9. そしてシアさんは姿を現した
その直後、俺の耳に、全ての悪意を洗い流すような慈愛に満ちた声が響いた。
「おお、慈悲深きアムリタの御豆腐よ…」
声の主は、白く輝く純粋な魔力をローブのように纏った、美しい天界の女神だった。その姿は、まさに光そのもの。透き通るような白い肌、長く流れる金色の髪、そして何よりも、その瞳から溢れる慈愛に満ちた輝きに、俺は完全に魅了された。
「くっ……なんだこの美しさ……! 天使ってレベルじゃねぇぞ! まさに女神! こんな崇高で美しい存在が、俺の、この体に触れてくれるなんて……!」
トーフマンは、豆腐の身でありながら、その美しさにデレデレと見とれてしまった。
『フンッ。たかが物理的な美しさで、そこまで見とれるとは。トーフマンさんも、まだまだ俗物ですね。私だって女神級に美しいはずなのに、どうしてこうも反応が違うんですか!』
シアさんの声に、わずかなヤキモチのような、あるいは美しさへの対抗心のような響きが混じっている。
「なんだと、シアさん! たかがって言うけど、こんなに美しい存在を前にしたら見とれるぞ。それにシアさんの顔だって見たことないんだから、評価のしようがないだろ!」
俺がそう言い返した瞬間、シアさんの声が、驚きに満ちたものに変わった。
『え? 今まで姿だしてましたよ? 脳内イメージを視覚情報に変換して、常に表示していました』
「え!?」
『え!?』
トーフマンとシアさんの声が、同時に重なった。
「どういうことだよ、シアさん! 俺はただのシステム音声だと思ってたし、姿だって見えてたら何らかのリアクションはしたと思うぞ」
『おかしいですね……。私の設定では、常にあなたの脳内イメージとして、視覚的に認識されているはずなのですが……まさか、トーフマンさんの脳内イメージ力が低すぎて、私の姿を単なる文字情報としてしか処理していなかった、ということでしょうか!?』
シアさんは、困惑と若干のディスりまじえて呟いた。その直後、俺の脳内に、まるで指で何かを叩くような、コンコンという電子音が響いてきた。
『これで、どうですか? 私の視覚情報を強制的にインストールします』
シアさんの声がそう言った瞬間、俺の脳内に、まばゆい光がほとばしったあとに、一人の完璧な造形の女性が映し出された。
その姿は、まさしく女神という二文字しか思いつかないほど神々しい美しさだった。透き通るような白い肌、長く流れる銀色の髪、そして星々を宿したかのような深い紺碧い瞳。完璧な造形美と、どこか超越的な雰囲気を纏っている。
(これが……シアさん……!? 俺がこれまで声だけで会話していた相手が、こんな美しかったなんて!? いやむしろ、中身を考えるとこの美しさに納得がいかない!)
俺は、あまりの美しさに、豆腐の身でありながら、完全に固まってしまった。
『……今、「外見は女神のようなのに、中身はあのサディスティックなシステムだもんな」みたいなことを思いましたよね! 視覚化されてもなお、私への評価は変わらないのですね、トーフマンさん!』
シアさんの声が、脳内に鋭く突き刺さった。その言葉に、俺は慌ててごまかそうと、とっさに口から出任せを言った。
「い、いやいや! そんなことないぞ! 天界の女神とシア女神に挟まれ急展開! 目の保養が二倍になって、俺はただただ幸せなだけなんだなぁ」
その瞬間、しーーーんと、天界の空気が凍り付いたような静寂が訪れた。
天界の女神が、ふと首を傾げた。
「一瞬、強烈な雑念と低俗な邪心を感じたような? 気のせいでしょうか……」
(今、確実に何者かの存在を感じたわ。この御豆腐から放出された癒しの力とは違う、異質な波長。そして、男が鼻の下を伸ばしてにやついているような不快感……これは、一体……?)
天界の女神は不思議そうに呟きながら、俺の体を両手でそっと包み込むように見つめた。
彼女の掌に俺の豆腐の体が触れた瞬間、アムリタの御豆腐のかぐわしい香りが、女神の鼻腔にすっと入り込んだ。
普段は泉の水だけで栄養を得ているため、食欲など湧くはずのない天界の女神の瞳が、わずかに見開かれる。その表情には、驚きと、そして微かな戸惑いが浮かんでいた。




