32. そして女は懇願した.
シアさんが度々口にする『私の物語』という言葉。その言葉の奥に秘められた答えは、トーフマンがまだ人間だった頃の過去にまで遡る。
トーフマンがまだ幼い頃、彼はどこにでもいるごく普通の少年だった。そして隣の家に住んでいたシアさんもまた、彼と同じくらい普通の少女だった。二人は幼い頃からいつも一緒で、毎日くだらないことを見つけては笑い合っていた。
トーフマンにとってシアさんはかけがえのない大切な幼なじみであり、胸の奥で密かに温めていた淡い初恋の相手でもあった。そしてシアさんにとってもまた、トーフマンは初めて心を奪われた特別な人だったのだ。
二人が小学校高学年になった頃、突然の不幸が襲う。シアさんが原因不明の重い病に侵され、療養のために遠く外国の専門病院へ入院することになってしまったのだ。
電子メールがまだ一般に普及しきれていない時代、二人は遠く離れながらも手紙のやり取りを通じて、お互いの近況を報告し合っていた。ポストに届く白い封筒だけが、二人の心を繋ぐ唯一の絆だった。
だが、ある時期を境に異変が起きる。トーフマンがどれだけ心を込めて手紙を送っても、シアさんからの返答が突然途絶えてしまったのだ。トーフマンは強い寂しさに暮れたが、時の流れとともに日々の生活を送るうち、悲しいかなシアさんの記憶は少しずつ薄れていってしまった。
だが、シアさんは手紙を書くのをやめたわけでも、トーフマンを忘れたわけでもなかった。病状は容赦なく悪化し、彼女は植物状態となって意識を失い、ベッドの上でずっと眠り続けていたのだ。そして運命のいたずらか、彼女がひっそりと息を引き取ったのは、トーフマンが交通事故で命を落とした、まさにちょうどその瞬間だった。
彼女の意識が完全に消え去る直前、幼い脳裏に最後に浮かんだのは、もう一度だけ会いたいと切望した初恋の相手、トーフマンの眩しい笑顔だった。その純粋で、あまりにも強い願いが、彼女の魂をこの世に留まらせたのだった。
そしてもう一人、この物語の鍵を握る存在がいた。それが「豆腐の女神」だ。
彼女は宇宙の片隅にある、静かで穏やかな次元で暮らしていた。彼女に与えられた第一の使命は、寿命や事故によってこの世界から消えていく尊い魂を、慈愛をもって新たな世界へと導くことだった。
ある日、女神は次元の狭間でひとつの魂の光に目を留めた。それこそが、命を落としたばかりのトーフマンの魂だった。
彼は交差点で車に轢かれそうになったとき、自らの命を顧みず、手にしたビニール袋に入った一箱の豆腐を命がけで守るようにしてその身を投げ出したのだ。その魂の輝きはあまりにも純粋で、あまりにも尊かった。自分の命よりも、たった一つの豆腐を守ろうとした彼の崇高な行動に、豆腐の女神は深く深く感銘を受けた。
(こんなにも豆腐を深く愛し、尊い身を挺して守ろうとした美しい魂が、このまま世界から消えていくなど、あってはならない)
豆腐の女神は、彼の魂をただ普通に異世界へ転生させるのではなく、特別な祝福と力を与えることを決意した。それこそが「豆腐への転生」だった。彼の純粋すぎる「豆腐愛」をそのまま彼の新たな存在そのものとして昇華させようと考えたのだ。
一方その頃、シアさんの魂はトーフマンへの強い想いから未練となってこの世を彷徨っていた。そして奇跡的な確率で、彼女の魂は偶然にも豆腐の女神が管理する次元へと迷い込んだのだった。
「あなたは何者ですか? どうして、このような場所へ?」
豆腐の女神の優しい問いかけに、シアさんは自身の悲しい過去と、胸の中に溢れるトーフマンへの抑えきれない想いを切々と語った。そして女神の口から、彼の大切な魂が「豆腐」として新たな世界へ転生したことを知らされる。
「どうか、お願いです。私も、彼と同じ世界に行かせてください。彼に、もう一度だけ会いたいんです」
シアさんの必死で切実な願いは、ついに豆腐の女神の心を動かしたのだった。




