18. そして男は液体粒子の奇跡を起こした
『隠れ、て! 彼らに、不定形、の有機、データ、と認識、されたら、最後よ!』
シアさんの悲鳴のような制止を受け、俺は急いで周囲に生えているルビークォーツの結晶の影に、体を限界まで液状化させて張り付いた。
デバッグロボットは、ノード消滅を確認し、バグの痕跡を調査していた。奇妙な有機的エネルギーパターンを検出し、消去対象として優先度を高く設定しているのが伝わってくる。
デバッグは鈍重な動きでノードが消えた場所を細かく調べた後、俺の隠れた結晶へと向かってジリジリと近づいてきた。俺は恐怖で体を凍りつかせるしかなかった。
「お願いだ、シアさん! なんとかしてくれ!」
『無理、です! 私が、下手に、介入、すれば、デバッグ、の消去、対象に、私も、含ま、れる! あなた、自身の力、で、回避、するのよ!』
デバッグは俺の隠れた結晶の前に立ち止まり、その吸引口をわずかに傾けた。その動作だけで周囲の軽い塵が吸い込まれていく。俺はその隙を見逃さず、豆乳アメーバの体を駆使して結晶の裏側を伝い、二つ目のバグノードへと向かって滑るように移動し、全エネルギーを注ぎ込んで二つ目も修正した。
残るは三つ目のノードだ。しかし、それはエラー・フロアのど真ん中、隠れる場所が一切ない平原にあった。
「くそっ、見つかる!」
『トーフマン、さん! デバッグ、があなたを、完全に、捕捉しま、した! 吸引、を開、始します!』
デバッグは恐ろしい電子音を立てながら、吸引力を最大にした。俺の豆乳アメーバの体は抵抗虚しく、巨大な吸引口へと一直線に引きずられていく。
「うわあああ! 俺、吸引されて、消去されるのか!?」
吸引口に到達した瞬間、俺は掃除機の内部へと力ずくで吸い込まれた。内部には鋭利な刃物が高速で回転し、吸引したデータを物理的に細かく裁断する恐ろしい構造が広がっていた。
「いや、待て! 俺は今、豆乳アメーバだ!」
俺はとっさに不定形化の能力を極限まで使い、自身の体をさらに細かく、液体の粒子レベルまで限界まで分解した。
デバッグの内部で、液状化した俺の豆乳粒子が、高速回転する刃に油のように絡みついた。システムオイルと混ざり合い、ついには内部の駆動部を激しくオーバーヒートさせた。DEBUGは内部損傷によって完全に機能を停止した。
けたたましいエラー音とともにデバッグが停止すると、俺は故障して吸引力を失った吸引口から、油まみれの豆乳アメーバとなって這い出し、そのまま最後のノードへと滑り込んだ。
「今だ、シアさん!」
俺は残った全エネルギーを、三つ目のノードに叩き込んだ。ドォォンという衝撃とともに三つ目のノードも消滅し、赤い空間全体が激しく点滅した後、急速に安定を取り戻していった。
『システム復旧完了! トーフマンさん! やりました!』
シアさんの声はノイズが完全に消え、いつもの澄んだ、誇らしげなアナウンスに戻っていた。
「見てくれ、シアさん! 俺の不定形化が、システム清掃員を倒したぞ!」
『あなたの液状化が、物理的な破壊をもたらすとは……素晴らしい誤算です。これで、私のシステムは完全に戻ったわ』
彼女の言葉が終わると同時に、安定した白い空間の遠方に、黄金色の美しいゲートが出現した。
『本来あなたがたどり着くはずだった、次の転生先へのゲートよ! 急いで! 正常化したシステムの中で不定形化した状態は、あなたの存在に負荷がかかりすぎています!』
そして、いつもの落ち着いた声でシアさんは告げる。
『転生先……エルフの里の豆腐。種族スキル凝固、特性:癒しを獲得しました』
俺は豆乳アメーバの体を全力で躍動させ、黄金色のゲートへと滑り込んだ。
「シアさん! また次の世界で会おう! 今度こそ、最後まで歌を聴かせろよな!」
『ええ、必ず! 次は、完璧な転生アナウンスと共にね!』
俺がゲートに飛び込んだ瞬間、俺の豆乳色は眩しい黄金の光に包まれ、次の世界へと吸い込まれていった。




