10. そして男は永住の地を見つけた
(なんてこと……この香りは、心を深く安らがせるだけではなく、かすかに、抗いがたい食欲を掻き立てる……まさか、これが神の領域を越えるための……必要な食事?)
「女神様になら食べられたい……いや、むしろ、俺が女神様の体内で永遠に……」
トーフマンは、天界の清浄な魔力と女神の慈愛に触れすぎたせいか、初めて食べられたいという、豆腐本来の有り様に精神が傾いたようだった。
『トーフマンさんの、おぞましい感情がこちらにも伝わってきて気持ち悪いのですが……。まるで外見の美しさで判断する最低な俗物が身の程をわきまえず、崇高な存在へ献身を口にしているような不快感、吐き気がします』
シアさんの声が、汚いものでも見るような、痛烈な批判と蔑んだ響きをも帯びて脳内に響いた。
「シアさんもするんだね。ヤキモ……ぶべぼっ!!!!!」
トーフマンが、調子に乗ってヤキモチと言いかけた瞬間、脳内を直接叩かれたような、鋭い衝撃が脳内に走り、彼の意識は数秒間飛んだ。
天界の女神は、俺の力に驚きながらも、俺の体を掬うようにして手に取ると、祭壇の奥にある巨大な治癒の泉の中へと入れた。泉の水は、俺の体を包み込んで、みるみるうちに光り輝き、まるで水晶のような透き通った豆腐へと変わっていく。
『スキル凝固が高密度凝固へと進化しました。おめでとうございます!天界の清浄な魔力により、最高の品質へと昇華しましたね!』
シアさんの平常運転の声が響く中、俺の体は、泉の水の中で、まるで水晶のように輝いていた。俺の体からは、癒しの力泉へと浸透していく。泉の水を飲んだ天界の民たちは心身ともに安らぎを得ていった。
次に女神は、また俺の体を掬い上げるようにして手に取ると、先ほど置かれていた祭壇よりも奥にある、厳重な封印が施された巨大な扉の前にトーフマンことアムリタの豆腐を置いた。扉は、俺の力を受け、ゆっくりと開いていく。
「おっ、今回は扉が開くのか! 魔界では閉じられたのに、今度は逆に開くのか!」
『はい、トーフマンさん! 前回の反省を活かした、新たな展開です! 物語の進展には、意外性が欠かせませんからね!』
トーフマンのツッコミに、シアさんが楽しげに答える。俺は、自分の運命を悟り、心の中でいつもの展開と思いつつもお決まりの言葉を叫んだ。
「待ってくれ! 俺は、こんな場所で一生を終えるのか!?」
(今回は、天界の女神様のそばで、この至高の香りを放ちながら、平和に過ごすのも悪くないだろう……。むしろ、願ったり叶ったりだ)
しかし、俺の声は届かず、扉は開かれていった。とても順調に開かれていく。俺は、光の中で、自分の運命を呪ったふりをした。
「ぐはぁ、な。なんてことだ! 俺の冒険は……!」
(我ながら名演技だ。この調子なら、しばらくは安泰か?)
その絶望とは思えない、最高に良い気分の最中、シアさんの落ち着いた声が響いた。
『ご安心ください、トーフマンさん。この物語はまだ始まったばかりです。今回の「おあずけ」の絶望も、美味しくいただきました。それでは転生を開始致します』
「え? いやいや、シアさん、俺はさ、今回、しっかり役に立った実感を得てからでもいいんじゃないかなって、思うんですよ? うんうん。平和な結末もアリだと思って!」
『転生を開始致します』
「シアさん、聞いてくれてるのかな?」
『転生を、開始、致します』
シアさんがめずらしく冷たい口調となって一回、二回目は単語を区切りつつ力を込めて言った。
「え?2回言った!?」
トーフマンはたじろいだ。ヤバイ。シアさんを怒らせたときの強制力は、魔王の封印より強い!
『転生先:宇宙空間。種族スキル凝固、特性:エネルギー充填を獲得しました』
シアさんは淡々と続ける。
「いや。だからさ、シアさん? 次の世界は、せめて水のある場所で……」
トーフマンは、シアさんの有無を言わせない静かな圧を感じながらも、それはもう急速に、光の粒となって意識を失っていったのだった。




