ジョナサン号の傭兵
リア達は砂浜にある大きな岩へと移動した。その岩には一人の男が縛り付けられていて、絶望したような目で海を見つめていた。
彼の名はウェッジ。マーシューブの民からの情報で、リアはその呼び名を知った。ジョナサン号の傭兵の中でも下の方の役割を担っていたということも。
クララを寝かしつけて戻って来たサニーとも合流し、彼等はぐるりと岩を取り囲んだ。そして、ウェッジの正面に座ったリアは、彼を見据えながら口を開いた。
「ウェッジというそうだな。」
「…………。」
「聞かれたことに答えろ。」
リアはスラリと剣を出し、男の喉元に当てた。男は過去の記憶が蘇り反射的に身を固くした。
「…………はい。」
か細い声で答える男を見つめながら、リアは剣を鞘へ戻した。
「安心しろ。私はお前のことを名でなぞ呼んでやらぬ。お前の名は今からジョナプーだ。分かったな!」
リアが左右を眺めると、マーシューブの民達は複雑な表情で頷いていた。リアの耳には、酷ぇーと呟くサニーの声が聞こえた。
「では、ジョナプー、お前に尋ねる。ジョナサン……いや、ボウリとは何者だ?」
「分かりません。」
「即答だな。ボウリとはどこで知り合った?」
「…………。」
「どこで知り合った?」
「…………。」
「答えたくないのか?」
「その…………。答えても……答えなくても……俺は死刑になるんすよね?」
「恐らくな。」
「だったら一思いに――。」
「そんなに都合のいい話ある訳ないだろう?」
「は?」
「ある意味、あの時死んでいた方が楽だったかもしれないな。お前が喋らなかったら――例えば、お前の片足をこの岩に縛り付ける。で、もう片方の足にもロープを付けて我々全員がそれを引っ張るんだ。一気にいったらそれこそ一思いだからジワリジワリとね。」
リアがそう言うと、ウェッジは顔を青くした。
「あまり余計なことは考えずに大人しく答えた方が身の為だ。で?どこでボウリと知り合ったんだ?」
「……ちゅ、中央広場の掲示板に、傭兵募集のビラが貼ってあったんです!!」
「中央広場の掲示板だって!?」
「はい!腕に自信のある者を求む。期間は数か月、未定。家には帰れず極秘内容を含む為、単身者であること。報酬は五千ギラ。」
「五千ギラ!?」
「驚きますよね?俺だって驚きました。」
「一生働かなくていいような金額だからな。おかしいと思わなかったのか?」
「そりゃ思ったすよ。でも金額が金額ですから。」
「そんなの怪しいに決まってるだろ!!」
「希望者は、某日、王立運動公園の多角的運動研究会と書いてある会議室に来るようにと指示がありました。」
「畜生!!そんな目と鼻の先で!!公共の施設を使って何が多角的運動研究会だ!!」
「俺はビラの指示通りに、運動公園内の建物に入りました。ある種の冗談かとも思ってたんですが、ちゃんと多角的運動研究会と書かれた立て札があって、中には百人くらいの猛者が集まっていました。」
「百人だって!?」
「俺もびっくりしました。あんな嘘みたいなビラでそんなに大勢の人が集まって来るなんて。」
「中央広場に用はなくても、あそこを通行する人は結構いるだろうからな……。で?その百人はどうしたんだ?いやいやその前に、呼んだ側の人間は複数人いたのか?」
「いえ。ボウリ様一人だけでした。」
「あ、そう。」
「まずは個人面接からでした。会議室の奥にある小部屋に一人一人通されて、かなり待たされました。」
「一人が一人で?そりゃあ相当時間が掛かるだろうな。」
「その通りです。でも金額が金額ですから。」
「うーむ。ボウリは何から聞いてきたんだ?」
「何から?ん、えっと……近辺に家族がいるか、いないかです。」
「そこ!?む……いや、大事なポイントだ。身近に愛する家族がいれば、家の人どうしてるんでしょう?と、どこかの機関に尋ねる可能性がある。ボウリはそれを嫌がったんだな?」
「多分。実際あのビラをきちんと読んでいない者が数多くいて、五割はここで消えました。」
「五割?随分多いな。これで百から五十か。その後は?」
「再び面接です。傭兵として何が出来るのかとか、出身地や家族構成とか、何故五千ギラが必要なのかとか細かく聞かれました。」
「ふうん。今の質問、何て答えたんだ?」
「え?あ……傭兵としては一通り……何でも。家族はセインティア北部に目の不自由な母と病弱な妹がいて、その薬代を稼ぐ為にどうしても――。」
「嘘だな。」
「え?」
「と、ボウリに言われなかったか?」
「い、言われました。」
「だろうな。因みに知人の借金を肩代わりして、というのも嘘だから。」
「何故分かるんです?」
「まあ、急に話を振られて出て来る理由といったらそんなところだろうよ。で、結局何と答えたんだ?」
「…………。」
「ジョナプー、さっさと答えろ。言っておくが怪しいボウリなんて男に家族のことを話すよりも、私に話した方がよっぽど安全だ。私は歩く公的機関でもあるんでね。」
「は……母親と妹がいるのは本当です。父親はいません。ガンビアスの出身ですが……ガキの頃にやんちゃして……街にいられなくなって……流れ流れてセインティアまで来ました。」
「ガンビアス?随分流れて来たな。まあ、ボウリにとっては好都合だろう。ガンビアスにいる母親と妹が、お前の消息を必死に捜すとは思えない。五千ギラの使い道は?」
「あー、えー、どこかの飲み屋で……ある男と意気投合して……面白い場所があるからこれから一緒に行こうと誘われて……。」
「面白い場所?」
「付いて行ったら賭博場でした。」
「ほう?」
「俺はこんな所で遊ぶ金はないってそいつに言ったんすけど、今日は俺が貸してやるって金くれて……。そしたら何もかもがうまく出て、凄い金額になっていました。」
「ダメじゃん。」
「その通りです。良かったのは最初だけで、いつの間にか途轍もない借金が出来上がっていました……。」
「という内容を、お前はボウリに話したのか?」
「はい。あの人もあなたと同じように、なんかうまい感じで誘導してくるんっすよ。」
「一緒にするな!!で?その二次面接でメンバーが決まったのか?」
「違います。」
「違います?三次面接まであったのか?」
「いいえ。三次は実技でした。」
「実技だって!?」
「二次面接に残った者は、日を改めて後日、運動公園に来るようにと指示がありました。」
「実技試験だと知っていたのか?」
「はい、それ用の準備をして来いと言われましたから。」
「何をやらされたんだ?それから、二次を通ったのは何人くらいだったんだ?」
「確か、二十二人です。当日やらされたのは……もうやれることは全部って感じです。」
「やれることは全部?」
「その日はボウリ様が運動公園を貸し切っていたみたいで、やれることは全部っす。剣術、矢術は勿論のこと……馬術、レスリング、陸上全般……。短距離、長距離、投擲、高跳び……三対三のボールゲームなんてのもやらされました。」
「なんじゃそりゃ!?」
「ほんと、ヘトヘトっすよ。」
「それで、最終メンバーが決まったんだな?」
「はい。」
「その後はどうしたんだ?」
「その後は、選ばれたメンバーは最初に呼ばれた会議室に集まって――。あ、そういえば!!」
「何だ?」
「そういえば、落ちた人達も呼ばれて金を貰ってました。」
「落ちたのに!?」
「そうなんすよ、この選別の口止料ってとこなんでしょうね。」
「随分太っ腹だな。いくら貰ってたんだ?」
「コソコソやってましたけど、三ギラだ!って泣いて喜んでいる輩がいました。」
「三ギラ?本当に太っ腹だな。受かった九人も貰ったのか?」
「はい。でもその前に会議室に行くように言われ、そこで今後の予定などを伝達されました。」
「ふむ、それで?」
「えっと……まずは行き先。エクリスタであることを伝えられました。それからセインティアからの出立日時と集合場所。」
「行き先がエクリスタだと聞かされて皆驚いたんじゃないか?ついさっきまで実技試験をやってたんだろ?」
「おおー!!という歓声というかどよめきのような声が上がりましたね。うちらは教養がないので地名を言われてもよく分かりません。でもエクリスタは分かる。エクリスタはセイントレア国の最南端。呪文のように覚えさせられましたから。皆それが分かったようなフリが出来るのが嬉しくて、そんな声が出たんだと思います。」
「意気揚々だな。うまく士気を使っている。他に伝達事項は?」
「なるべく馬車や宿を利用するつもりだが、それが叶わないこともある。各自野営出来る準備をして来いと。その際食糧の準備はしなくていい。それは行く先々で考える。」
「実際その通りになったのか?」
「そうだと思います。宿があるような町では必ず取ってくれたので、やむを得ず野営をするようなことになっても、特に不満は出ませんでした。」
「最初の馬車はどうだったんだ?それはボウリの私用車だったのか?」
「いえ、そんなことはありません。普通の辻馬車だったと思います。」
「普通の辻馬車?」
「ええ、全くもってごく普通の。集合場所の運動公園に二台来て、このまま南下したら夕刻はポルキッツ辺りだろうなと思ってたらその通りで、最初はポルキッツで宿を取りました。」
「ふん……。本当に素性が分からないようにやってるな……。ところでこの任務の目的、みたいのは聞かされたのか?」
「いえ、その時は全く。そういえば、再度会議室に集まった時にそう聞いた奴がいたな……。何だったかなあ。」
「覚えとけよ!!」
「ん――。あ!!えっと……今は言えない。道中程よき時に話す、と。」
「よくそんなんで付いて行ったな!!」
「ねえ……?」
「それで、仕事の目的は分かったのか?」
「はい。丁度行程の半分くらいの所だったと思います。割と立派な宿に泊まって、夕食はバイキングって言うのかな?なんかパーティみたいな感じでした。」
「今まではそんな感じじゃなかった?」
「全然。でもかなり厳しい旅になると覚悟してましたし、野営するよりは屋根のある所で寝られるだけでラッキーだと思ってました。」
「なのに立派な宿を取って、豪華な夕食だったんだな?で、その時明かされた仕事の目的とは?」
「…………王女の暗殺です。」
「ふう、そのタイミングでね。」
「はい。」
「続けて。」
「王女が王位を狙って、国王を亡き者にしようとしている。我々はそれを阻止する為に集められた精鋭部隊だ、と。」
「信じたのか?」
「信じてる者もいましたね、或いは全く信じていない者も。」
「お前は?」
「半信半疑ってとこですかね。この極秘っぷりは信憑性があるような気もするし、かと言ってこんな寄せ集め集団でいいのかって気もするし、でも下手に軍とか出て来たら大事になって暗殺出来るような環境じゃなくなるのかな、とか。でも最終的には誰も信じてませんでしたね。考えてみれば王女が謀反を企んでいるのなら、その証拠を掴んで日の目に晒してしまえば必然的に死刑になりますもんね。」
「逃げ出す奴はいなかったのか?」
「いなかったっすねー。酒も飲んでたしいい飯食って、全体的にやる気満々って感じでした。元々頭で考えるよりも腕力自慢の奴らばかり集まっているんで。」
「うーむ、単純すぎる。」
「そういうもんす。そうだな……いなかったけど、もしいたとしたらそいつ殺されたんじゃないかなあ。」
「ボウリに?」
「ええ。俺も後から考えたんすけど、半金の二千五百ギラを貰った時点でずらかっててもよかったかなって。でもそうしてたら多分殺されてた。ボウリ様って本当に抜け目がないから。」
「二千五百ギラ貰ってた!?」
「はい。受かった当日に、小部屋に通されて。」
「凄いな。二千五百ギラ掛ける九人分!?一体どんなバックが付いているんだ!!」
「ほんと謎です。ボウリ様は小さな金を持ち歩いていました。それを行く先々で換金して必要な支払いをしていました。」
「相当大きな組織が裏についているな……。ボウリに関しては本当に分からないんだな?」
「分からないっす。」
「貴族なのか?」
「だと思うっす。」
「む……まあ普通に考えたらそうなんだろうが……。」
「あ、何か分かります。実務に長けた貴族っていうか。」
「貴族も色々いるからな……。しかし、伯爵や男爵本人って感じじゃないよな……。」
「に、使われてる人って感じっすね。」
「服は?普段はどんな服装をしていたんだ?」
「普通の普段着っすよ。もちろん俺等もそうです。戦闘服着てたら暑いし目立っちまうでしょう?」
「マーシューブと対面した時は戦闘着だったと聞いたが?」
「直前に着替えさせられました。向こうが信じるようにって。」
「本当にムカつく奴だな。あ!そう言えば、残りの半金はいつ貰うんだ?」
「ああ、それねえ……。ボウリ様は先に本国へ戻ったじゃないですか。で、俺等も首尾よく仕事して無事セインティアへ戻ったら、中央広場に張り紙を張っておけと。」
「また中央広場か!」
「ええ。俺等には番号が与えられているんすよ、優劣関係なく。俺の番号は6。「かっこうが鳴いた6」と書いておけって。」
「それはどういう意味なんだ?」
「意味なんてないす。6が戻って来たから、残りの報酬を用意する。指示は改めて掲示板に張ると。」
「ほう。貰えなくて残念だったな。」
「貰えなくていいから自由になりたいっす。」
「何贅沢なこと抜かしてるんだ?しかし……これは使えるかもな。おい、ジョナプー、王女は殺せなくて今の文言を書いたらどうなるんだ?」
「どうなるんでしょうね……。ボウリ様はあんな感じですけど、いやあんな感じだからこそ、報酬の約束は守ってくれるような気がするし……口封じに殺されそうな気もするし……。いや、案外払ってくれるのかな。セインティアに謎の死体が一つ出来るよりも、金さえ払えば後は野となれ山となれ消えてくれる方が楽なのかもしれない。」
「ふむ……。それはありそうなことだな……。それともいっそのこと王女を殺してしまえば…………。いや、いかん!ちょっと頭が混乱して来た!!」
リアは頭を押さえて首を振った。
「リア、どうしたの?」
サニーが心配そうな目を向けてリアに尋ねた。
「すまん、情報量が多すぎて処理出来ない自分がいるのが分かる。」
「寝てないしね。」
「その通りだ。一旦打ち切る。サニー、お前も疲れているだろうが後を任せてもいいか?」
「もちろん!」
「ジョナプーをここへ置いておくと干枯びるから、適当な小屋へ連れて行ってくれ。その際水は飲めても脱走と自害は出来ない程度に縛っておけ。」
「了解しました。」
「それが済んだらお前も寝てくれ。その後は――。」
リアはマーシューブの民達を一人一人見渡した。
「その後は、お前達でジョナプーを監視するんだ。全員でなくていい、交代で休め。」
「はい。」
マーシューブの民達は神妙に頷いた。
「水はやってもいいが、私の指示があるまで飯は与えるな。共に過ごして来たのだから温情はあるだろうが命令だ。こいつが、こいつらが、私の仲間を、私の幼馴染、後の宰相を殺したことを努々忘れることがないように。」
「へい!!」
マーシューブの民達は深く叩頭した。
「それからな。」
リアはウェッジを舐めるように下から見上げた。
「お前も、私に協力しておいた方が身の為だ。下手なことは考えるなよ。」
うだるような陽光に晒されているにもかかわらず、ウェッジはゾクッと背筋が凍るような気がした。この人の目は剣で出来ているのか?
リアは体勢を戻し、かったるそうに口を開いた。
「じゃ、悪いが私は適当な所で寝てるから。皆、後のことよろしくな。」
リアは手をヒラヒラと振りながら、砂浜を去って行った。




