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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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寝転びながら考えた

 私は一体どれだけ寝ていたのだろう……?


 リアは寝転びながら考えた。小屋の内側からは一応囲ってはあるものの、渡した木々の間から空が見える。その薄紅色の空からは、今が夕刻なのか明け方なのか、判別することがまるで難しかった。


 船を襲撃されて以来、ずっと寝てなかったからなあ……。


 リアが溜息をつくと、頭の中でフローラの声がした。


 ……リア、起きたの?


 ……うん。お前は起きていたのか?


 ……ううん、寝ちゃった。多分リアと一緒に起きたんだと思う。


 ……そうか……。


 ……あ、寝てちゃ駄目だった!?


 ……まさか!!


 リアは小さく笑い、自分の肩をトントンと叩いた。


 ……お前だって疲れている。何と言っても、お前は私が気を失っている間も起きていてくれたんだからな。


 ……そ、そう……?


 ……そうだとも。


 ……じゃ、良かった。


 ……うん……。


 ……へへ。


 ………………。


 …………♪


 ………………。


 ……皆んとこに行かなくていいの?


 ……ああ、行かないとだな。


 それでも一向に立ち上がろうとしないリアを、フローラは不審に思った。


 ……行かないの?


 ……行くけどさ。その前に……お前と話がしたい。


 ……俺と!?


 ……ああ。


 ……お、俺だってリアと話がしたいよ!!いつでも、常に、百パーセント!!で……何の話?


 ……私もよく分かっていないんだ。お前が教えてくれたらと思って。


 ……もちろん何でも教えるよ!あ、あいとか――。


 ……今起きたばかりなのもあるけどさ、マーシューブ達に指示を出そうにも私が今の状況に付いて行けてない。


 ……あ、そっち?


 ……そっち?他に何かあるのか?


 ……ないと思います……。


 ……ないと思う?フローラ、今は大事な場面だ。お前に少しでも思うところがあるのなら今聞いておきたい。


 ……ない!!何もない!!


 ……そうなのか?


 ……そうだよ!リアは俺に何が聞きたいの?


 ……うん……。


 リアは考えを巡らせながら、再度空に目を移した。 


 ……結局のところ……ボウリを操っているのは、エリ夫人ってことになるんだよな?


 ……おう、そういえば!!でもそうだよね!と言うことは、ボウリはエリ夫人の手の内の者なんだね!


 ……そうだよな。


 ……うん。違うの?


 ……違うっていうか……分からないんだ。


 ……分からない?


 ……何ていうか、絵的にボウリとエリ夫人が繋がらないんだ。私は中央の大抵の貴族を記憶している。それと共に、仕えている侍従や侍女なんかもセットで覚えているんだ。


 ……驚異の記憶力だと思うよ。レスカ国でも一度会った人は完璧に覚えていたもんね。それなのに何故ドレスの選び方が分からないのかと――あ、脱線、脱線。それなのに、エリ夫人の傍にボウリはいなかったと言うんだね。


 ……そういうこと。


 ……エリ夫人じゃなくて、ガルディかサリーナの側近の可能性は?


 ……その可能性も低いと思う。あの一家とは疎遠にしたいし実際その通りなんだけど、如何せん幼少期からの知り合いだよ?掃除夫から厩番まで知っている。


 ……そうだよねえ。逆に、完全に事務方で表に出ない役職とか?


 ……どうだろう。そういう立場の者が、多くの猛者を選別し、セインティアからエクリスタまで指揮するのは不可能だと思わないか?


 ……確かに。


 ……だけどさ、ちょっと気になることがあるんだ。


 ……気になること?


 ……そう。私はどの時点で、ジョナサンイコールボウリだと認識したのかなって。


 ……え?


 ……お前はどうなんだ?いつ、ボウリがジョナサンだと認識した?


 ……ど、どうなんだろう……?そう改めて聞かれるといつだったんだろう?リアはどうなの?


 ……よく考えてみると妙な違和感があるんだ。恐らく私が最初に認識したのは、この島に残ったジョナサン号の傭兵が二人、小屋で言い争いをしていただろう?あの時なんだ。


 ……あの時……?うーん…………あ!そういえば!俺はまだ分かってなかったのかもしれない。ジョナサンとは別にボウリっていう指導者がいるのかなって!


 ……そうか!


 ……そうだと思う。でもリアにはジョナサンが分かったんだね!


 ……「ボウリ」の名を聞いた途端、あの似顔絵がぱっと思い浮かんだんだ。あいつの名はボウリ。偽名ではない。だから多分、私はどこかで奴に会っている。


 ……そうだったのかあ!!どこで会ったんだろうねえ?


 ……もう本当に、魚の小骨が喉に引っかかったように思い出せない。


 ……その気持ち、凄くよく分かるよ。


 ……お前のこと、馬鹿とか能無しとか言って悪かったな。今の私が正にそれだ。


 ……そこまで酷く言われたっけ?リアはこれからどうするの?方針は決まった?


 ……大分整理が付いて来た。まずは一刻も早くセイントレアへ帰り、エリ夫人、ガルディとその近辺を拘束する。ボウリ自身は狡猾だが、この二人を洗いまくったらきっと何かが出て来るだろう。


 ……俺もそう思うよ。シャウル……のこととかね。


 ……そうだな。私が出立前のアイーシャ邸会議……勿論、引越す前の話だが、側室にも諜報を入れるという段取りになっていた筈だ。もうそろそろ何か上がって来ていてもおかしくない。


 ……ああ、そうだったよねえ!忘れもしない、俺には驚愕の日だったからなあ。


 ……驚愕の日?


 ……そう。小間使いのフローラがいてさ。


 ……おお!!……もうそんなに時が経ったのか……。そうだな、お前の言う通りだ。我々が会議している間、敵はどうやって私やシャウルを排除しようかと画策していたのだろう。


 ……あとはボウリがどう動くかだよね。


 ……うん。ん?ちょっと待てよ?


 ……どうしたの、リア?


 ……いやさ、ボウリはどうやって王女の死を確認するつもりだったんだろうかと思って。


 ……それはジョナプーが言ってたじゃない?中央広場の掲示板にかっこうが鳴いたと書いておけって。


 ……それはそうなんだけど……。ということは、その張り紙を見るまでは王女の死を確認出来ないってこと?


 ……ああ、それも変な話だよね。ボウリはマーシューブで待っているのかな?


 ……そう思うか?


 ……思わない。セインティアへ帰ったんだと思ってた。


 ……私もそう思う。改めてジョナプーに確認を取ってみないと分からないけど、そんなニュアンスだったよな。


 ……自分の代わりにまた傭兵……いや、傭兵である必要はないのか。とにかく誰かを雇って、マーシューブに置くという可能性は?


 ……ないとは言い切れない。しかし、私はないと思う。


 ……俺もそう思うけどね。セインティアでも慎重に慎重を重ねて傭兵を集めたんだ。同じことがエクリスタで出来るとは思えない。


 ……セインティアは軍も含めて、何もかもがある街だ。それに比べてエクリスタは何の街?と聞かれたら軍隊の街、或いは漁業の街と答えるだろう。全てがごった煮のセインティアとは訳が違う。エクリスタが目を光らせている中で、あんな募集を出したらかなり目立つし怪しまれるんじゃないか?


 ……マーシューブに人員を置いておくっていうのもね。


 ……マーシューブにはもう置けないだろう。マーシューブの民達は騙されたけど馬鹿ではない。何れ自分達が利用されていることに気付くだろうさ。


 ……マーシューブに近いセインティアへの帰り道へ配置……ああ、これも駄目だな。新しい人員は傭兵達の風貌を知らない。ガタイのいい男が複数人っていうのも無理があるよな。そもそもエクリスタにはガタイのいい男が多いし確実性がない。


 ……もし一人でも雇用人が確保出来たら……?いや、それはそれで難しい。まずは当然金の話になるだろう。幾ばくかの金を貰い残りは後でと言われたところで、ジョナプーじゃないがそれでずらかられる可能性がある。少額だけ渡しておいて残金は後でと言ったところで同じこと。セインティアと違って、その誰かを監視する手段がない。しかも人員が増えれば増える程、自分の身が危うくなって来る。


 ……そもそも伝達自体が困難だよな。仮にボウリが先行してセインティアへ帰ったとしても、自身の居所を簡単に教えるとは思えない。となると、また中央広場?土地勘のない者が右往左往しているうちに、片道でも足を運んだことのある傭兵達が帰って来ちゃうよ? 


 ……そう、その通りだ。では…………。

 

 ……では?


 ……うん……。


 ……リア、どうしたの?


 ……いや、すまない。考えは纏まり中。


 ……そうか。


 ……大丈夫だ、大分纏まった。つまり……今回の件は、ある種の賭けだったのかもしれないなって。


 ……賭けだって!?こんなに大掛かりな!?


 ……私も確信は持てないがな。私を確実に打ちたいのなら、それなりの私営軍、自営軍に打たせればいい。だがそれでは大元がばれる。全く国家に関係ない強者が必要なんだ。


 ……で、あの募集?


 ……かなりおざなりな寄せ集め集団。しかしそんな奴らに我がエクリスタ軍はやられたんだ。それどころか本命の王女だって妙な悪霊……もとい、守護霊が憑いていなかったらやられていた。つまり、お前がいなかったらこっちは完全に負けていたということだ。


 ……まあ……かなり……偶然的な要素も多いとは思うけど。


 ……そう!そこなんだよ!向こうにとっても偶然が多すぎるんだ!


 ……どういうこと?


 ……ボウリは何故、先にセインティアへ帰ったんだろう?


 ……そりゃ、ま、何かと忙しい人なんじゃないの?こんな大仕事を一人でやってのけるくらいだから。


 ……そうだよな、一世一代の大仕事だよな。現役の王女を海戦で打つなんて。


 ……そう思うよ。


 ……だったら、見届けたいと思わないか?


 ……え?


 ……ここまで手間暇かけてセッティングしたんだ。自分の目で王女の死を確認したいと思うのが人の心理なのではないだろうか?


 ……た、確かに。


 ……ボウリ本人が戦う必要はない。ここにいるマーシューブの民達とこの島へ残り、海戦を遠目で見ることだって出来た筈だ。


 ……そうだよな。王女の死の報告もその場で聞けるし、ああそうか!共にマーシューブへ帰ったのなら、その場で残りの報酬を渡して、しかもすぐに解散することだって出来たんだ。暫くセインティアへ近付かないようにとでも言っておけば、奴らだってその意味が分かる。勝手に雲散霧消してくれるだろうね。 


 ……それでも奴は最後の決戦を見届けずにセインティアへ帰った。その意図とは?


 ……その意図……?え、何だろう?ここまで来て、最終結果を見ずに帰る理由……?全然分からない。リアには分かるの?


 ……うん……なんとなく。フローラ、初心に戻ろう。ボウリにとって一番嫌なことは何だ?


 ……一番嫌なことだって?それは……何だ……?そうか、王女を殺せないこと?ああ、段々分かって来たぞ?


 ……いいじゃないか。つまりね、ボウリにとっても私を確実に殺せる算段がなかったんじゃないかと思って。


 ……なるほど!


 ……私が大袈裟でない小型船を用意してくれと言ったことも、なるべく新人だけで構成してくれとハドグに頼んだことも、全て私がエクリスタに着いてから決まったことだ。しかしある意味、ボウリはそれを読んでいた。王女はなるべく大々的にせずコンパクトにレスカへ渡りたいだろうと。


 ……それを見込んだ最低限の人数か。


 ……そう。ボウリにとっても大所帯になればなるほど身動きが取り辛くなる。少人数の精鋭の方がうまくいくと思ったんじゃないか?しかしそれは絶対とは言い切れない。私はたまたま小型船を所望したが、速さを求めて大型船にしてくれと言った可能性もある。警護が出来るベテランで周囲を固めてくれと頼んだ可能性も。


 ……もしそうだとしたら海戦にはならなかった?


 ……少なくとも海上で、というのは無理だろう。どこか別の場所で、と方針を変更したとしても、私自身がガチガチに警護されていたら仕掛けることすら出来ない。


 ……だったらジョナサン組はリアに手を出さずに退却した?


 ……かもしれないな。では、力の均衡が五分だったら?つまり今回のパターンだ。


 ……実際海戦を仕掛けられた。こっちは王女と侍女と兵士一人が生き残り、向こうは傭兵一人と先に帰ったボウリだけ。


 ……まあ私が生きている限りこっちが勝ったと言いたいところだが、お互いズタボロの状態だよな。こっちも被害甚大だが、さて。あの戦いで我がエクリスタ軍の方が有利だったらどうなってた?


 ……む……。その可能性もあった訳だからな。船足はこっちの方が圧倒的に速かった。ちょっとおかしいと思った時点で全力でエクリスタへ逃げ込んでたらこっちは無害だ。エクリスタからすぐに追撃があれば一網打尽だったかもしれない。


 ……あの時点でその手法が取れていたらそれはもう運とか勘とかの域だけどな。しかし目の付け所はいい。こっち有利で向こうを一網打尽。どこからの回し者なのか徹底的に調べらるだろう。その時、ボウリがいたら?


 ……そうか、そういうことか!!


 ……そう。傭兵達はいいとしても、ボウリの素性は絶対にばれる。その裏に付いている組織も洗い出されてしまうんだ。


 ……だから先に帰ったのか……。それが賭けっていうことなんだね。


 ……うん。本当に手の込んだ本気の賭けだ。遡ればセイントレアの似非人が、レスカ国に宣戦布告をしたよりもずっと前に計画されている。あんな書状を出した以上、誰かがレスカへ謝罪に行かねばならない。それには留学経験のある王女が最も相応しいだろう。そうやって王女をおびき出しておいて、打つのはセイントレアやレスカではなく、海上でなければならない。何故ならそこには証拠が何も残らないから。


 ……これは……確かに……エリ夫人やガルディくらいが出来るレベルの話じゃないな。


 ……私もそう思う。心底私を排除したい誰かがいる。


 ……でも、段々確信に近付いて来たんじゃない?リアはこれからどうするの?ううん、考えは纏まった?


 ……おう。何れにせよさ、王女は死んだ方がいいんじゃないか?


 ……そっか!!そうだね!!そしたらジョナプーを囮にボウリを呼び出せるかもしれないもんね!


 ……極秘に極秘に。いや、私が死んだことを大々的にして凱旋するのもありか。


 ……凱旋って言うのかな?でもいいんじゃない?


 ……それでいこう。お前のおかげで随分考えが纏まったよ。


 ……俺もね。


 ……よしよし。


 リアは大きくうーん、と伸びをした。


 ……そろそろ皆んとこへ行く?


 ……うん。ああ……夕刻だったんだな。段々闇が迫っている。


 ……本当だ。今夜出立するの?


 ……そしたいのは山々だが……マーシューブの民達とも今後のことを話し合っておかないと。相談しながら決めるよ。


 ……そうだね。


 リアとフローラが小屋を出ると、辺りは夕闇に包まれていた。夜の帳が下りて、再び長い夜が始まる。

 リアは前方を見据え、マーシューブの民達が灯した頼もしい焚火を目指して歩き始めた。 






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