君がために
そこは、まさに別世界だった。
金曜日の礼拝を終えた男達が、連れ立って道を歩き、華美な衣をしどけなく纏った少年達が、なまめかしく誘い文句を謳っていた。
昼間だというのに、この盛況ぶり。ファールサ人にとって、遊び〈バーズィー〉が、いかに一般的な娯楽なのか、まざまざと知る。
客引きをする少年を冷やかしていた一団が、ふと、こちらを向く。
野卑な笑いを浮かべて、しかし、首に提げた柄を見た途端、素早く目をそらした。
まるで、恐ろしいものでも目の当たりにしたような色。
隣を歩くジャハーンに寄ってきた男も、鞘に収まった剃刀に気づくや、はっとして去っていく。
髭を生やす年齢でありながら、紅顔のまま生きる。
それが、どれほどむごいかを、今まで実感したことはなかった。聖典ハーンが人生の規範の全てであるファールサ人からすれば、〈庭師〉というものは、気味の悪い存在なのかもしれない。
そっと、繋がれた手に視線を落とす。
安全のためだと、ジャハーンは頑として譲らなかった。
はぐれたら、大変なことになる。
いつもは平静な面立ちに、忌々しさが滲んでいた。
そして、〈庭師〉見習いの証である、刃も鞘もない模造品の柄。今、首に提げているものは、ジャハーンが、その時分に身につけていたものだ。
本来、見習いは、花街を訪れることはないそうだが、何もないよりいいと渡された。
意外なほどの、念の入れよう。
多くを語らないこの男も、既知の事実以上に、苦労してきたのかもしれない。
大通りを奥へと進んでいくと、次第に喧騒が薄れ、落ち着いた雰囲気になっていった。
旧家の屋敷と遜色ないほどに、瀟洒な家並みが延々と続く、よく整備された小路。玄関扉は、どれも精緻な木彫りが施されていて、一目で相当な屋敷だと知れた。
客引きの少年はおらず、道ゆく男達も、身なりのいい者ばかりだ。そこかしこに、守衛も立っている。高級花宿の区画に入ったのだと知る。
ジャハーンは、その中でも、ひときわ豪奢な装飾の両開きの扉の前で、足を止めた。
そのまま、片側に開いた通用口をくぐっていく。そうして曲がり入口まで行き、訪いを告げた。
少しして返事があると、淡々と名乗った。
「〈庭師〉のジャハーンだ。宿主はいるか」
「へえ、お待ちしておりました、ジャハーン師」
独特な口調の返答とともに、木扉が、ゆっくりと開く。
ともに入れば、下働きのなりをした小男が、恭しく頭を下げていた。
ジャハーンは男を一瞥すると、案内も待たず、履物を脱ぎ始めた。そして、
「部屋は、予約の通りだな?」
と、尋ねて、さっさと奥へと進んでしまった。
慌てて、同様に短靴を揃え、あとを追う。
「どの部屋か、わかるの?」
「見習いの頃から、往診に来ている。勝手など、聞かずともわかる」
それでも、宿主とやらに、挨拶しなくてもいいのだろうか。戸惑いつつも、大股で進む背中についていく。
ずいぶんと奥まで進んで、ようやく、ジャハーンは歩みを止めた。そして、無造作に、扉を開いていく。
促されて入った先、絢爛な光景に感嘆する。
目の詰まった、上等な絹の絨毯。精巧な彫刻の施された、数々の調度品。
花宿だと言われなければわからないほど、質のよい空間が広がっていた。
「この宿の中でも、最上級の部屋だ。運がよかったな」
淡々と語る声。〈追肥〉の用意をする横顔からは、何も読み取れない。しかし、心遣いと思って、有難く礼を言う。
準備ができたのを認めて歩み寄り、下衣と下着を脱ぐ。
〈花台〉に上がれば、おもむろに、細い管が入ってくる。水で腹が膨れる感覚。〈花壺〉が宛がわれ、下腹に力を入れる。
噴き出す水流。そして清拭。香油の濃密な匂いが、鼻をつく。
指の腹が、表面のひだを丁寧になぞり、ゆっくりと入ってくる。丹念にほぐされながら、ふと、思いが浮かぶ。
(……もし……この指が、アフシンだったら……)
きゅっと締まって、吐息が震える。顔から火が噴いた。
背後で、淡く微笑む気配がする。
「もう、〈水やり〉は不要だな」
振り返れば、黒い瞳と出会う。穏やかな面持ちが語る。
「渇きを覚える夜には――幸せだった時を、思い浮かべればいい」
つきん、と胸に痛みが走る。前を向くよう示されて、体勢を戻す。
「……ジャハーン、ごめん……」
「薔薇が最も美しく咲くよう世話をするのが、〈庭師〉の仕事だ。……強いて開かせた蕾が、咲き場所を見つけたのなら、それに越したことはない」
淡々と――しかし、温かさと苦しさの宿った声音。
指が抜けて、綿で柔らかく拭われる。
〈花台〉から降り、男物の衣から寵童用の揃えに着替える。
この日のために、心悩ませながら選んだ衣装。一番お気に入りの――アフシンが褒めてくれた、思い出の詰まったものだった。
敷き綿を置き、座ってジャハーンと相対する。
化粧を施す、丁寧な所作。
こうして手ずから為されるのは、最初に出会った時以来だった。
四日後、高等四年を修了して、〈緑の学院〉を卒院し、〈薔薇の宮〉を退宮する。
だから、寵童として〈庭師〉の世話を受けるのは、これが最後だった。
鏡を渡されて、仕上がりを確認する。あでやかで色香が漂いながらも、上品な顔立ち。さすがはジャハーンだった。
道具を片づけ終えるのを待ち、名を呼びかける。黒い瞳を、真っ直ぐに見つめて告げる。
「長年、世話をしてくれて、ありがとう。優しい世界〈ジャハーン〉――君が、僕の〈庭師〉でよかった」
淡く息を呑む声。微かに震える口元。宵闇の瞳が、晩冬の光に滲んでいく。
ジャハーンは、おもむろに姿勢を正すと、丁重に恭しく礼をした。
敷き綿に座して、待ち人を望む。
アフシンには、日時と場所、それから金色の付け髭を送ってある。何事もなければ、もう到着してもいい頃だった。
綺麗だと、可愛いと、言ってくれるだろうか。
早くも二年が経った。声変わりの落ち着いたその声は、どんな音色なのだろう。
心が、きゅんと疼く。顔が熱い。背後の寝台の気配が、やけに生々しく感じられた。
長く短い時が経った頃、訪いを告げる音がする。返事をすれば、扉の淡い軋みとともに、その人が現れた。
陽光に透ける、白雪の肌と輝く金髪。冴えた青い瞳。すらりとした長身。軍人らしい、凛々しい佇まい。
立派に成長した姿。打ち震えて、たまらず駆け寄る。
「――アフシンっ!」
抱きつけば、引き締まった感触がした。
しかも、以前より、肩の位置が高い。嬉しさに微笑む。
「また、背が伸びた? どこまで伸びるか、楽しみだね」
「……このような振る舞いをなされては困ります、青薔薇様」
冷たい声音。
見上げれば、色の失せた瞳と目が合う。首を振り、腕に力をこめた。
「外帝将から聴いたよ。君が行動を起こしてくれたおかげで、一人も死者を出さずに、勝利できたって」
協力を申し出た理由として、因果応報を、ひとつに挙げたという。
詳しい出自を語ったことはない。そして、教えの概要は、教養として〈緑の学院〉で学ぶものの、そんな知恵を授けるのは、一人しかいない。
「ありがとう、アフシン。君のおかげで、無用な血を流さずに念願が叶った。これほどの行いはないよ」
おもむろに、瞳に光が灯る。耐えるように、目元が切なく歪む。
「……それでも、やはりなりません。どうか、お座りください。私の理性が、保っていられるうちに」
あくまでも頑なな態度。
淡く苦笑を漏らす。小首を傾げて、上目遣いで問う。
「それは、たまらなくそそるくらい、僕が綺麗だってこと?」
「――もうっ! 兄上は、本当に」
はたと気づいて止まる。観念したように、溜め息が落ちる。
「……すごく、綺麗ですよ。だから困るんです。あんな酷いことをしたのに――あなたが辱しめられてきたと知っているのに、俺のためだなんて……身勝手な欲を抱いてしまう」
今にも泣きそうな、青い瞳。
手を伸ばして、そっと頬に触れる。
「そう――君のためだよ、アフシン。僕は、ノールに行く。もう、薔薇として、咲く機会はなくなるんだ」
凛とした面立ちが、はっとする。微笑んで、優しく語る。
「だから、僕が咲くのは、これが最後。君が、最後――アフシン」
おもむろに、ためらうように、白い手が重なる。苦しく滲んだ声が問う。
「……本当に……俺なんかで、いいんですか」
「君の他に、誰がいるの?」
誘うように笑んで、宣言する。
途端、切なく息を呑む声が、耳をかすめた。
きつく抱き締める、逞しい両腕。見つめ合い、降りくる唇を受ける。
食んで、なぞり、絡んで、吸って――優しい所作の中に潜む、危うい激しさ。
この唇が、舌が、これから全身に降るのだ。想像が巡って、身体の奥底が跳ねる。膝が砕けて、広い背中にしがみつく。
しっかりと支える、力強い腕。低く響く声が微笑む。
「口づけで果てるなんて――お好きですね、兄上?」
「……そんな、言わないで……っ」
顔が熱い。
そむけた顎を掴まれて、再び口づけが落ちる。軽々と抱えられ、寝台に下ろされる。
広い肩幅から滑る羽織。帯を解く音。上衣を脱いだ、肌着と下衣だけの姿。それだけで、鍛えた体躯だとわかる。
「……本当に、軍人になったんだね……アフシン……」
「まだまだ細い方ですよ。でも、兄上のお好みに沿っているようで、よかったです」
「もう、またそんなこと――あっ……!」
唇が、耳朶を食む。涼やかな低い声が、鼓膜を甘く震わす。
「すみません。あんまりにも、可愛い反応をするから――つい」
そして、舌とともに、熱い吐息。手が、おもむろに胸を撫でていく。
「……ああ、兄上……」
かすれた甘い声。
耳と舌なのに、きゅうきゅうと、身体の奥が締まる。衣擦れの音だけで、肩が跳ねてしまう。
嫌ではないのに、逃げたくなる。それなのに、肌着越しに周囲をなぞる指先に、期待している。すれる感触だけで、息が上がる。
ちょんと、指の腹でつつかれて跳ねる。舌が首筋をなぞり、吐息が囁きかける。
「ここ、食べてほしいですか?」
ただそれだけなのに、声が甘くこぼれた。
腹から胸を撫でながら、肌着がたくし上げられる。
近づいては遠ざかる指先。たまらず、胸を突き出してしまう。
「……い、意地悪しないでえ……」
低い声が、くすりと笑う。耳朶を食みながら、熱い吐息が吹きかかる。
「おねだりして、可愛い……」
首筋に口づけ。そして、白い指が、きゅっと粒を摘まんだ。びくっと、肩が跳ねる。
「こっちは、触っていないのに――おいしそうに膨れて……」
震えて待つ一方に、息が、熱っぽくかかる。
軽やかに叩いて、転がす舌先。甘く食んで含み、淡く吸いついてくる。
やわい刺激なのに、あっという間に、果てへと昇り詰めていく。濡れた声が、絶え間なく溢れていく。
「兄上の声、可愛い……もっと聴かせて?」
恥ずかしいのに、声が止められない。
視線を下に向ければ、笑んだ青い瞳に出会う。
その澄んだ景色に映る、濡れて溶けた顔。
たまらず、そむけて枕にうずめる。すると、途端に、たしなめる声が降ってくる。
「また、そうやって隠す。至ってる顔、すごく可愛いのに。ちゃんと見せてください」
握った手を、柔らかく剥がされる。
いとしく微笑む、白雪の面立ち。低く優しく囁く。
「たくさん、見たいんです。聴きたいんです。俺のために咲く――あなたを」
両手で枕の角を握る。そして、正面を向き、青い瞳を見つめた。
「……これで、いい……?」
瞪って、おもむろに笑みが広がる。眉尻を下げて、甘く悶える声が降る。
「もう――兄上、本当に可愛いすぎ」
頬に触れる白い手。寄る唇に応える。
溶け合わせながら、すりつけて、互いの熱を感じる。
胸から脇腹、腰へとたどっていく指。張り詰めた弓をなぞり上げられて、全身が跳ねる。
「すごい染みてる……」
濡れそぼった衣が、湿った音を立てる。たまらなくて、腰が揺らめく。青い瞳が、悪戯っぽく笑う。
「今日のあなたは、ずいぶん欲しがりですね?」
しゅるりと、紐がほどける。下着ごと引き下ろされて、全てが露わになる。
空矢で光る弓。青い視線。思わず、言葉がこぼれる。
「……そんな……見ない、で……」
「積極的になったり、恥ずかしがったり、忙しいですね――兄上は」
歌うように笑って、アフシンが、肌着や下を脱いでいく。
割れた腹筋の下で、大きく張った弓。目にするのは初めてではないのに、やけに鮮烈に映る。身の内が、きゅんと締まって、顔から火が噴く。
「……だって、身体が……勝手に……」
「本当に、身体――だけ?」
太く膨らんだ末弭が、空矢をこぼす弓を撫でる。
たったそれだけなのに、溶けた声が溢れる。
「……わかって……いる、くせにぃっ……!」
きゅむと、粒を摘ままれる。腰が、止まらない。
抱き締めて、低い声が甘く囁く。
「可愛い、兄上……本当に、綺麗だ……」
心が疼く。渇きを癒すように、口を淡く開ける。アフシンが、いとしく笑んで、口づけが落ちる。
「……だめ……射、たい……っお願い……もっと、アフシンっ……」
意を得て、目顔が頷く。しかし、速度は、一向に上がらなかった。
怪訝に見つめていると、矢袋をすり抜けて、本弭が押される。やわやわと揉まれて、身体が跳ねる。
「俺はまだ、射られないので。一緒に射るのは、このあとのお楽しみです。――それとも」
ぴたりと、動作が止まる。
少し、不安そうな面立ち。真摯な声音が問う。
「……早かったですか……?」
浮かんだ答えに、顔が火照る。
それでも、今は言わなければ。消え入りそうな声を振り絞って囁く。
「……もう、少し……下……つ、強めの……方、が……」
青い瞳が瞬く。おもむろに笑みが広がり、楽しげな声が語る。
「これは失礼いたしました。――ここ、ですかね?」
「――やぁんっ!」
「あ、正解」
「もうっ、アフシン! あっ、だめ……!」
脈動するのに、射られないもどかしさ。
青い瞳を見つめれば、悪戯っぽい笑みが返ってくる。
「どこ、欲しいですか、兄上? 教えてくれたら、俺、もっと頑張れるんですけど」
「……そんなのっ言えないぃっ……!」
あれでも十分、羞恥を振り絞ったのだ。そのせいで、感度が上がっているのに、これ以上吐いたら、おかしくなってしまう。
青い瞳が、考えるようにそれる。そして、左手が、耳に伸びてくる。
「ここ――は、違いますね。じゃあ、ここ?」
粒が、つんと、つつかれる。やっぱり違うか、と悠長に呟いて、長い指が、胸から腹へと下りていく。
弓へと近づいて、しかし、矢袋さえかすめず、内腿をたどる。そして、
「――あっ!」
指の腹が、薔薇を撫でる。嬉しそうな、楽しげな笑みが告げる。
「これ、香油だけじゃないですよね。もしかして――ずっと、欲しがっていたんですか?」
「……っもう、いちいち、言わなくてっ……いい、からあぁっ……!」
つぷん、と指の感触。待ち望んでいたと言わんばかりに、身の内が締まってしまう。
しかし、アフシンは、何も言わずに微笑むだけだ。
それが、よけいに恥ずかしくて、彼のために咲けるのがいとおしくて、まぜこぜな思考の中、その愛撫を感じる。
空矢が丹念に舐め取られ、末弭が含まれ、淡く吸われる。矢袋はさすられて、本弭が揉まれ、胡桃は押し上げられた。
見下ろせば、青い瞳と目が合う。
その、昂った色。剣呑な色香に、息を呑んで悶える。
たまらず弾け、高く声を上げる。
飲み込んで上下する、隆起した喉頭。果てて射た残響に惚けながら、末弭への口づけを受ける。
「敏感で、可愛い弓ですね。――にしても、こんなに感じやすいなんて、ちょっと意外です」
「……だって……アフシンが……変な、こと……ばかり、言うから……それに――」
空矢を滴らせた、大きな弓。視線を上げれば、いとおしい人の顔がある。
どれほど指折り数えて、この日を待っていただろう。
「……会いたかったんだから……」
「兄上……」
そっと抱き締められる。広い背中に、腕を回す。優しい声が、降り注ぐ。
「俺も、ずっと会いたかったです……あんなに傷つけたのに――諦められなかった……」
力いっぱい、首を振る。青い瞳を、一心に見つめる。
「愛しています、心から……初めて会った時から、ずっと――あなたこそが、俺の心です」
「アフシン……ああ、アフシン……」
指が絡み合い、深く繋がる。唇を重ね、甘く食み合う。
ゆっくりと、いとおしい人を受け入れる。強い官能が押し寄せ、たまらず喘ぐ。相手が誰であれ、この苦しみは変わらない。
肌が当たって、ほっと息をつく。
耳をなぞり、頬を撫でる手。口を引き結んだ顔。
青い瞳を見つめて微笑む。
「……少し、苦しいけれど……でも――」
この身の内に、アフシンがいる。
たった一部でも、一瞬だとしても、確かに、その存在を感じている。
「……すごく、嬉しい……幸せ……」
涙が滲んで、はらはらと伝い落ちる。
きつく抱き締める、逞しい腕。苦悩の混じる声が、鼓膜を震わす。
「俺も幸せです。できるだけ、優しくしたいけれど……」
緩やかに、首を振る。
無理なのは、よくわかっている。だからこそ、このいとおしい苦しみを覚えていたかった。
「いいよ、アフシン。君の思うようにして」
「でも……」
優しい瞳。
大切な心を壊した、かの人は、もう土の中だ。
「全部、忘れさせて――君だけを、思い出せるようにして……?」
息を呑む声。滲んだ言葉が呟く。
「もう、俺達だけ……なんですね」
「そう……僕達だけだよ、アフシン。だから――」
淡く唇を開く。重なって、食み合う。
おもむろに、身体が引きずられて、また押し込まれる。きつくしがみついて、いとおしい人の体温を刻みつける。
「……ッ兄上……ああ、熱い……たまら、ない……」
「アフシン……! アフ、シンっ!」
とんっと一点に当たって、のけ反る。そして、もう一点。打ち震えて、高く声を上げる。
突かれ、こすられ、押し込まれて、身悶える。鼓膜を震わす、低くかすれた声。耐える音色が色香となって、耳を愛撫する。
「可愛い……兄上……あ、また――ああ、もう射そう……ッ」
確かに、もう限界だった。
たまらなくて、一層きつくしがみつく。押し寄せる官能を掻き分け、振り絞って叫ぶ。
「お願い、アフシン! 奥まで来て! もう、十分果てたからっ! ちゃんと全部――!」
的確な打撃。耐えきれず、解放感が突き抜ける。
そして、深く、重い響き。苦しく悲鳴を上げ、それでも重なり合った肌に歓喜する。
耳元でかすれる、荒い呼吸。
起き上がる気配を、すがりついて阻む。
「……兄上、出さないと」
思いきり頭を振る。あとあと腹を下しても、今は、この繋がりを感じていたかった。
ためらうように、揺れる吐息。しかし、おもむろに離れていく。
「嫌っ! アフシン、まだいて……っ」
「だめです。これ以上、あなたに負担はかけられない」
「お腹のことなら――んっ」
唇が落ちて、淡く食まれる。
苦笑した面立ち。アフシンが、困ったように、眉尻を下げて告げる。
「俺のために、ありがとうございます。でも、おわかりでないなら、やっぱりだめです」
「どういうこと? ちゃんと説明して」
切ない微笑みの残像。意味を考える間もなく、後ろから抱きすくめられる。
肩口に落ちる唇。もどかしそうな声が、耳をかすめる。
「……あなたが、可愛いことばかり言うから……」
身の内が、ゆっくりと広がる。
掻き出されていく度に、胡桃がすられて震える。残響に、吐息が濡れていく。
「……また、そんな声を出して……」
冷めやらぬ末弭が、尻に当たる感触。胸に手を伸ばして、自ら豆粒を摘まむ。
振り返れば、熱を帯びた瞳に出会う。
「……アフシン……」
指が引き抜かれて、もう一方の粒がさすられる。空矢と白矢をこぼす弓に伸びる、白い手。
腰を揺らし、張り詰めた弓を宛がう。たまらず、そのままうずめていく。
すりつければ、存在が、より一層深く感じられた。喘ぎながら、夢中で腰を振る。
「……もしかして、兄上……こうして後ろから、たくさん触られるの、好き……?」
応えるように、甘く声を溢れさせる。豆粒に爪が立てられ、弓をたどって、本弭が揉まれる。
「ああ、良いっ! アフシン……!」
背後からなら、顔が見えない。多少痛くても、相手が誰であるか、まざまざ認識するより、ましだった。
(でも、今は……)
この手も、声も、存在も、アフシンなのだ。背中に感じる体温も――全て。
肩越しに、青い瞳を一心に見つめる。濡れて、甘く悶える。
熱を帯びた低い声が囁く。
「……今のあなたは、艶めいてたまらない……」
ねだって、身の内を締める。
微かに息を詰める声。淡い苦笑がこぼれる。
「もう、どうなっても知りませんよ……俺、止まりませんからね」
薄く口を開け、舌先を差し出す。這わせ合って絡め、唇を、深く溶け合わせた。
心地よい微睡みの中、拾い集めた衣を抱える姿を眺める。
「兄上、大丈夫ですか?」
「……たくさん……果てたから……」
微笑んで囁く。ほっとした表情。指が重なり、掌が合わさる。
「ありがとう、アフシン……人との交わりが、こんなにも幸せだなんて……知らなかった……」
抱え起こされて、広い胸に収まる。
素肌の温かさ。真摯な音色が語る。
「愛しています、兄上。ずっと……ずっと、あなただけを想っています」
深い喜びに、心が打ち震える。しかし、緩やかに首を振った。
「それは、いけないよ。君には、君の生があるのだから」
「……そうしたら……髭が、生え揃うまで」
微笑んで頷く。その伸びやかな行く末を思う。
「兄上は、これからどうするんですか……?」
「外帝将に、〈契り子〉――ファールサ語だと、養子が近いかな――そのお申し出を頂いたんだ。どうなるかは、まだわからないけれど……父祖の地で、やれることを見つけようと思う」
「……やっぱり、行ってしまうんですね」
滲む、澄んだ青。切なく、しかし静かに告げる。
「薔薇は咲いたら、あとは散るだけ。ここに、僕の居場所はないから」
「花びらを翅に変えて――蝶となって、あなたはノールへと飛んでいくのですね」
外帝将の言葉が響く。
これからは、自由にどこへでも行けるのだ。
「知っている? マタラムの蝶は、とても鮮やかで美しいんだ。海を渡る種類もあって――」
おもむろに手を伸ばす。晩冬の陽光に透けて、赤く輝く。
重なるように伸びる、白雪の手。柔らかに捕らえて、おもむろに繋がる。
「舞いゆく蝶を、籠に押し込めてはいけない――でも、今は……あなたを、俺の中に閉じ込めていたい」
「アフシン……」
繋がった手を、胸へと引き寄せる。
その、大きく成長した白い手。あの日から、ずっと、愛してくれた手。
「僕も……まだ、ここにいたい」
額に、優しく口づけが落ちる。すり寄れば、温かく抱き締められる。
逞しい胸に収まって、いとおしい青を見つめ続けた。




