16. そして男は未知のゲートへと飛び込んだ
銀色の光は強烈なノイズを伴いながらも、次第に明確な人間の形を成していった。そこに現れたのは、完璧な造形美を持つ案内人のシアさんだった。ただし、今の彼女の体も俺の豆乳色と同じように銀色の半透明で、どこか儚げで不安定そうに揺れていた。
『トーフマン……さん? 私の歌は……本当に届いていたの?』
シアさんの声は、いつもの自信に満ち溢れた高圧的なアナウンスではなく、驚きと、かすかな戸惑いに満ちていた。彼女の銀色の瞳は、戸惑いながら瞬きを繰り返し、俺の豆乳色の人型をじっと捉えた。
「シアさん! 大丈夫か? 勝手にフリーズしてんじゃないよ、こっちは本気で困るんだからな!」
俺が思わず大声で怒鳴りつけると、シアさんの半透明の体が一瞬で真っ赤に染まり、頭上から湯気のようなノイズが激しく噴き出した。
『っっ! あ、あの……! な、何よ、その格好は! 私のシステムエラーが原因とはいえ、何故、そんな、人の感情を無駄に刺激するような形態になっているのよ!』
彼女は完全に混乱していた。システム管理者としてではなく、自分に向けられた歌を歌われたひとりの女性として、処理が追いついていないようだった。
「うるさい! 俺だってこんな恥ずかしい透ける体は嫌なんだよ! 早く次の転生先へ連れて行け! シアさんがしっかりしてくれないと、俺の旅がここで終わっちまうだろ!」
俺の必死の叫びに、シアさんはハッと我に返ったようだった。彼女は急いでシステムの権限を取り戻そうと胸を張り、居住まいを正すと、いつもの落ち着いた声で進行役のアナウンスに戻ろうとした。
『コホン。えー、システム復旧。では、トーフマンさん。あなたの無駄なロマンス行為はさておき、転生手続きを再開しま……』
その言葉の途中で、白い空間全体が激しく鳴動し、足元の回路が次々と弾け飛んだ。
『な、何事!? 次の転生先が……バグの影響で、予測不能な場所に書き換わっている!?』
シアさんの顔に、初めて明確な恐怖の色が浮かんだ。彼女のシステム権限では、トーフマンを元の正しい転生軌道に戻すことができなかったのだ。
トーフマンの目の前に、光も闇も、水も空気もない、ただただ禍々しい赤色に染まった不気味なゲートが口を開けた。
『転生先……システム未定義領域。種族スキル凝固は不定形化に上書きされました。特性は……読み取り不能です』
シアさんは焦燥感に駆られた必死の声で叫んだ。
『トーフマンさん! 次は完全に私の制御外よ! それでも私は、あなたのシステムサポートに全力を尽くすわ! さぁ! 行って!』
俺は、次の転生先がとんでもなく危険な場所だと直感した。だが、全力を尽くすというシアさんの初めての正直な宣言に、妙な安心感を覚えていた。
「ああ、分かったよ、シアさん!」
俺は豆乳色の体で、赤く染まった未知のゲートへと飛び込んだ。シアさんの『気をつけて』という掛け声が、白い空間に虚しく響いた。
赤いゲートを潜り抜けた瞬間、俺の豆乳色の人型は激しいノイズと強烈な重力によって上下左右に引き伸ばされた。
「ギャアアアアア!」
最初に発した叫びは、すぐに泡が弾けるような不快な音に変わり、俺の体は人型を保てなくなった。全身の水分とわずかに残っていた凝固成分が分離し、俺は体積数リットルのゆるい豆乳の塊と化していた。次に意識が安定したとき、俺はプルプルと蠢く、豆乳色のアメーバとなっていた。
『トーフマン、さん! 聞こえ、ますか!? ノイズ、に負けず、に、意識を、保って!』
シアさんの声が、ひどい音割れと金属音を伴いながら、辛うじて脳内に響いてきた。俺がいるのはシステム未定義領域という名のバグ空間だった。




