30. そして男は説得を試みた
自分たちの持つ高威力を誇る技がことごとく不発に終わった光景を前に、勇者パーティーの面々は言葉を失っていた。彼らが思い描いていた魔王とは、冷酷非道で残虐無比な恐ろしい存在であったはずだ。しかし、目の前に立つ圧倒的な存在は、最初から戦いそのものを拒絶している。
「な、なんだと……! 攻撃が通じないのか!?」
息を荒らせながら、ユリウスが問いかける。
「なぜだ! なぜ反撃しない!?」
トーフマンは怒りを見せることもなく、静かに言葉を紡いだ。
「私は、人殺しをしたことがない。殺し合いなど望まない。だから、もう傷つけ合うのはやめよう。殺し合いではなく、分かり合える方法があるはずだ」
トーフマンは念話の術式を微調整し、さらに密閉性を高めた。
「……私には、お前たちの気持ちが痛いほどわかる。なぜなら、私もお前たちと同じ「転生者」だからだ。今から話すことは、外にいる部下たちには聞こえない。お前たちだけに話そう」
トーフマンは、自身の前世が日本の人間であったこと、そして豆腐としてこの世界に転生し、エルフの里やドワーフの国で過酷な戦いと食の運命に翻弄されてきた歩みを語り始めた。トーフマンは口調を崩し、静かに心情を吐露する。
「俺は、何度も、誰かに食べられる運命から逃げ続けてきた……。そして、ようやくたどり着いたのが、この魔界での平和な生活だ。ここでは誰も傷つかず、誰も飢えていない。これが、俺の望む世界だ」
トーフマンの告白は、同じ異世界からの転生者である勇者たちの心を強く揺さぶった。彼らはトーフマンの歩んできた孤独な旅路と、平和への切実な願いを瞬時に理解した。だが同時に、彼らの肩には人間国の存亡を賭けた重い使命がのしかかっていた。
(まさか、魔王が自分と同じ異世界からの転生者だったとは……! 彼の願いはあまりにも純粋だ。言っている平和が真実ならば、すぐにでも剣を納めるべきだ。しかし、これまでの戦いで俺たちによくしてくれた村を焼き、仲間を奪った魔族もいる。魔王を討つことこそが、勇者としての唯一の存在意義なのだ……! )
ユリウスの心に宿る使命と良心が軋みを上げる。
(平和な魔界? 馬鹿な! どれほど多くの者が魔族の襲撃で命を落としたと思っている! 彼の言う平和が本物であっても、それは強力な魔王の力に依存した偽りの平和に過ぎない! 私たちが剣を納めれば、再び魔族は人間界を脅かすのではないか……? 彼の生い立ちは理解できる。だが、背負った使命は覆せない)
セレスは押し黙り自問をやめない。
(彼は邪悪な存在ではない。その言葉に偽りはないように感じる。浄化の光が効かなかったのは、彼の中に邪悪さがないから……。けれど、私は聖なる教えのもと、魔族を滅ぼす使命を背負っている。この手を引けば神殿での存在価値が失われる。弱き人々を守るため、私は心を鬼にしなければならない……!)
フィオナは使命に燃える心で杖を強く握りしめる。
(俺の戦場は常に血と泥の中だ。思考など無用、目の前の敵を砕くことだけが生きる道だった。だが、この魔王の言葉は心に響く。俺たちが戦ってきたのは誰のためだったんだ? 砕くべき敵ではないと感じてしまう……!)
ガロウは体中にみなぎっていた戦意を失いつつあった。
(感情など任務の邪魔だ。……なのに、魔王の言葉は私の過去を思い出させる。私も追われ、生きるために刃を振るってきた。彼が創る世界が真実なら……。だが任務は任務だ。引けば裏切り者となり居場所を失う)
ジールは答えを見いだせずその場にとどまる。
彼らは互いの瞳を見つめ合い、苦しい決断を下すように静かに頷き合った。そして、自らの存在意義を守るため、自らの胸に武器を突き立てようとした。
「これほどの力を持つ魔王を倒せないのなら……」
「そうだ! 使命を全うできないのなら、我々に存在意義などない!」
ユリウスとガロウが仲間の気持ちを代弁する。




