4. そして男は狂気に出会った
「シア!俺の体が小さくなってる! 豆腐の体積が減ってるぞ! これじゃまるで、命を削って魔力を使ってたみたいじゃないか!」
『トーフマンさん、それは特性魔力凝縮による極めて自然な現象です。あなたは魔力を凝縮し、エネルギーとして放出しています。そのエネルギーを生成する際に、媒体である豆腐の分子構造そのものが消費されているのです。消費が激しいですが、ご安心ください、トーフマンさん。この世界には無限に近い魔力がありますので、補充は容易ですよ』
シアの言葉とは裏腹に、トーフマンの体はどんどん小さくなっていく。もはや、親指の爪ほどのサイズだ。
このままでは、俺は消えてしまう……。補充が容易だとしても、この小ささでは、魔力の源泉まで移動することすらままならない! 詰んだ!
絶望の最中、トーフマンの耳に、聞き覚えのない、しかし強烈な好奇心に満ちた声が響いた。
「おお、これは! なんと強烈な魔力の波動! 伝説の魔力凝縮豆腐ではないか!」
声の主は、苔むしたローブを纏い、その下に白衣を着た、いかにもマッドサイエンティストといった風貌の、狂気に満ちた目をした初老の男だった。
白衣の男はトーフマンの体を、ポケットから取り出した滅菌されているだろうと思われる手袋をはめた手で、大事そうにすくい上げると、まじまじと見つめ、目を輝かせながら叫んだ。
「……これがあれば、究極の魔法薬、賢者の石の試作品が作れるぞ!」
白衣の男はトーフマンを手に、周囲の警戒も忘れて山奥に隠された古びた工房へと走り去っていく。
トーフマンは自分の運命を悟り、心の中で必死に叫んだ。
「待ってくれ! 待ってくれよ! 俺はまだ、この異世界で、勇者として魔王を倒すことも、賢者として知識を極めることも、ましてやハーレムを築くこともできていないんだぞ! せっかく手に入れたこの力も、まだ誰かのために使ったわけじゃない! こんなところで、ただの材料として連れて行かれるなんて、あんまりだ! 俺の冒険は、まだ始まったばかりなんだ!」
哀しいかな。その必死な抗弁は白衣の男に声は届かない。トーフマンは男の工房へと連れていかれ、薬草や怪しい液体が乱雑に置かれたカビ臭い部屋で、グツグツと熱い液体が煮えたぎる大きな鍋の中に入れられた。
「やめろ! やめてくれ! 俺は豆腐だけど、意識があるんだ! 溶かされるなんて、そんな、そんな終わり方だけは嫌だ! これが異世界での初死になんて、あんまりだ! 俺はまだ、この体で、この世界で、何かを成し遂げたかったんだ! 食材として、こんな形で消えるなんて、あんまりだ! 誰か、この理不尽な運命から誰か助けてくれ!シアさんやーーい!なんとかしてくれーー!」
トーフマンの悲痛な叫びが、誰にも届かぬ彼の脳内に響き渡る。彼の体は、みるみるうちに溶けていく。高密度の魔力と豆腐のタンパク質が、沸騰する液体の中で熱で結合していく強烈な感覚となり、トーフマンを襲った。
『おや、おや。これはまた、劇的な展開ですね! 異世界の錬金術師の腕の見せ所といったところでしょうか? 物語の転換点としては、悪くないクライマックスです!』
シアの声が、どこか楽しげに、そしてわずかに歓喜で震えているように聞こえた。まるで、眼前で繰り広げられる悲劇を、最高のエンターテイメントとして心底楽しんでいるかのように。
絶望の最中、シアの落ち着いた声が響いた。
『ご安心ください、トーフマンさん。この物語はまだ始まったばかりです。今回の経験は、次の世界で必ず活かされます。それでは、転生を開始致します』
『転生先:魔界の豆腐。種族スキル凝固、特性:封印、魔力ブーストを獲得しました』
トーフマンは、シアの言葉を聞きながら、全身がドロドロに溶け、原型を失っていく体の中で、再び意識を失った。




