矜持
いよいよ、この時が来た。
ソル暦二五八年五月十七日――ファールサ暦二三〇年二月十六日、外帝将率いるスピユット戦士団と太守〈アミール〉軍が、シャフリカシャンに会することとなった。
修正した人事案は、無事に期限に間に合い、ペーローズは、サルダールの後任として、側近軍団団長に任命された。その他も、来年のノウルーズで、メフルダードに近しい者が要職に就く予定だ。
帝都ブローノードへと続く街道沿いの地方庁の人事も、大幅に見直された。
ファルジャードによる統一政策以前は重要な地位にあった、地元の原住民の名士が返り咲き、スピユット戦士団の行軍の安全を守る手筈となっている。
また、円城内では、スティンヴァーリへと続くブローノード門を担う、守備万騎兵団北西隊の千騎兵隊隊長の六人のうち四人が、協力者として名乗りを上げた。北東のアスパダナ門も同様に、過半数を掌握している。
そして、親衛隊の親衛軍人も、大部分の入れ替えと取り込みが完了していた。ファルジャードやベフナームが抵抗しても、すぐに取り押さえられる。
円城の内外で多少の小競り合いはあっても、損害は少なく済むはずだ。
一方、文官は、さすがにファルジャードの領分とあって、引き込みは難航していたが、メフリガーンで形勢が一気に逆転した。
太子パルヴィーズの長男を、次の太子とする。
ファルジャードの発表に、宴に出席した面々はどよめいた。
ラフバル家は、外戚として、王〈シャー〉位を我がものとするつもりではないか――宰相配下の官房庁の高級官吏でさえ、不快感を滲ませ、距離を取るべきではと囁き合った。
それから二ヵ月半余り。
かなりの者が、ファルジャードから離反しつつある。その中から、迷いのある者を見つけ、同僚や上司が話を持ちかける。
こうして、文官のうちでも、同胞の輪が広がってきていた。
このままいけば、多くの要職者を仲間に引き入れられるだろう。
受け入れ体制は整い始めている。あとは、各所と緊密に連携を取りつつ、両軍の到着を待つばかりだ。
外帝将から届いた書状から顔を上げ、晩秋の空を仰ぐ。
十日前、十八歳になった。
最後の秋――最後の、誕生日。
来年の今頃には、悪鬼となった姿で、この地をさまよっていることだろう。
(姉上――もうすぐ、そちらへ参ります。それまで……今少し、待っていてください――)
小鳥がさえずり、青空を飛んでいく。
のどかな景色を眺めながら、来るべき時を見つめた。
指袋を外す、弾けた音。
手を洗う水音を合図に、身体を起こす。振り返れば、ジャハーンが静かに告げた。
「――問題ない。目立った所見はなかった」
「うん、ありがとう」
毎月一日の〈手入れ〉。長患いの影響はすっかり治まり、今は健康そのものだ。
下着と下衣を履き、向かい合って座る。何気ないふうで話し始める。
「ねえ、ジャハーン。頼みたいものが、あるんだけれど――」
道具を片づける手を止め、黒い瞳が見つめてくる。冬も間近な涼気が、しんしんと寝間に降る。
「ファールサ語では、なんていうのかな――ヤワ語だと、〈ソゴ・テリ・ラナン〉と呼ぶんだけれどね。真っ赤な種をすり潰して水に溶かすと、おいしいんだ。久しぶりに、飲んでみたいと思って」
マタラム人なら、誰もがわかる大嘘。
ソゴ・テリ・ラナンの種子は、黒と赤の二色という珍しい色合いだ。
しかも、つやつやと光沢があって、一見、植物の種だとわからないくらい、美しい形状をしている。
それでいて、蔓はどこにでも生えているから、手に入りやすく、首飾り等の装飾品に利用される。マタラムでは、ありふれた工芸品のひとつだった。
しかし、その硬い外皮の中身は、とんでもない猛毒だ。加工時に、誤って針で指を刺した傷が元で、職人が死に至ることも少なくなかった。
だから、外遊びを始めた我が子に、親は必ず、触ってはいけないと教える。
まだほんの幼子だったのに、乳母だったスヌンゴの母〈イブ〉の諭す声を、ありありと覚えている。
王子を守るようにと、スヌンゴが口酸っぱく言いつけられていたことも。
ファールサで、手に入るかはわからない。ただ、叶うことなら、マタラムの毒で死にたかった。
窺うように、わずかに首が傾ぐ。静かな声が、問いかける。
「……葉の方でなくて、いいんだな?」
ダウン・サガ。下痢や痔、喉の腫れなどに用いる、マタラムでは一般的な薬。
「うん。種がいいな」
黒い瞳に、ゆっくりと、光が滲む。
目を伏せて眉根を寄せ、低い声が応えた。
「……わかった。用意しよう」
そっと頷く。礼も、詫びも、ジャハーンは望んでいないだろう。
罪悪感に苛まれてきた、その心。拒めないと知っていて、話を持ちかけた。
器具を道具箱に仕舞って、長身が立ち上がる。どこか苦悶の滲む背中を、悲痛な心地で見送った。
*
ファールサ暦二二九年九月中旬。
誰も彼も、愚か者ばかりだ。
届いた書状を絨毯に叩きつける。契約破棄の通知。これで、雇い入れた、ほぼ全ての兵を失った。
メフリガーンから二ヵ月半。
昵懇にしていた官吏達も、手中からこぼれ落ちつつある。
(王〈シャー〉位の簒奪を企んでいる、だと――なぜだ! なぜわからぬ……!)
異教徒を討ち倒し、神ホダーの言葉を、あまねく広める。
そのためには、王〈シャー〉たるにふさわしい血筋でなければならない。
権勢を振るうのは、あくまで目的を達成するための手段で、王〈シャー〉になろうと思ったことなど、生涯ついぞない。
この世で偉大なる王〈シャー〉は、ただ一人。クーロシュただ一人だ。
そして、無二の伴侶たる己は、誓いを果たさねばならない。
しかし、時は今ではなかった。もはや、挽回する時機を逸してしまった。
口惜しいが、命を奪われては元も子もない。シャフリカシャンを脱して隠れ、機会を窺うべきであった。
逃亡先には心当たりがある。早急に連絡を取らねば。
散乱した書類を拾い上げる。証拠は残せない。浴室の準備を始めたこの刻なら、適切に処分できるだろう。
衣装袋に向かい、収めていた数多の衣を取り出して、毛織の覆いを除く。
鍵つきの文箱を取り出すと、浴室に向かうべく、腰を上げた。
そうこうしているうちに、あっという間に冬は過ぎ、年が明けて、二月になった。
商人達の噂では、外帝将が兵を率いて、ブローノードを出発したという。アスパダナも、巨大な軍勢を整えている。近いうちに、シャフリカシャンを目指すであろう。
首から提げた紐を肌着の中から取り出し、衣装袋を留める革帯の錠前を外す。
家庭の主たる妻すら知らない中身。華美な女物の衣装と化粧道具、そして剃刀。
柄を掴み、ゆっくりと、鞘から引き出す。
今でも定期的に磨いている刃が、鋭利な光をきらめかせた。
文机に鏡を置き、硝子の茶器に満たした水に、剃刀を浸す。慎重に顎に滑らせ、髭を剃り落としていく。
クーロシュが天へと帰って、実に十七年ぶりの髭剃り。
〈緑の学院〉を卒院した十九歳から三十年間、付け髭で過ごしたとは、誰も思いもよらないだろう。
こうして、髭のない紅顔へと変わっていく光景を眺めていると、なまめかしい気分になってくる。もはや老いて久しいのに、これからクーロシュと逢瀬を重ねる心地さえする。
つるりとした、口元と顎。思わず、鏡に顔を寄せて、まじまじと眺める。
(……私はまだ、綺麗であろうか……)
無二の伴侶のために、肌には気を遣ってきた。今も、人知れず、手入れは欠かさない。
最後の審判までの時を、老いさらばえた姿で、過ごしたくはなかった。
衣を脱ぎ、女物の揃えを纏う。
これで、外出用の外套を被れば、誰も怪しみはしない。そうして幾度も、クーロシュを誘ってきた。
あの時はまだ、二人とも若かった。
幼少のみぎりより恋慕ってきた侍女、サーロメとの結婚を果たした上に、長男まで授かったクーロシュは、幸せの絶頂にあった。
しかし、出産は過酷な一事である。妃の身体は耐えきれず、生まれたばかりの我が子を満足に抱けぬまま、命を落とした。
あの日のクーロシュの悲しみようは、見ているだけで、心が張り裂けそうになった。
それなのに、当代の王〈シャー〉と宰相の父は、再婚を勧めたのである。
悲嘆を慰められるならと、決まりを破って、花遊び〈グリ・バーズィー〉をした。それでも、妃の代わりにはなれなかった。
だから、あの時、傍にいたのが己でよかったのだ。
無二の伴侶である己なら、身命を賭して、罪を背負っていける。最後の審判で、クーロシュは敬虔なディーダム教徒として偉業を為したと、申述できる。
十四歳は、遊び〈バーズィー〉なら、花盛りの時である。
その匂い立つ魅力は、十七匹の悪魔を連れていると評されるほど、非常に抗しがたい。だから、誘惑されたならば、致し方のないのだ。
男色という大罪を犯した者として、地獄へと堕ちる。
たとえ、この身が焼かれても、クーロシュさえ天国に行けるのなら、それでよかった。偉大なる王〈シャー〉に忠誠を尽くしてこそ、ラフバル家の男子である。
ましてや、それが、無二の伴侶ならば――蕾を捧げた男ならば、惜しむものなど何もない。
頭巾を被り、外套を纏う。
痛む膝を押さえながら、おもむろに立ち上がった。
春の盛りの青空。網目の視界の中で、そびえ立つ墓廟を仰ぐ。
(――クーロシュ様……)
必ず舞い戻り、誓いを果たす。そのために、己はあるのだから。
深く一礼し、ひとときの別れを告げる。踵を返すと、ゆっくりと歩き出した。
*
薔薇の匂い立つ麗らかな春の朝、けたたましい音を立てて、ベフナームが現れた。
「シャーグルよ! 大変ぞ!」
今日は、平常通り、〈緑の学院〉に登院する予定だった。着替え途中のまま、皆で慌てて居住まいを正す。
「いかがなさいましたか、ベフナーム様」
「ファルジャードが消えおった! いずこにもおらぬのだ!」
なるほどと、腑に落ちる。
あの宰相なら、無駄に命を散らすより、生き残る方を選ぶだろう。
しかし、大勢に影響はない。目的はひとつ。ベフナームさえ、宮殿にいればいいのだ。
スヌンゴに目配せし、上座側の対面に敷き綿を据える。手で示して勧めつつ、柔和に微笑んだ。
「――まあ、まずは、お座りになりませ。お心を平静にお持ちにならなければ、思い浮かぶべき妙案も考えつきません」
「お、おお、そうだの――落ち着かねばの」
かけ声を上げて、巨体があぐらをかく。その間に、スヌンゴが手早く帯を締めてくれ、他の侍童達が応接の用意をしていく。
保温しておいた茶器から、熱々の茶が、切子細工の硝子に注がれる。
茶請けとして添えられるのは、甘い砂糖菓子。ベフナームが早速、手を伸ばして、ほっと息をつく。
同じように口をつけてから、ゆったりとした口調で切り出す。
「行方不明になったのは、いつ頃なのでしょうか?」
「それが、昨日の昼過ぎに、叔母上が見かけたきり、帰ってこぬと申すでの。今朝も、出仕せずにおる。しかし、いずこにおるのか、全くわからぬのだ」
ファルジャードの妻は、先代の王〈シャー〉であるクーロシュの妹だ。
女人を家庭に閉じ込めるファールサにおいて、外のことに出しゃばる振る舞いは歓迎されない。演技とも思えなかった。
あのファルジャードのことだ。何の当てもなしに、逃亡するとは考えにくい。
姿をくらましたのが昨日の昼下がりなら、それなりに遠くへ行ってしまっているだろう。開戦の迫るこの時に、わざわざ追うのは得策とはいえなかった。
ゆっくりと、茶を味わう。弱りきった髭面に、優しく微笑みかける。
「――それならば、お捨て置きになれば、よろしいではございませんか」
「しかしの、シャーグルよ。兄上とスティンヴァーリが、軍勢を率いて、こちらに迫ってきているというではないか。彼奴とて、やはり秀でた宰相ゆえ――わしは、不安でたまらぬ」
くすりと笑みをこぼす。怪訝に寄る、濃く太い眉。
励ますように、明るい口調で語りかける。
「もう、しっかりなさいませ。あなた様は、王〈シャー〉でございますよ? 乱暴を働く者には勇猛果敢に戦い、討ち払えばよろしいのです」
茶器を脇に置き、にじり寄る。肥えた肉厚な両手を、包み込むように握る。
「これまで、多くの努力をなさってきたではございませんか。あなた様には、それだけのお力が、備わっていらっしゃるはずです。――僕はそう、信じております」
「……おお、シャーグル……」
黒い髭から、感嘆の吐息が漏れる。
焦茶色の瞳を滲ませながら、打ち震える声が語る。
「そうだの……そうだのう――わしは王〈シャー〉ぞ。為せぬことなど、ありはせぬ。この美しい都〈シャフリカシャン〉は、このわしが、守ってみようぞ」
「その意気でございますよ、慕わしいあなた様。きっと、華々しい勝利をお上げになりましょう」
焦茶色の瞳を、しかと見つめて、優しく微笑む。
髭面が大きく頷き、勢いよく立ち上がる。
「――よし。ならば、こうしてはおれぬ。迎撃体制を整えねばの」
ふん、と気合いの入った鼻息。柔らかく、目顔で同意を伝える。
出陣する者を送り出すように、丁重に頭を垂れた。
「どうぞ、お励みくださいませ。ご健闘をお祈りしております」
「うむ! わしの手腕、とくと見ておれよ」
意気揚々と退出していく後ろ姿。
うまく事が進んだと安堵して、侍童達に、身支度の続きを申しつけた。
二月十五日の金曜日、礼拝のために聖堂に会した男達の話題は、間近に迫ったスピユット戦士団と太守〈アミール〉軍の動向で、持ちきりとなった。
本当に攻めてくるのか、勝ち目はあるのか、もし負けたら今後どうなるのか――。
事情を知る者も、知らない者に合わせて怯え、あのメフルダードが王〈シャー〉になるなど恐ろしい、と嘆いた。せっかく高い役職に就いたのに、取り上げられては困る、と。
様々意見を求められたが、軍務は最上寵童の権限外だ。
王〈シャー〉なら、きっとお守りくださいます、とだけ答えて、聖堂をあとにした。
「それでは、おやすみなさいませ」
「うん、おやすみ」
恭しく礼をして辞する、後ろ姿を見送る。
赤子の頃から、ともに生きてきた、その姿。
しかし、スヌンゴは善行の内にある。輪廻し、また次の生を歩んでいく。
(きっと、すごく怒るだろうね……)
それでも、あの日から決めていた。これ以上の生は、考えられなかった。
訪いを告げる、密やかな音。
返事をすれば、灯火の中、静かにジャハーンが入ってくる。寝間へと進みくると、いつも通りの所作で、絨毯に腰を下ろした。
そして、道具箱を開け、中からひとつ、取り出した。
「――頼まれていたものだ」
灯火に煌めく小瓶。頷いて受け取る。
黙々と、器具を用意する様を見つめる。目顔で問われ、寝台の足側を指し示した。
片腿に手ぬぐいを置き、〈角〉を固定する、衣擦れの音。正座した姿に相対して、羽織を滑らせる。寝巻きを脱ぎ、下着を取り払った。
露わになった肌が、月明かりと灯火に照らされる。
いつもと変わらない、平淡な眼差し。後ろ向きになり、互い違いになるよう、脚を差し入れて、腿に跨る。指の長い右手を取り、口に含んだ。
まるで、深い口づけのように、指が舌を捉え、絡んでいく。吸いつきながら、淡く湿った息をこぼす。
左手の指先が、じれったく、豆粒の周辺をなぞる。熱く膨れてきたところで、柔らかく摘ままれる。
それだけで、腰が跳ねた。たまらず、右の粒を自ら弾く。
唾液に濡れた手が、おもむろに、張りつつある弓へと伸びる。
優しく、ゆっくりと、滴る空矢を塗り込めるように、すっていく。
次第に加速する刺激。どくどくと脈打つ官能。広い胸にもたれかかり、喘ぎながら、その時を待つ。
「ああ、ジャハーン! もう……っ!」
弾けて射て、高く声を上げる。ぐったりと身を預け、荒く息をつく。
左手が胸から離れ、傍らを探る気配。清拭される感触のあとに、香油のむせ返るような匂いが、あたりを漂う。
ぬるつき、そして、〈香水器〉の管が入ってくる。
腹が少し膨れてから、管が去り、〈花壺〉が宛がわれる。弓をすられて跳ねるまま、一気に噴き出した。
再び清拭されて、今度は、少し太い感触が来る。
丹念にほぐしながら、胡桃を押し込む指。
弓の官能と合わされば、たまらない快感が、背筋を駆けた。甘く喘いで、呆気なく果てる。
肩越しに振り返り、黒い瞳を見つめる。
凪いだ湖面のような、宵闇の色。身悶えてねだる。
「……ジャハーン、来て……」
〈角〉の位置が調整され、ゆっくりと入ってくる。
右手が弓をすり、左手が本弭を揉む。自ら両の豆粒を摘まみ、〈角〉のうずまるままに、腰を揺らめかせた。
葡萄に到達し、馴染んだところで、律動が始まる。高く嬌声を上げながら、その所作を受ける。
耳元で聞こえる、深い呼吸。腿の裏に当たる、湿った衣と硬い熱。
いつの頃だったろう。ふと気づいて、驚いた。
それでも、ジャハーンは淡々と務めをこなした。ただの一度も、身を危ぶんだことはない。
「ああ……ジャハーンっ……! ジャハーン!」
的確な打撃。至って果て、快感の波に乱れていく。
多くを感じてしまうのに、〈水やり〉の時だけは、不思議と恐怖を覚えなかった。
気持ち良いと思える分だけ、与えてくれる。
そういう安心感が、このひとときにはあった。
広い胸にもたれかかったまま、静かな横顔を振り見る。
明日、全てを見届けたら、この命を終える。
それならば、最後に、〈庭師〉のための薔薇でありたかった。
丁寧に、真摯に、世話をしてくれた――世界〈ジャハーン〉という名の、〈庭師〉のために。
大きな一波がやってくる。
正確に見極めて、律動がさらに速度を増す。幾度もその名を呼びながら、果てへと至っていく。
思えば、長い付き合いだった。十歳の半ばから、八年の日々を、過ごしてきた。
低く響く、故郷の音色。クラムビル(ココナッツ)水の、優しい甘さ。淡々とした態度とは裏腹の、温かな心遣い。
今ならわかる。
淡白で冷たい態度は、篤い情を押し殺すためなのだと。真実の姿は、全く異なるのだと。その苦悩も、悲痛も――全て。
(……ジャハーンが、僕の〈庭師〉でよかった――)
一段と、強い打撃が来る。
心地良い快感が弾け、甘く切なく、心優しい世界〈ジャハーン〉の名を呼んで、果てた。




