても……。
一つの山と言っても、まだ物語の半分もいっておりません。もちろん秘密もまだ明らかにしません。これからも面白くするため、今後もよろしくお願いします!




