5. そして男は魔界の豆腐となった
再び目が覚めたとき、俺はまたしても豆腐だった。今回の場所は熱い液体が煮え立つ工房の鍋の中ではない。表面全体を包み込むのは、ひんやりとした冷気と、肌に粘りつくような禍々しい魔力だった。周囲の空は濃い紫の靄が立ち込め、その上には血のように不気味な赤い月が浮かんでいる。
地平線には、鋭利な角を持つ巨大な黒曜石の魔王城が、まるで宇宙の傷跡のようにそびえ立っていた。遠くからは魔物たちの唸り声や鎖の擦れるような、不気味で聞き心地の悪い不協和音のような音が微かに聞こえてくる。
『転生先:魔界の豆腐。種族スキル凝固、特性:封印、特技:魔力ブーストを獲得しました』
シアさんの声は、どこか興奮しているように聞こえた。まるで新たなステージの幕開けに胸を躍らせているかのように、高揚感が伝わってくる。
「いやいや、シアさん!転生先とかスキルとか特性とか、もう分かってるから!鍋の中で溶かされながらも、ちゃんと聞いて覚えてますからね!律儀に説明し直さなくてもいいから!」
俺がツッコミを入れると、シアさんは楽しげな声で返してきた。
『おやおや、さすがはトーフマンさん。記憶力も高密度凝固されているようですね!でもですね、これは私の「お約束の転生アナウンス」なのです。あなたの壮大な旅の始まりを彩る、私のシグネチャーソングのようなものだと思ってください。それに、もしかしたら、前回の転生では意識が朦朧としていて、聞き逃した項目があったかもしれませんからね?フフフ……サービスは徹底して行いますよ』
シアさんは、どこか含み笑いを隠しきれない様子で俺の運命を告げてくる。俺の体は、禍々しいルーン文字が刻まれた、黒曜石?らしい黒色の巨大な祭壇の上にポツンと置かれていた。
周囲にはゴブリンやオーガ、リッチのほかに、見たこともない奇妙な魔物たちがうごめき、なんて言っているのか分からない腹の底に響くような不気味な呪文を唱えている。彼らの視線が、まるで美味しそうな獲物を見て生唾を飲み込むかのように、生々しい欲望を持って俺に突き刺さる。
「…おい、シアさん!なんだこの状況は!なんか、儀式の供物みたいになってるぞ!俺、魔物に食われるのか!?それとも、また変な実験台にされるのか!?」
『ご説明します。あなたは、この魔界で封印の豆腐として転生しました。あなたの持つ封印の力は、魔族の持つ強大な力を抑え込む効果があります。そして、特技の魔力ブーストは、その封印の力を飛躍的に増幅させることを可能にします』
シアさんの説明を聞きながら、俺は自分の運命を悟った。やはり、俺の存在はこの世界でも利用される宿命にある。俺は、この魔界で、魔族の力を抑え込むための存在として利用される運命なのだ。しかも、封印の力を持つ豆腐、か。なんだか、また厄介な役割を押し付けられた気がする。その瞬間、シアさんの声が、まるで舞台効果のように響き渡った。
『ピキーン!(効果音:運命の啓示)』
「うわっ!?なんだ今の音!?シアさん、急に効果音入れるのやめてくれよ!驚きのあまり、この豆腐の体が崩れるかと思ったぞ!」
俺はシアさんに猛抗議した。こんな緊迫した状況で、まさか効果音まで入れてくるとは。このシアさん、本当に俺の転生をエンターテイメントとして楽しんでいるに違いない。
俺の抗議もシアさんには届かず虚しく響き、その諦観も束の間、俺の耳に全身の細胞が恐怖で硬直するほどの、強烈な威圧感に満ちた声が響いた。その声は、まるで大地そのものが唸っているかのように重く深く、俺の魂にまで響き渡った。
「フハハハハハ……ついに手に入れたぞ……我が悲願の成就に必要な……伝説の不老不死の豆腐を!」
声の主は祭壇の奥からゆっくりと姿を現した。それは漆黒のローブを纏い、高さが数メートルはあるような巨大な角と鋭い爪を持つ、まさしく魔王と呼ぶにふさわしい存在だった。その瞳は深淵の闇を宿し、俺の存在を射抜くように見つめている。
魔王は目を血走らせながら俺の体をまるで宝物でも扱うかのように慎重に手に取ると、底知れない欲望を滲ませて言った。
「伝説によれば、この豆腐を封印の祭壇で1000年寝かせたのち食らうことで、我は永遠の命と不滅の肉体を得ることができるという。まさに天啓!我が悲願、ついに叶う時が来たのだ!」
魔王の言葉に俺は全身が凍り付くような感覚に襲われた。1000年!?寝かせる!?不老不死の肉体を得るための食材として、俺はここで1000年も待たされるのか!?




