19. そして男は何度目かの既視感を覚えた
赤いゲートを潜り、全身を襲う激しいノイズと光の奔流に揉まれた後、意識が浮上した。俺はいつもの四角い、きめ細やかな肌触りの、白く凛とした豆腐に戻っていた。
「……よかった。戻れた……豆腐であることに安堵する日が来ようとは……。いや、今はそれどころじゃない」
液状化の恐怖とデバッグ機能に吸引された悪夢から解放され、俺は心の底から安堵した。システム未定義領域からの脱出がうまくいき、今度の場所は、暗黒の宇宙空間でも、まばゆい光の天界でもなかった。
全身を包み込むのは、心地よい陽光と、甘く爽やかな花の香り。あたりには、巨大な木々が生い茂り、優雅な住居が見える。小川のせせらぎが聞こえ、遠くには美しい滝が流れていた。
『トーフマンさん! 目覚めましたね!』
シアさんの声が、どこか申し訳なさそうに、しかしすぐにいつもの明るさを取り戻して響いた。その声には、以前のノイズや金属音は一切なく、澄みきっている。
『あの、その……前回の転生時、私、歌を歌うことに夢中になりすぎて、システムに致命的なエラーを発生させてしまいました。本当に申し訳ありませんでした!』
シアさんが、珍しく素直に謝罪してきた。その声には、管理者としての矜持を傷つけられた反省の色が確かに滲んでいる。
「お、おう……。別にいいけど……。おかげで俺は、いっときでも人型になれたんだ。まさか、あんな人間みたいなミスをするとはな。ちょっと意外だったぜ、シアさん」
俺がそう言うと、シアさんは少しだけムッとしたような声を出した。
『むぅ……人間みたい、とは心外ですね。これも、トーフマンさんとの交流によって、私の感情表現が豊かになった証拠です! さて、気を取り直して、今回の転生先のご案内です!』
シアさんは、すぐにいつもの調子に戻り、高らかに告げた。
『転生先:エルフの里の豆腐。種族スキル【凝固】、特性【癒し】を獲得しました』
シアさんの声は、聴き慣れたいつもの優しく穏やかな口調に戻っていた。まるで、この美しい森の空気に合わせて声色を変えたかのようだ。
「シアさん、今度はエルフの里の豆腐か! ようやく俺の旅も報われるのか? 今回は食われないよな?」
『ご安心ください、トーフマンさん。今回の転生先は、前回の宇宙空間とは全く違う場所です。あなたは、このエルフの里でどのような運命を辿るのでしょうか? 非常に楽しみですね!』
(この非常に楽しみですねってフレーズ、結局俺の運命を弄ぶつもり満々じゃねぇか!)
俺の体は、清らかな湧き水に浸された透明なパックに収められ、苔むした岩の上にポツンと置かれていた。周囲には、すらりとした体躯に長い耳を持つ、美男美女の住民たちが、優雅に森の中を歩いている。彼らは草食で、長寿だという。
「…おい、シアさん! なんだこの状況は!?」
『ご説明します。あなたは、このエルフの里で清浄なる癒やしの豆腐として転生しました。あなたの持つ特性【癒し】は、住民の心を癒し、彼らの住処である魔素の濃い森の浄化不全の力を取り戻す効果があります』
「うん? この展開、なんかデジャブを感じるな……。清浄なる、とか、救う光、とか、もう聞き飽きたぞ」
トーフマンがつぶやくと、シアさんがすかさず合いの手を入れた。
『おや、お気づきになりましたか? 転生回数が多いですから、似たようなこともあったかもしれませんね。フフフ……』
シアさんの言葉に、トーフマンは似たようなことばかりだと呆れながらも、次の展開への予感に、少しだけ面白く感じていた。




