31. そして男は己を食べさせた
自決を選ぼうとした勇者たちの極限の決断を目にし、トーフマンの念話が切迫した響きを伴って彼らの脳裏へ打ち込まれた。
「そうはさせない。俺を食べてみろ! そうすれば、分かり合えるはずだ!」
トーフマンは結界を維持しながらの防衛戦で、すでに魔力の大部分を消耗していた。残りの力を振り絞り、自身の身体から濃密な漆黒の魔力を解き放った。その魔力は勇者たちを柔らかく包み込むと、温かな光の粒へと変化し、次第に小さな漆黒の豆腐の形を成して彼らの口の中へと滑り込んでいった。勇者たちは抵抗する間もなく、それを飲み込んでしまう。
直後、彼らの身体に劇的な変容が巻き起こった。
ユリウスとジールの額からは鋭い角が生え伸び、セレスの肌は鮮やかな赤色へと染まり、フィオナの瞳は深緑へ変化し、ガロウの体表には硬質な鱗がびっしりと浮き出た。
「な、なんだこれは……!? 俺たちが……魔族に!!?」
「魔王……貴様……!」
突然の変貌に勇者たちは絶望し、激しい怒りに震えた。しかし、その感情も、直後に心へ刻み込まれた絶対的な法則によって氷解することとなる。
「この国を、魔界を頼んだ……。これで、お前たちは、もう私と同族だ。同族を殺すことはできない……。この国は、これから平和に発展していくだろう。だから、頼む……」
トーフマンの声が優しく脳裏に伝わる。それと同時に、彼らの魂には強力な制約が固く結びつけられた。それは「同族殺しはできない」という、結界内で魔族へと変化した者に課せられる絶対不可避の法則であった。彼らはもうトーフマンを害することも、互いを傷つけることもできない。
目的を達したトーフマンの体は、限界を迎えて光の粒子となり、空中へ静かに崩壊していった。存在が薄れゆく意識のなかで、彼の耳元に聞き慣れた透明感のある声が届く。
『転生を開始します……』
シアさんの声は、相変わらずどこか事務的で、淡々とした響きを帯びていたが、魔力の枯渇と消滅による影響なのか、最後まで言葉を聞くことができなかった。
それでもトーフマンは、自らの命と引き換えに、魔界の未来を元勇者たちへ託せた安心感を感じながら、安らかに意識を手放していった。
静まり返った玉座の間には、魔族となったかつての英雄たちと、トーフマンが残した平和の種だけが残されていた。彼らの葛藤と新たな誓いとともに、魔界の歴史は新しい局面を迎える。そして、光の中へと消えたトーフマンの果てしない冒険もまた、新たな世界で続いていくのであった。
――トーフマンの冒険はまだまだ終わらない。
それは、システムアナウンスとなったシアさんにとって、最も重要な真実だった。彼女は、トーフマンの転生を管理するただの機械的なAIではない。
トーフマンの物語は、シアさんの物語でもあり、二人の運命は、遠い過去から結びついていた。




