2.マチルダ、手合わせする
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その言葉に慌てふためいたのはレム隊長の後ろで整列していた兵士……の、左側の二人だった。
「ちょっ……隊長!! せっかく途中までまともに出来てたのにあんたは!」
「ぎゃあああぁっ! それは、それはダメですってレム隊長ぉぉぉ! 首、首が! 物理的に首が飛ぶ!!」
先程から他の兵士達を気にしていた年嵩の男性兵士と、その隣の若い女性兵士。
「おまっ……おま、お前ホントふざけんなよバカ姉貴! 辺境伯のご令嬢だぞ、俺も連座で首斬られるやつじゃねえかっ!」
もう一人いた。
私の後ろで喚くケニーに、レム隊長は僅かに目を丸くする。
「何だケニー、いたのか。……ふふっ、『竜殺し』のマチルダ様との手合わせの果てであるならば、それも受け容れよう」
「俺の犠牲を受け容れるんじゃねえっ!」
「我慢しろ、弟だろう」
「勝手に弟の義務を増やすな!!」
壮絶な覚悟の上で手合わせを申し出ていたらしいレム隊長とケニーが姉弟だと聞いたのは、この砦を訪ねることが決まってすぐのことだった。更に上に兄がいて、ケニーは末っ子なのだそうだ。それにしてはあまり末っ子感が無いと思っていたが、その理由が漸く知れた――レム隊長は、暴君タイプの姉であったようだ。
(砦で隊長をやるようなお姉さんなら、気も強いだろうしね……)
まあ、久しぶりに弟と会ってテンションが上がっているのだと思っておこう――そう考えながらふと視線を転じた先。レム隊長の後ろに整列していた兵士のうち、右側にいたはずの二人が足りないことに気が付いた。おやと思って見回すと、当の彼らが何やら荷物を抱えてこちらへ歩いてくる。彼らの来た方、煉瓦で出来た建物はどうやら、武器庫のようだった。
「ごめんなあ、お嬢様。うちの隊長、言い出すと聞かねえんだ」
「どうぞ、お好きな武器を選んでくださいね。戦鎚なんていかがです?」
「バカだなおめぇ、そんなもんお嬢様より重えだろうがよ」
「持ってきたのはお前だろう」
二人の男性兵士は、言い合いながら手際よく地面に訓練用の刃を潰した武器を並べていく。
「お前ら、選り取り見取り並べるなぁぁぁぁっ!!」
「嫌だあ、もう堀浚いは嫌だあぁぁぁぁっ!」
キレる年嵩の男性兵士と、頭を抱えて喚く女性兵士。もう滅茶苦茶である。……ちなみに、ここにいるべきもう一人は、決して沈黙しているわけではない。
「あっははははは! っ、げほっ、……ひ、ひひっ……!」
現在クレイトンは、呼吸困難を起こすレベルで爆笑している。何だこいつ。仮にも主家の令嬢が無礼を受けている真っ最中だぞ、仕事しろ。
混沌を極める広場で、私は――胸中で大いに頷いていた。
(ゲームでもよくあったよね、こういう『お前の力を見せてみろ!』系のイベントバトル……)
本来ならば初めて会った目上の相手に対して、とんでもない要求ではあるのだろうが。ゲームはしっかりレベリングしてから進めるタイプだった私にとっては寧ろ、謎解きや選択肢によるストーリー分岐などより好みだった。何しろ勝てばいいのだ、話が早い。
そういう訳で、ある種の懐かしさを胸に、私は口を開いた。
「ええ、いいですよレム隊長。是非ともお手合わせいたしましょう」
「! ありがとうございます!」
「お嬢様ぁっ!?」
レム隊長が顔を輝かせる一方で、ケニーが悲鳴じみた声を上げる。一瞬「これって後で怒られるやつかな?」という考えが頭を過った……が、別に魔物に向かっていったわけではないのだから、大丈夫だろう。多分、きっと。
若い男性兵士達が並べた武器は、随分多種多様である。勧められた戦槌は、試しに持ち上げようとしてもびくともしない――うん、知ってた。キョロキョロと見回して結局、宮廷剣――刺突用の、短く軽い剣を選ぶ。こういう場所だからあまり使う人はいないだろうにきちんと手入れがされていて、この砦の兵士達の統率が見て取れた。
「お嬢様、それでええかい? 隊長の剣にふっ飛ばされちまわねえかね」
「よろしければ、手甲などもご用意しますよ。何しろ隊長は大人げないので……」
「ご心配ありがとうございます。大丈夫です、これをお借りいたしますね」
彼らにそう答えて――部下からここまで言われるレム隊長のことが心配ではあるがそれは置いておく――、私は訓練場の無人のスペースへ向かった。気付けば砦の兵士達が、やや遠巻きに集まってきている。彼らの向こう、遠目に一人の兵士が塔へと走って行くのが見えた。
私同様に訓練用の湾刀を選んだ(そして自分の剣は年嵩の男性兵士に押し付けるように預けた)レム隊長が対面に間合いを取って立つのを待ち、声を掛ける。
「さて、レム隊長。……お互い、手加減と負けた言い訳はしたくないですよね?」
私の言葉に、レム隊長は僅かに気色ばんだ。
「私は言い訳など……!」
「ええ、なさらないでしょうね。ですが辺境伯の娘と重要拠点の隊長、どちらが怪我を負っても問題ですし、かと言ってそれで実力が出せないとあっては不本意でしょう?」
「それは……ええ。その通りです」
「怪我しなくても問題っすよお嬢様」
「…………ですので。お願いしますね、クレイトン様」
ケニーの言葉は一旦流して呼び掛けると、私が武器を選び始めた辺りで爆笑を収めていたクレイトンは深緑色の目を細めて笑った。
「ええ。承知いたしました、マチルダ様。――〈ソリッド〉」
鮮やかな緑色の魔法陣が浮かび、私とレム隊長の体が薄い光に包まれる。地の魔法に属する防御力上昇の補助魔法、〈ソリッド〉。過去、ワイバーンの襲撃の折にも助けられた魔法である。
「お待たせいたしました、レム隊長。――始めましょうか」
掛けられた魔法に目を丸くしていたレム隊長は、しかし私の言葉に即座に反応した。表情が引き締められ、ピリピリとしたプレッシャーが放たれる。
「承知。では、……参ります!」
宣言と共に、レム隊長はダンッと激しく踏み込んだ。そのまま突っ込んできた彼女の剣が、夕陽を弾きながら閃く。
「〈紫電一閃〉っ!!」
剣の先制スキル、〈紫電一閃〉。……なるほど。さすがに辺境伯軍の隊長ともなると、こういったスキルも当然身についているものらしい。
スキル。『レイシーと宝剣の旅』において戦闘中に使用出来る技で、覚えるためにはいくつかの町にある『武術指南所』という施設で指南料として一定の金額を支払う必要がある。ゲームでは支払った後暗転、そして『レイシーは〈紫電一閃〉を会得した!』(チャラランッ)のような字幕と効果音のみで表現されていたが、まあ暗転中にはしっかりと指南を受けていたのだろう。
そして、私がこの一年程辺境伯家の屋敷で受けてきた剣の稽古。あれはどうやら、『武術指南所』で指南を受けたのと同じ扱いであったらしい。
「っ、何っ!?」
「おお、隊長の剣を避けた!」
ひらり、風に踊る木の葉のように、レム隊長とほぼ同時にスキルを発動した私の体が宙を舞う。
回避スキル、〈落葉〉。他の行動が出来なくなる代わりに、全ての物理攻撃を躱すことの出来るスキルである。レム隊長の剣は凄まじい音を立てて、私が一瞬前までいたはずの空間を通り抜けていった。……手加減しなくていいように補助魔法を頼んだのは私だけどさ。仮にも九歳の子供相手にあまりにも躊躇が無くないかこの人。『竜殺し』への期待値が天井知らずではなかろうか。
「……、くっ……!」
とん、と地面に降り立った私の前で、レム隊長がぐらりと体勢を崩す。……強力な一撃を先制攻撃として放つ代わりに、次の行動までのタイムラグが生じる諸刃の剣。それがこの〈紫電一閃〉である。
剣を構え、体内の魔力を巡らせた――折角使うなら、お気に入りのスキルにしようか。
「〈凍霰〉!!」
「ぐ、ぁぁぁああっ!!」
――ズドドドドドドッ!!
発動したのは、剣や槍で使える連続刺突スキル〈凍霰〉。魔力を消費して、継続的にダメージを与えるスキルである。超速の突きは、レム隊長のがら空きになった右半身を次々と穿つ。
(ゲームでも、マチルダにはこのスキルをよく使わせてたっけなあ……)
懐かしく思いながら、ダメ押しで連撃を叩き込む最中。
――バキンッ!
派手な音を立てて、宮廷剣の刀身が砕け散った。
「……あ、やば」
慌てて攻撃を止めるが、後の祭りであった。どうやら、私の技とクレイトンの防護魔法の板挟みになって限界を迎えたらしい。
「……ぐはっ」
どしゃ、とレム隊長が倒れ伏す。まあ、革コートや鎧があるし〈ソリッド〉で防御を固めていたし、彼女の方は大丈夫だとして。
(……これ、弁償?)
剣の柄を手に首を傾げていると、声がした。
「お前らああぁぁぁぁぁっ!!」
城庭中どころか、砦がある丘の麓に広がる門前町まで轟くような怒号。この砦の城代にして辺境伯の弟――つまり私の叔父の、本日の第一声だった。




