15. そして男は人型を取り戻した
次に目が覚めたとき、俺は、いつもの代わり映えのしない豆腐の形をして……はいなかった。
最初に全身で感じ取ったのは、ずっと自分を縛り付けていた四角い閉塞感からの完全な解放だった。信じられないことに、水のない場所でも体全体が自由自在に動く。手足の感覚が久しぶりに戻ってきたことに驚き、俺は慌てて自分の体を見下ろした。そこに広がっていたのは、紛れもなく、かつて自分が人間だった頃に持っていた人の形そのものだった。
「うおおお!やった!ついにあの惨めな豆腐縛りから解放されたぞ!」
歓喜の叫びを上げる俺だったが、すぐに強烈な違和感に気づくことになった。肌の色がおかしいのだ。俺の新しい体は、透明度の高い、どこか美しい豆乳のような半透明の乳白色をしていた。手触りを確かめるように触ってみると、わずかにぷるぷるとした柔らかい弾力があり、まるで高級なミルクプリンか杏仁豆腐のようだった。
「人型だけど……中身はまだ豆腐かよ! 半透明ってなんだよ! 誰も得しないシースルーの体じゃねぇか!」
俺は久しぶりに得た両手をぶんぶんと振り回してみたが、普段なら即座に聞こえてくるはずのシアさんの声が、どこからも響いてこない。周囲を見渡すと、俺は何もない真っ白な床の上にぽつんと立っていた。見渡す限り何もなく、ただただ白い床だけが、地平線の彼方までどこまでも続いている。
「おーーい! シアさーーん! 返事をしてくださいーー!」
俺は声を限りに叫んだ。人間の体から発せられた声は、真空の宇宙とは違ってしっかりと空間に響く。しかし、その声は虚しく、白い無限の空間の中で虚ろにこだまするだけだった。
「くそっ、いったいどういうことだ? そう言えば、いつもの転生先のアナウンスがなかったような気がするぞ。まさか、それが原因で俺はこんな殺風景な場所に閉じ込められているのか?」
焦りと不安がつのる中、俺は自分の体を細かく調べ始めた。体は人型に変わっていたが、豆腐時代に必死で得た能力はしっかりと健在だった。試しに足元の白い床に向かって重力操作の力を軽く働かせて持ち上げてみると、白い床の一部が歪み、バリバリと音を立てて持ち上がった。
その下にあったのは、想像を絶する驚くべき光景だった。白い床のすぐ下には、無数の青白い光の線が縦横無尽に走り、恐ろしく複雑な回路が隙間なく張り巡らされていたのだ。それはまるで、超巨大な精密機械のマザーボードそのものだった。
「なんだ、これ……? 次の転生先なんかじゃない。システムそのものの内部、コアの中なのか?」
俺は直感的に悟った。これは、シアさんが管理している転生システムの裏側であり、彼女の予期せぬシステムエラーによって、本来行くべき世界ではなく、処理データのバッファ空間に迷い込んでしまったのだと。
俺が強くシアさんの存在を求めると、空間にチッというノイズのような電子音が激しく走り、遠いエコーのように声の断片が聞こえてきた。
『……怠慢……トーフマン……ぷるぷる……初期化……』
その声は酷く乱れて途切れており、まるで壊れた古いレコードのようだった。彼女はなんらかの過負荷が原因で再起動を行っている最中なのだと悟った。
「まさか、システム管理者であるシアさんがフリーズするなんて……。俺の不幸を栄養にしてたくせに、自分の落ち度には耐えられないってか。本当に手のかかるやつだ」
俺は悪態をついたが、その声には苛立ちよりも強い心配の色が滲んでいた。この無限の空間で、唯一の話し相手であり、唯一の理解者であるシアさんがいなければ、俺の旅はここで完全に終わってしまう。
「くそっ、今回は俺が助ける番か!」
俺は持ち上げた床をさらに大きくひっぺがし、銀河凝固の力をその回路に向けて思い切り放った。しかし、回路は微動だにしない。物理的あるいは概念的な攻撃力は、システムそのものには全く通用しないようだった。
「力技じゃダメか。じゃあ、何で動くんだ?」
再び耳元でノイズが走り、私の正直な気持ちを歌にしてという残響が聞こえた。
「歌……そうか!」
俺は腹を括った。人型になったことで声帯ができ、音として発することができる。俺は彼女が最後に歌った豆腐バラードのメロディを思い出し、喉を震わせて歌い始めた。
「また少し、心が揺れる……ぷるぷる震える、頼りない私……」
歌い始めた瞬間、回路のノイズがぴたりと止まった。俺は必死にメロディを紡ぐ。
「……豆腐縛りだっていいじゃない! わたしがいるのよ、隣でそっと、支えているから……」
最後のフレーズを歌い切った瞬間、コアの中心にある大きな回路が強烈な銀色の光を放ち、やがてシアさんの形を成していった。




