初めましては、隣のクラス
『……あの。』
『うん?』
『せっかくだし、今度アニメイトで会ってみませんか?』
その一文が送られてきた瞬間、結衣の指が止まった。
会う。
画面の向こうにいる「みおりん」と、本当に会う。
少しだけ緊張した。
でも、不思議と嫌な気持ちはしない。
むしろ――少し楽しみだった。
『……いいよ。』
送信すると、すぐに返信が来る。
『やった!!』
『でも、めちゃくちゃ緊張します……。』
『私も。』
『想像と全然違ったらどうしましょう。』
『それはそれで面白いかも。』
『確かにです!』
思わず笑ってしまう。
そして二人は、次の土曜日の昼にアニメイトで会う約束をした。
待ち合わせ場所は入口の前。
目印は、白いバッグと青いキーホルダー。
たったそれだけだった。
約束の日までの一週間。
結衣は、なんだか落ち着かなかった。
授業中も、ふと土曜日のことを考えてしまう。
どんな子なんだろう。
背は高いのかな。
髪は長いのかな。
話しやすい子だといいな。
今までのDMを思い返して、勝手に想像してしまう。
すると――。
「朝倉。」
「……え?」
突然名前を呼ばれ、結衣は顔を上げた。
教卓の前では、先生が少し困ったような顔をしている。
「次の問題、答えてくれるか。」
「あ……。」
完全に話を聞いていなかった。
教室のあちこちから小さな笑い声が聞こえる。
「珍しいな、朝倉がぼーっとしてるなんて。」
「……すみません。」
慌てて教科書を見る。
幸い、簡単な問題だったのでなんとか答えることができた。
席に座ると、隣の席の友達が小声で話しかけてきた。
「どうしたの?」
「え?」
「さっきから上の空じゃん。」
「そうかな……。」
「うん。なんかいいことでもあった?」
「……別に。」
「怪しい。」
「怪しくないって。」
友達はにやっと笑った。
「でも、なんか最近楽しそうだよね。」
その一言に、結衣は少しだけ目を瞬かせる。
……楽しそう。
そう見えているんだ。
自分では気づかなかった。
でも、言われてみればそうかもしれない。
画面の向こうにいる誰かと話す時間が、いつの間にか毎日の楽しみになっていたから。
そして今は、その人に会える日を待っている。
そう思うだけで、少しだけ胸が高鳴るのだった。
そして、土曜日。
朝から目が覚めるのが早かった。
時計を見る。
まだ八時過ぎ。
待ち合わせは十二時なのに、二度寝する気にはなれなかった。
ベッドの上でスマホを開く。
昨日のDMが表示される。
『じゃあ、明日よろしくお願いします!』
『うん、よろしくね。』
『緊張して寝られないかもです。』
『ちゃんと寝なさい。』
『はーい!』
思わず小さく笑ってしまう。
……結局、自分もあまり眠れなかったけれど。
「どんな子なんだろう。」
自然と呟く。
想像はいくらでもできる。
でも、本当の姿はまだ知らない。
それが少しだけ楽しみだった。
服を選んで、髪を整えて、鏡の前に立つ。
何度も前髪を直す。
「……変じゃないよね。」
少しだけ緊張する。
母に「今日はどこか行くの?」と聞かれ、
「友達と遊ぶだけだよ。」
と答えると、
「楽しそうね。」
と笑われた。
……楽しそう。
その言葉が妙に心に残った。
確かに、楽しみなのかもしれない。
十一時三十分。
スマホが震えた。
『おはようございます。』
みおりんからだった。
『おはよう。』
『もう出ますか?』
『今から。』
『私もです。』
『緊張する。』
送信。
『実は私もです。』
『お互い頑張ろう。』
『会うのに頑張るってなんですか。』
『分からないけど、なんとなく。』
『ふふっ。』
その一言で、少しだけ肩の力が抜けた。
『じゃあ、あとで。』
『うん、あとで。』
アニメイトの前。
休日ということもあって、人が多い。
結衣は少し離れた場所で立ち止まる。
時計を見る。
十一時五十八分。
あと二分。
胸がどきどきする。
その時だった。
視界の端に、白いバッグが見えた。
「あ……。」
自然と目が向く。
白いバッグを持った女の子。
肩くらいまでの黒髪。
そして――見覚えのある顔。
「……え?」
向こうも、こちらを見ていた。
数秒。
お互いに固まる。
そして。
「……朝倉さん?」
「……桜庭さん?」
隣のクラスの女子。
桜庭澪。
話したことはほとんどない。
でも、顔だけは知っている。
まさか。
いや、でも。
白いバッグ。
待ち合わせ。
この時間。
頭の中で、点と点が繋がっていく。
すると、桜庭が恐る恐る口を開いた。
「……青いキーホルダー。」
「え……。」
「もしかして……ゆいねこさん?」
その名前を知っているのは、一人しかいない。
「……みおりん?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「えぇぇぇっ!?」
二人同時に声を上げた。
周りの人が驚いてこちらを見る。
慌てて二人で口を押さえた。
「うそ……。」
「ほんとに……?」
しばらく言葉が出ない。
まさか。
隣のクラスの子だったなんて。
「全然気づかなかった……。」
「私もです……。」
「学校で見たことはあったけど……。」
「私も、よく見る子だなぁって思ってた…。」
また二人で顔を見合わせる。
そして――。
「あははっ。」
「ふふっ。」
同時に笑ってしまった。
驚きすぎて、笑うしかなかった。
「なんか、すごい偶然だね。」
「ですね……。」
「でも。」
結衣は少しだけ笑った。
「会えてよかった。」
その言葉に、澪が少し目を見開く。
それから、ふわりと笑った。
「……私もです。」
その笑顔を見た瞬間。
胸が、ほんの少しだけ高鳴った。
理由は分からない。
ただ。
『みおりん』って、こんなふうに笑う人だったんだ。
そう思った。
「せっかくだし、中入ろっか。」
「はい。」
二人は並んで店の中へ入る。
「えっ、そのキーホルダー持ってたんだ。」
「限定のやつです!」
「私、買えなかったんだよね……。」
「じゃあ今度再販したら一緒に買いに来ましょう!」
「……今度?」
「あ。」
澪が少し慌てた。
「あ、嫌なら……。」
「ううん。」
結衣は小さく笑う。
「いいかも。」
「……!」
その瞬間、澪がぱっと嬉しそうな顔をした。
その表情を見て、結衣まで少し嬉しくなる。
気づけば、二人の間にあった緊張はほとんど消えていた。
好きな作品の話をして。
新しいグッズを見て。
同じ棚の前で盛り上がる。
画面越しに話していた時と、何も変わらない。
いや。
顔が見える分、もっと楽しかった。
そして結衣は思う。
……月曜日。
学校で会うのが、少し楽しみかもしれない。
画面の向こうにいた『みおりん』は、もうそこにはいない。
代わりに。
隣には、桜庭澪がいた。
そして、この日をきっかけに。
二人の関係は、少しずつ変わり始めるのだった。




