分岐点
「あら、まあ! てっきり、十二、三歳くらいかと」
灯火の揺らめく天幕の中、ヘルガの驚いた声が響く。そんなに幼く見えていたのかと苦笑する。
あの夜以来、ヘルガとは、おしゃべりをして、ともに眠る、という日が続いていた。
恋人と過ごさなくていいのかと、心配になって尋ねたが、そこは大人の領域というものらしい。あでやかな笑みに、なんとなく察して、それ以上は追求しなかった。
「でも、確かに、変だとは思ったのよね。初雪が降るには少し早いかしらって、思ってはいたのよ。ただ、男の子のことは、父親が教えるものだから――」
初対面の女人を捕まえて、泣いてしまった自分も悪い。
とはいえ、いくらなんでも低すぎる。問う口調に、思わず苦さが混じる。
「……僕は、そんなに幼稚でしょうか……?」
とんでもないといった調子で、ヘルガが手を振る。
「いいえ、全然。むしろ、しっかりしたお子様ねって。さすがは、外帝将閣下の〈契り子〉になられる方だわって、感心していたくらいよ」
まったく喜んでいいやら。
情けない気分で肩を落とす。ヘルガが、そっと触れてくる。
「許してちょうだいね。どうしても、私の知ってる年頃の子と比べると、可愛らしく思えてしまうのよ。顔立ちと背丈のせいかしらね」
確かに、アフシンは、二歳下なのに、ずいぶんと彫りが深く、大人びて見えた。身長も結局、目線がちょうど、肩口の高さになるくらいまで伸びた。
五歳下のソールヴァルドですら、頭半分ほどの差があるのだ。体格も、少年らしく線は細いが、がっしりとしている。
平坦な顔立ちのマタラム人は、ノール人からすれば、やはり幼く見えるのかもしれない。
(……それにしても――)
外帝将の〈契り子〉が、こんな幼く貧弱な容姿で、本当にいいのだろうか。
ヘリイェイルが、おそらく説諭してくれたのだろう。ヘルガの件で、ソールヴァルドが直接、食ってかかってくることはなかった。
しかし、先日、何かの言いつけを破ったのか、外帝将付きの戦将に、どやされている光景を見かけた。
ふと、目が合った瞬間――凄まじい敵意が、その身から湧き上がった。
炯々と光る、緑の瞳。その、鮮烈な色。総毛立って、すかさず視線をそらした。
あれ以来、折檻されていても、素知らぬふりをしている。止める権限はないし、その方が、あの少年の神経を逆撫でしない気がしたのだ。
ただの差別感情だけではない、何か。
正体のわからないものの恐ろしさを、みぞおちで、ずっと感じている。抗うだけの力を持てたらと、どうしても思ってしまう。
「でも、もっとノール人らしい顔立ちで、背の高い兄弟もいるんですよ。二番目の兄は、目鼻立ちが、くっきりとしていて、背丈は、ちょうどグレクと同じくらいで――あ、でも、彼は、マタラム人の中では、かなり高い方ですね」
それでも、純血のノール人には、到底かなわない。あの体格に襲われたら、ひとたまりもないのだ。
「いろいろなのね。――それにしても、面白いわ。混血が進むと、特徴の度合いも変わってくるのね」
「なので、同じ父の兄弟でも、ずいぶん髪と目の色が違うんですよ。例えば――」
興味深げに聴き入る面立ち。
話を膨らませながら、何事も起きないことを、切に願った。
春も深まる一月下旬、駅逓の街アルバイラーに着いた。
ここから西に行けば海峡へ、北なら関所へと続いていく。木材の道と鉄の道が交わる、街道上の要衝だった。
荷馬車に揺られながら、街の景色を眺め渡す。
ファールサ人の隊商に、ノール人の行商人。時折混ざる、ヒンドゥシュ人。
木材や木炭を積んだ荷馬車もあれば、金物に武具といった鉄製品、鉄鉱石を載せた荷車もある。
通りは旅装の人々で溢れ、それを相手に商いをする店先の声で賑々しい。
シャフリカシャンにはもちろん及ばないが、その活況には、目を瞪るものがあった。
「――グレク。グレク」
食い入るように教科書を読み込む、スヌンゴの肩を叩く。
はっとして上がる、黄褐色の面立ち。聴き取れるよう、ゆっくりと話す。
「勉強もいいけれど、せっかくだから、見物したらどうかな?」
「……そう、ですね。なかなか、こんな機会もありませんものね」
強ばっていた顔が、少しだけ緩む。ほっと胸中で息をついて、二人で岐路の街を見はるかす。
目下、スヌンゴの言葉の習得は、難航していた。
無理もない。ノール語は、母音に長短がある上に数が多く、文法も複雑怪奇なのだ。
ファールサ語のように、幼い時分に生活しながら覚えるなら、いざ知らず、改めて学ぶとなると、難易度は格段に跳ね上がる。
今は、周囲とはノール語で会話しつつ、わからないところは、ファールサ語に通じる者に訳してもらい、ヘリイェイルとは、ヤワ語も適宜交えながら、意思疎通を図っていた。
もう置いていかないと、約束した。ただ、難儀している姿を見るにつけ、申し訳ない思いが、胸に募った。
しかし、心配を口にする度に、スヌンゴは明るく笑うのだ。
――あなたにお仕えすることこそ、私の人生の喜び。これしきのこと、苦労のうちに入りませんよ。
「エームンド様! 見てください、あれ!」
指し示す先。大道芸人が、見事に技を決めていた。
すごいね、と、ともに歓声を上げながら、手を叩く。
「……くだらない。子供かよ」
向かいで鼻を鳴らす声は、聞こえないふりをした。
「いやあ、お待ちしておりました!」
逗留先である屋敷に到着すると、でっぷりと太った小男が、大仰に出迎えた。
ヘリイェイルが、ファールサ式に立礼する。
「またお世話になります、駅逓長」
「いえいえ、世話などと、とんでもないことにございます。我らが、こうして元通りに戻れたのも、皆様方のお力添えがあればこそ。おもてなしできますことは、望外の喜びにございます。どうぞ、ご遠慮なく、お寛ぎくださいませ」
一通り挨拶が済むと、駅逓長は、部屋に案内すると促した。
中庭を臨む回廊を歩きながら、隣を歩く巨躯を仰いで、ひそめた声が問いかける。
「お部屋は、それぞれご用意いたしましたが――同室でなくて、よろしかったのでしょうか?」
「先触れで知らせた通りです。よけいな邪推は、しないでいただきたい」
ヘリイェイルが、淡々と、しかし厳しい声音で告げる。
スヌンゴはマタラム人居住区に暮らす旧友の、自分は外帝将館領事の、それぞれ息子という設定だった。
スティンヴァーリで見聞を広めるため、同行することになった。
そう理由をつけることで、復路での人数の増加を説明したのだ。
「はあ……左様で――」
肩越しに振り見る視線。その、品定めするような眼差し。
どこか残念に思う色に、背筋に悪寒が走る。
買われてきたと、疑われている。そして、あわよくば、取引しようとしている。
しかし、多少のほころびがあっても、れっきとした外帝将の預かり子なのだ。
スティンヴァーリがメフルダードと協力して、ファルジャードを追放し、駅逓長に返り咲いた恩がある以上、手出しはできない。
(……大丈夫……大丈夫だから……)
ヘリイェイルは、将来のためにと、最上寵童であった経歴は伏せて、配下の戦士や兵士達に紹介した。表向きは、語学の能力を買われて、宮殿で仕官していたことになっている。
だから、知っているのは、ヘリイェイルの腹心の戦将達と、ソールヴァルド、そして、あの嫌な言葉を聞いたヘルガだけだ。
「……ステノゴ王子」
ほとんど吐息のような声が、耳をかすめる。
視線を向ければ、固い決意を宿した濃茶色の瞳と、目が合った。
「ご懸念がございましたら、私の部屋にお越しください。その方が、私も安心でございますから」
半ば、すがるように頷く。
震え出した手を握り合わせて、駅逓長の案内する声を聞いた。
その夜は、同じく屋敷に滞在する戦将達とともに、歓迎の宴に招かれた。
豪勢な食事に、上等な茶。楽人の爪弾くバルバット(卵型の弦楽器)の音色が、空間に華を添える。
平静な顔で料理を味わいながら、解散の合図を、今か今かと待ち望んでいた。
酒を楽しむ戦将達に酌をして回る、着飾った少年達。ヘリイェイルと談笑する駅逓長。その、粘りつく視線。
「いやあ――ノールは、容姿に優れたお子様が、多うございますなあ。特に、領事のご子息は、まことに麗しいもので。羨ましい限りでございますなあ」
「大切な子を託してもらえるとは、上に立つ者として、まさに至上の栄誉。有難いことです」
隙あらば会話に挟まる探りを、ヘリイェイルは話題をすり替えて、かわしていく。
情けなくて、恥ずかしくて、やり取りを聞く度に、心が削れていった。
(……せめて……もっと、背が高かったら……)
実際、駅逓長は、スヌンゴとソールヴァルドには、見向きもしなかった。
自身よりも小さく弱い者――御しやすい者が、遊び〈バーズィー〉の対象になる。自分は、完全に侮られていた。
微笑みを顔に貼りつかせて、恥辱に耐えていると、灰色の瞳と目が合った。
申し訳なく思う色が閃いたのち、ヘリイェイルは穏やかに告げた。
「夜も深まってまいりました。そろそろ、子供達には退場願って、大人の楽しみといきませんか」
駅逓長の面立ちに、一瞬、歯噛みする景色が浮かぶ。
しかし、愛想よく笑んで、大仰に同意した。
「ええ、ええ、そういたしましょう。長い夜を、楽しみませんとなあ」
胸中で、心から安堵する。退出の挨拶をし、腰を上げる。
すると、ヘリイェイルが、立ち上がりかけた長身に、ノール語で声をかけた。
「ソール。お前は、俺の武具の手入れをしろ。風呂はそれからだ」
「……はい、外帝将閣下」
不服に満ちた声音。目顔で頷く金灰色の髭面に、意図を悟る。
遊び〈バーズィー〉はしないにせよ、懇親のために、ある程度の時間は費やすだろう。その間は、ソールヴァルドをヘリイェイルの部屋に留めておく、という腹づもりなのだ。
行き届いた配慮。有難く受け取って、スヌンゴとともに、広間から立ち去った。
化粧煉瓦の覚めるような青を、ぼんやりと眺める。
香油をすり合わせる音。清拭されて、さっぱりとした素肌に、薄く伸ばされていく。
首に始まり、肩に背中、腰、それから脚。
背面が終わったら、仰向けになって、次は腕と掌。温かな手が、ほどよい力加減で、揉みほぐしてくれる。
穏やかで和やかなひととき。
安らいだ心地で、丁寧な仕事を受ける。どんなことがあっても、この時間だけは、何も考えずにいられた。
うとうとと微睡んでいると、起き上がるよう、声がかかる。
背後に回り、軽快な調子で肩を叩く音。仕上げに二度、撫で下ろして、丁重な声音が終了を告げた。
「――お粗末様でございました」
「ありがとう、スヌンゴ」
思いきり伸びをして、首をひねる。
まさに気分爽快。今夜はよく眠れそうだ。
ふと、物音が耳をかすめる。木扉が開き、人影が現れる。
細長い少年の姿。ソールヴァルドだった。
まさか、抜け出してきたのだろうか。服を着たまま、大股で歩いてくる。警戒するように、傍らに座したスヌンゴが問う。
「何か、用がありますか?」
まるで聞こえなかったように、こちらを睨み下ろしてくる。そして、真っ直ぐに胸を指差した。
「それ。ずっと思ってたんだけど」
行く先が見えず、眉をひそめる。
妙に引きつれた笑いを浮かべて、稚拙な口調が語る。
「男のくせに、胸に果実つけててさ。気持ち悪い」
はっと顎を引く。
平板な景色の中で主張する、紅色の膨れた突起。
思わず腕を交差する。うずもれていた羞恥が、身の奥底から噴出する。
「どうやったら、そんなになるんだよ。どれだけ吸われたわけ? 本当に気色悪いな、お前」
黒い髭から伸びる舌。絡みつき、吸い上げて、そして。
「謝罪なさってください」
厳しい声音に振り仰ぐ。
すっくと立った、背中があった。
「我が主人を侮辱する者は、どのようなご身分の方でも許しません」
鼻白んで、ソールヴァルドが眉根を寄せる。ファールサ語のような何かを呟きかけて一瞬、傲然と言い放った。
「なんだよ、ノール語でしゃべれよ」
言葉に詰まる、息遣い。緑色の瞳に、凶悪な光が宿る。
「まあ、無理か。だって、マタラム人だもんな」
腰に手を当て、肩をそびやかす。勝ち誇ったせせら笑いが、幼い顔立ちに広がる。
「おれ、知ってるんだぜ――マタラム人は、服をつくれないから、素っ裸なんだって。猿みたいに、何にもできない能なしなんだって!」
職人の技術の粋を集めた、精緻な紋様のヤワ更紗。寺の聖域で、のんびりと暮らす、神の使い。
途端、血が沸騰する。
気がつけば、平手で頬を打っていた。もろに食らって、白い肌が赤く染まる。
驚愕に見開いた目。わななく声が降り注ぐ。
「……ぶった……おれを、ぶった……」
頬に手を当て、信じられないものでも見たように、凝視する。
自分でも驚いたが、当然の報いだ。泣いたところで、こちらの知ったことではない。しかし、
「……よくも、このおれを――!」
次の瞬間、振りかぶった拳が飛んでくる。
とっさに両腕をかざす。重い音が、噴き上がる。
「――スヌンゴっ!」
化粧煉瓦に叩きつけられた姿。
すかさず、ソールヴァルドが馬乗りになる。揉み合いながら、それでも白い拳が、黄褐色の頬を打つ。
「やめてっ、お願い! スヌンゴが死んでしまう! ああ、誰か! 誰か――っ!」
湯気が吹きすさび、風が体温を奪っていく。それなのに、恐ろしい影は止まってくれない。
「――いたぞ!」
「大変だ! 早くッ!」
声を上げ、駆けくる人々。
屈強な男達が、猛る影を引き剥がす。開けた先に走り寄る。
「スヌンゴ! ああ、そんな!」
「……ステノゴ……王、子……」
腫れ上がった顔。至るところが切れて、血が滲んでいる。
「お怪我は、ございませんか……?」
首が壊れるくらい頷く。
口元が歪んで、笑みらしい表情をつくる。
「よかっ、た……」
頭を抱えて掻き抱く。喉がせり上がり、たまらず嗚咽をこぼす。
「……ごめん……ごめんね……」
「よいのです……言葉は知らなくとも――酷いことを言われたと、わかりますから……」
うっと呻く声。寄ってきた足音に振り向いて訴える。
「お願い! 早く手当てを!」
彫りの深い顔が、力強く頷く。他の戦将を呼び寄せて、スヌンゴを担いでいく。
膝をついた腹心の戦将が、優しく声をかける。
「エームンド様。もう大丈夫です。お支度を、お手伝いいたしますので」
しゃくり上げながら、かろうじて頷く。そっと促され、支えられながら、浴場をあとにした。
「本当に、申し訳なかった」
絨毯に手をつき、額づく姿を見つめる。
マタラム式の最敬礼。その心配りに、胸が詰まる。分厚い肩に手を置いて、ノール語で返す。
「どうか、お顔を上げてください、養父上。大事には至らなかったのですから」
あのあとすぐに、居室に運び込まれたスヌンゴは、戦医の診察を受けた。
腫れは酷かったものの、骨折や眼球の損傷といった、重篤な怪我はなかった。
やられっ放しでは済ませませんでしたから、とスヌンゴは笑った。
実際、ソールヴァルドも、相応に痛い目を見たらしい。今は、割り当てられた客間で、手当てを受けているという。
侮辱されたとはいえ、先に手を出したのはこちらだ。微動だにしない巨躯を、たまらず押し戻しつつ乞う。
「養父上。どうか、お願いです。お顔を――」
「……ちょ、ちょっと待ってくれ……」
大きな手が上向き、わなないて制す。怪訝に首を傾げると、苦しげな声が呻いた。
「あ、脚が……し、痺れてっ……」
得心して、離れる。慣れない座り方をすれば、よくあるものだ。
両手で絨毯を押しながら、ゆっくりと起きる上体。
ヘリイェイルは、あぐらで座り直し、ほっと息をついた。金灰色の髭面に、苦笑が浮かぶ。
「久しぶりの正座は、なかなかこたえるな――」
それから、表情を引き締めると、真摯な声音で言った。
「改めて、本当にすまなかった。完全に、俺の判断が甘かった」
「そんなこと――僕が、悪かったんです」
ソールヴァルドは、わざわざ馬鹿にするために、やってた。
真に受けて、売られた喧嘩を買うなど、年長者のすることではない。聞き流してしまえば、スヌンゴが、あんな目に遭わずに済んだのだ。
ヘリイェイルが、首を強く振る。厳格な口調が語る。
「――いいや、今回ばかりは、ソールに報復する権利はない。神の使いを侮辱したなら、殴られるのは当然だ。それを、暴力に飽かして、あれほど酷い怪我をさせるなど、誇り高いノールの戦士の風上にも置けない」
武骨な左手が、右手をさする。いささか疲れの色が滲む面持ちに、そっと問いかける。
「あの、養父上。ひとつ、伺ってもよろしいですか」
灰色の瞳が、静かに頷く。少しの恐れを覚えながら、言葉を継ぐ。
「……彼があんなふうなのは、以前からなのでしょうか?」
ずっと、気になっていたこと。
ヘルガは、往路の最中に契約したと話していたが、本当に、ここまで酷かったのだろうか。最上寵童だった自分が〈契り子〉に決まったことで、悪化したのではないか。
もし、自分のせいで、ヘリイェイルに迷惑をかけているのならば、正式な儀式をする前に、進退を考えておきたかった。
金灰色の太い眉毛が、思いきり下がる。
深い溜め息をついて、ヘリイェイルは語った。
「どうなのだろうな……正直、もはや俺にもわからん。昔から、聞かん気のない子だったが――あれほど暴力的になったのは、娼館に連れていった頃だろうかな……当時は、無事の成長を喜んだものだが」
過ぎし日を思い出すように、灰色の瞳が虚空を見つめる。
覇気のない声が、やるせなくこぼす。
「陛下から、お話を頂戴した時は、妹が乳母の務めを果たさずに、甘やかした責を負わねばと、お預かりした。……だが、しかし……」
壮健な肩が、大きく上がって落ちる。全身から空気を吐き出すように、唸る溜め息が溢れていく。
「……さすがに疲れた……難しい年頃だと済ますには、あまりにも激しすぎる。あの子が何を求めて、何に怒っているのか、皆目わからんのだ」
がっくりと、肩を落とした巨躯。たまらない思いで見つめる。
想像以上に深い禍根。
原因が自分でないならば、せめて、ヘリイェイルにとって、よき養子でありたかった。
「養父上。どうか、あまりお気に病まないでください。年長である僕が、しっかりすればよい話なのですから」
「……エイノ……」
灰色の瞳が、滲んで潤む。やりきれない声音が、申し訳なく告げる。
「本当に、すまない……もう苦労をかけまいと思って、迎えたというのに……」
ふるふると首を振る。
張り出した眉骨の下の、深い瞳を見つめて微笑む。
「いいのです。新しく生き直す道をお示しくださったこと、心から感謝しています。父子となったからには、どんなことがあっても、誠心誠意、ご恩に報いたく存じます」
おもむろに、腕が伸びる。筋骨の逞しい胸に収まる。
「ありがとう、エイノ……我が契子よ――」
精一杯、背中に腕を回して、厚みのある体躯を抱き返す。
父と母にできなかった孝行を、せめて、このノールの養父にできたらと、心から願った。




