20. そして男は癒やしの豆腐となった
その直後、俺の耳に、慈愛に満ちた声が響いた。
「おお、清浄なる『癒やしの豆腐』よ…」
声の主は、白く輝くローブをまとった、美しい女性だった。彼女は、俺の体を両手でそっと包み込むように見つめながら、静かに語り始めた。
「汝の清らかなる魂は、この里を救う光となるでしょう…」
女性は、俺の体を手に取ると、里の中心にある、しかしどこか淀んだ空気を纏う場所へと向かった。そこは、かつては清らかだったはずの森が、魔素の淀みによって力を失ってしまった『魔の森』の真ん中にある、苔むした祭壇だった。
祭壇の周囲には、病に苦しむ人々が横たわり、その顔は生気を失っていた。
女性は、俺を祭壇の中央にそっと置いた。祭壇は、俺の体を包み込み、俺の体は、みるみるうちに光り輝き、まるで水晶のように透き通った豆腐へと変わっていく。
『スキル【凝固】が【高密度凝固】へと進化しました。おめでとうございます!』
シアさんの声が響く中、俺の体は、祭壇の上で、まるで水晶のように輝いていた。俺の体からは、癒しの力が放たれ、魔の森に蔓延る淀みを浄化し、病に苦しむ人々たちの心を癒やしていく。彼らの顔に、少しずつ生気が戻っていくのがわかる。
女性は、俺の体から放たれる癒しの力を感じ取ったのか、その瞳を大きく見開いた。
「…こっ、この力は…! まさか、この豆腐に、これほどの力が秘められていたとは…!」
女性は、俺の力に驚きながらも、俺の体を手に取ると、祭壇から少し離れた場所にある、巨大な木製の樽へと向かった。その樽は、古びてはいるものの、厳重に封がされており、周囲には甘く芳醇な香りが漂っていた。
「この『癒やしの豆腐』の凝縮された清浄な力があれば、失われた『幻の超上級蜂蜜酒』を再び醸造できるはず……!」
女性は、そう呟くと、俺を樽の中へとそっと入れた。樽の中には、黄金色に輝く液体が満たされており、蜂蜜と水、そして酵母の香りが混じり合っていた。もうすでにアルコール度数がそれなりにあるようだ。
「蜂蜜酒!? マジかよ! 俺、人間だった頃、一滴もお酒が飲めない体質だったんだぞ! なんでこんなことに……! 清浄なる豆腐じゃなくて、清浄なる酵母の代わりかよ!」
トーフマンは心の中で絶叫した。しかし、彼の抗議も虚しく、樽の蓋は厳重に閉じられた。
『ご説明します、トーフマンさん。この『幻の超上級蜂蜜酒』は、最低でも樽漬け4000年を要する、非常に希少なものです。あなたの特性【癒し】と【凝固】が、その熟成を飛躍的に促進するでしょう』
シアさんの声が、どこか楽しげに響く。
樽の中は、蜂蜜酒の甘い香りと、発酵による微かな泡で満たされていた。俺の豆腐の体は、液体の中でゆっくりと揺れる。そして、時間と共に、俺の意識は、加速度的に酩酊状態へと陥っていった。
「うぅ……なんか……あたまが……ふわふわ……するでしゅ……」
ろれつが回らない。思考がまとまらない。4000年。気の遠くなるような時間、俺はこの酒樽の中で、酔い続けるのか。
「しあしゃん……おれ……もう……だめ……でしゅ……」
俺は、意識が朦朧とする中で、シアさんに助けを求めた。
『おや、おや。これはまた、興味深い状態ですね! 豆腐が酔うとは! まさに、新たな物語の扉が開かれました!』
シアさんの声は、俺の苦境を心底楽しんでいるかのように、弾んでいた。




