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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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マーシューブの民

 「で?」


 リアはクララとサニーを目で見送った後、額突いているマーシューブの民達をクルリと振り返った。

 マーシューブの民達は、これでもかというように、更に更に低く叩頭している。


 「………………。」


 「黙っていられても困る。何故こういう状況になってるんだ?」


 「え……あ、そのう…………。」


 マーシューブの民の一人がしどろもどろになりながら口を開いた。年の頃は六十くらい。中肉中背のごま塩頭。仲間内からヤンジと呼ばれていて、今に至るまでにマーシューブ側のリーダー的存在なのだとリアは理解していた。


 「いや……その、今回の件、王女様におかれましては何と御礼申し上げてよろしいやら……。」


 「ヒィ――!!そういうの全部省略!!」


 リアは手を振りながら激しく首を振った。ったくこれだから田舎の人間は!と心の中で毒づきながらも、リアははたと考えた。


 そうだよな。この人達は自給自足で生活していて、私のような立場の人間と会うことなど思いもよらなかったんだよな。いや、街の人間と会う機会だって滅多にないのかも。どうしたんだと問い詰めるより、時間はかかるけど少しずつ解きほぐしていった方がいいのかもしれない……。うぅ、それにしても時間がないが!いや、焦るな焦るな、今までの状況よりは遥かに好転している!


 リアは気を取り直して顔を上げた。


 「あー、えーっと、だからさ、お前達は、王の特殊命令で、王女を殺すように……あー、違うな。王女を殺せとの王令を受けた特殊部隊に、協力しろとの要請があったんだな?」


 「そんな!!」


 「違うのか?」


 「ち……違いません。」


 「そうか、それで?」


 「それで……?それで……私達は……縛り首でしょうか……?」


 ヤンジは涙を拭いながら項垂れた。


 「はあ!?」


 リアはあんぐりと口を開けながら彼等を見つめた。やはり、認識にかなりの齟齬がある。


 「絞首刑にはならないよ。だったら何故私がお前達を助けたんだ?」


 「そ……そうですよね!!」


 「お前達は騙されたんだろう?騙されたのなら仕様がない。私が知りたいのはお前等を騙した黒幕だ。私には一刻も早くセイントレアに帰る義務がある。それにはお前達の情報が不可欠なのだ!!」


 「は、はい――!!」


 彼等は再び首を深く垂れた。


 「で?」


 リアは再び彼等に問い掛けた。それでも彼等は困ったように首を捻っている。


 「で……何からお話すればよろしいのでしょうか……?」


 「何から?勿論全部だよ。ああ、そうだな。奴ら……仮にジョナサン号の傭兵とでも呼んでおこうか。あいつらとの最初の接点は何だったんだ?」


 「は、はい!」


 リアが問うと、ヤンジは漸くほっとしたように話し始めた。


 「最初の接点は……ジョ、ジョナサン号の傭兵達が、王の特殊な親衛隊だと名乗って我々の集落を訪れたのです。我々にしか頼めないことがあると言って。」


 「頼みだって?」


 「そうです。小型船を作って、どこかの無人島へ送って欲しいと。その際エクリスタに我々の動きに気付かれてはならない。エクリスタは王女の味方だから。」


 「勿論エクリスタは王女の味方だよ?でもその前に王の味方だと思うけど?」


 「も、申し訳ありません……!!」


 「もうそれいいから。要は騙されたんだな?」


 「はい!!王女が王位を狙って、王を倒す計画を立てていると!!」


 「はあ!?王位なんて狙わなくてもゆくゆくは私のものになるんじゃないか?ちょっと……いやいや、気長に待っていればいればいいのに、私はそれすら待てないお馬鹿さんなのか?」


 「そ、そうですよね!!」


 ヤンジはしきりに額の汗を拭っている。その時、


 「あの……よろしいでごじゃるか……?」


 マーシューブの民の一人が声を掛けた。歳は七十くらい。確か仲間内からヒラと呼ばれていた筈だ。


 「何だ、ヒラ?」


 リアがヒラに向き直ると、ヒラは深く叩頭した。


 「姫様に名を呼んで頂けるとは有り難き幸せ。ヤンジが言葉に迷っているようなので助太刀を。儂は齢八十二。言葉を誤って切りつけられても十分長生きいたしやした。」


 「切り付けないから!さっさと話せ!」


 「御意。奴らは突然現れやした。山側から大きな荷物を沢山背負って、この集落の者と話がしたいと言って来やした。」


 「ほう。」


 「儂らは連れ立って奴らを迎えやした。向こうは十人。戦闘衣のような物を着て儂らに対して平伏しておりやしたが、中央にいるボウリ様だけは立派な貴族の装束を着ておりやした。」


 「私の中では、ボウリ、イコールジョナサンだと認識しているが、それはどうなんだ?」


 「その通りでございやす。ジョナサン、及びジョナサン号は、船がレスカ国のウバーハに入港し問質された際に、急に出て来た名でございやす。」

  

 「だと思ったよ。続けて。」


 「奴らの要件とは、先程ヤンジが言った通りでございやす。王女が王位を狙って現国王を亡き者にしようとしているから協力して欲しいと。我々は極秘裏に存在する王の親衛隊だ。我が国の軍は全て王女の子飼いだから、決してエクリスタに気付かれてはならぬと。」


 「子飼い!?一体私は幾つなんだ!!で、お前等はそれを信じたんだな?」


 「信じやした。」


 「その根拠は?」


 「根拠?ん……そうですの。溢れんばかりの金銀財宝ですかの。」


 「そ、そうか……。」


 リアはがっくりと首を垂れた。


 「勿論それだけではありやせん。彼等が困っていて、我が国の王の為に儂らを頼って来たということですかいの?」


 リアは落としていた目を上げた。


 「儂らは誰一人自分の力で生きて来たとは思いやせぬ。多くの人の手によって生かされて来やした。家族、仲間、日々の糧を与えてくれる海と山。それらを統治する国王。困っている者を見捨てると、それは何れ己に返って来る。昨日まで喧嘩していた相手が目の前で溺れていた時、儂らは必ずそれを助ける。裏切るとか見捨てるとか出来ない種族なのじゃ。狭い社会で生きてきたからのう。」


 「そうか……。」


 リアは再び目を落とした。この世界には様々な人間がいて、様々な環境があり、様々な考え方がある。


 「お前達の事情は分かった。ところで、船はどうやって調達したんだ?まさかお前達が造ったんじゃないだろうな?」


 「儂らが造りやした。地元のマーシューブで造りやした。」


 「造れるのか!?」


 「造れやしたね。儂らも半信半疑でしたがええ船が造れやした。」


 「ジョナサン号の傭兵にその知識があったのか?」


 「いんや、全く。」


 「ならばどうして!?」


 「それはの、儂らに金がないからですわ。」


 「金がない?それは分かるが、基本自給自足なのだから金は必要ないんじゃないか?」


 「それがそうでもないんでやんす。儂らが生活していくうえで金は必要ありやせん。じゃが、子や孫らをエクリスタに送り出す際には、幾ばくかの金を持たせてやらにゃなりやせん。」


 「なるほど。そこはマーシューブから出るなとか言わないんだな。随分寛容なんだ。」


 「マーシューブを離れて外の世界を見てみたいという若者の好奇心には叶いやせぬ。何故なら、儂らだってそんな若者だったからでやんす。」


 「へえー!そういうもんなんだな!」


 「今はマーシューブを出るなやら、墓がどうのこうのと言う大御所は皆亡くなりやした。今いるマーシューブ人はなるようになればよろしと思っておりやす。」


 「ほう。」


 「儂らに金は必要ありやせん。じゃが、子や孫らをエクリスタに出すには無一文でという訳にはいかぬ。じゃから儂らの殆どは、エクリスタでの出稼ぎ経験があるのじゃ。」


 「なんと!!」


 「漁業、航行、造船、雑務。その時に必要な募集があれば何でもやりやしたさ。そこにおるヤンジの息子なんかもの、エクリスタで有名な……あー、えー、何じゃったかいのう?」


 「ライト造船です……。」


 「そうじゃった、そうじゃった!!ええところに丁稚奉公に入ったのは良かったんじゃが、なんとこやつが学校に行きたいと言いよりよってのう!」


 「エクセレントスクールに!?」


 「ましゃかましゃかのましゃかでごじゃる!儂らが教えられることはグッドスクール程度のことでしかありやせん。セッピはグレイトスクールへ行きたいと言っておったんじゃよな?」


 「へい。しかし……結局ブリリアントスクールまで出しました。」


 「こやつも苦労しよっての。結局何年エクリスタにおったんじゃ?」


 「八年です……。」


 「そう八年!!八年もの間、ヤンジは息子と共にライト造船で丁稚しとったのじゃ!」


 「それは凄い!!六人乗りの船を造るのなんてちょちょいのちょいだな!!」


 「そんな訳ないじゃ――。」


 「その通り!!しかも姫様、驚くことなかれ。ヤンジはセッピが学校で習って来たことを、常に共有していたのでごじゃる!」


 「素晴らしい!!」


 「それほどのことでも――。」


 「それほどのことじゃ!じゃが……折角のお主の、いや、これではまるでお主の責任じゃと言うておるようじゃの。言い換えるでごじゃる、儂らが培って来た知識を悪用されて誠に無念でならぬ。儂らは甘かったのじゃ……。」


 「そうは思わないけど。人は一人では生きられない、困っている人を見たら助けずにはいられない。それはお前達にとって価値ある考え方だ。私も素晴らしいと思う。しかし……。」


 「しかし?」


 「しかし残念ながら、国はそれを積極的に保護することが出来ない。」


 「承知の上でございやす。悪い輩もおりやすからな、今回の件のような。」


 「その通りだ。」


 「儂らの集落もなるようになるのでございやしょう。儂らは丁度中間の世代でやんす。上は保守的、下は能動的。あとは若いもんの好きにしたらよろしと思っておりやす。」


 「個人的にはそんな集落がずっとあり続けてくれたら良いのにな、と思うのだが……。」


 「儂らは姫様にそう言っていただけるだけで嬉しゅうごじゃりやすよ。姫様、他に質問は?」


 「そうだな……。エクリスタ曰く、マーシューブの海は遠浅で船の出入りは出来ないと言っていた。だが、お前達はマーシューブで造船し出航したと言っている。一体どうやったんだ?」


 「船は儂らとジョナサン号の傭兵と共同で作りやした。指示するのはこっちじゃが、奴らは儂らの指示通り、従順に木を切り倒したり削ったりの作業をしておりやした。ご存じの通り、儂らはあんな辺鄙な所に住んでおりやすので客人が来た折には大宴会になりやす。じゃが、あやつらはそれを固辞して集落から離れた場所に、ん、そうじゃの……丁度この海岸にあるような掘っ立て小屋を建てて寝泊りしておりやした。」


 「疑わなかったのか?」


 「その時は全く疑いやせんでしたね。王の極秘の親衛隊なのじゃから、儂らのような者と気安く話してはいかんのじゃと思っておりやした。」


 「なるほどな。」


 「その代わり、船を出す際にはマーシューブ全員で、まるで祭りの時のように見送ってくれやした。皆で船を担いで珊瑚礁を泳いで渡り、絶対に船が座礁しない深さのある所まで船を掲げて運びやした。」


 「そうだったのか!あれ……?でも全員乗れないんじゃないか?」


 「二回に分けて行きやしたね。先発は漕ぎの儂ら六人と傭兵五人。無人島を決めた後、ボウリ様を含めた残りの五人を迎えに行きやした。マーシューブに近付いた時には座礁せんよう皆で船から降りて泳ぎやした。マーシューブの仲間も気を張ってくれておりやしたから、そんな動きがあれば直ぐに気付いて手伝ってくれやした。」


 「凄い。やろうと思えばやれるんだな。私はここへ残った傭兵二人の話を立ち聞きしたのだが、この島を見つけたのは偶然なのか?」


 「へい。先程申し上げたごとく、儂らは大体の者がエクリスタへ出稼ぎに行った経験がありやす。漁師の手伝いをしていた者の話を元に、ここいらがええんじゃないかと決まりやした。その勘は間違ってなかったと思いやす。」


 ヒラがマーシューブの民の一人を振り返ると、彼は頷きながら深々と叩頭した。


 「お前達が優秀過ぎて良かったんだか悪かったんだか……。レスカ国へ、ボウリを乗せて船を渡したのはお前達だったのか?」


 「へい。皆で知恵を合わせて、ボウリ様をレスカ国へ渡しやした。じゃが、このあたりから儂らも疑いを抱くようになったんじゃと思いやす。」


 「どのように?」


 「ボウリ様がウバーハ港への入港手続きを知らなかったのも不審でしたわ。王の使徒として遣わされたのなら数日の滞在になると思っておりやしたのに、その日の内に、しかも夜間に、まるで逃げるように船を出せと言う。」


 「その後はどうしたんだ?」


 「とりあえずはここへ戻って来やした。ボウリ様はジョナサン号の傭兵達に何か指示をしているようでしたが、儂らには分かりやせん。儂らはボウリ様の要請通り、彼を一旦マーシューブへ送り、またこの島へ戻って来やした。本当に申し訳ないんじゃがの、儂らはそれでもまだ王様の為に働いていると思っておったんじゃ。」


 「まあ……それは仕様がない。ジョナサン号の傭兵達は、お前達がレスカへ行っている間はどうしてたんだ?」


 「そうですのう……。衣食住の確保とこの島の調査、航行する船の観察、おお、それから漕ぎの練習をしておりやしたの!」


 「漕ぎの練習だって!?」


 「へい。儂らがボウリ様を乗せてレスカ国へ立つ前に、簡単な筏みたいなもんをこさえてくれと頼まれましたのじゃ。儂らがおらん間に漕ぎの練習をしたいと言うての。」


 「行き当たりばったりのようだが準備万端だな。」


 「振り返ってみるとそうですの。そうそう、筏は小さいもんで皆では漕げんじゃろ?他のもんは火矢の仕掛けなんぞをこさえておりやした。」


 「腹が立つ……。本当に腹が立つ……。まるで運が見方をしているようだ。」


 「ふむ……。じゃが姫様、それもここまでの話じゃ。あやつらは死んで姫様も儂らも生きておる。いや、姫様に生かして貰ったとでも言うべきじゃな。」


 「それはお互い様だ。だが、あいつらのせいで私は多くの若い兵士を亡くしてしまった。私は絶対に許さない。」


 「その通りでございやす。儂らもこんだけ協力させられといて、口封じに海へ落とされる運命だったとはのう。残酷なもんじゃ。」


 「うむ……。一応聞いておくが、ボウリとは何者だ?」


 「分かりやせぬ。」


 「だろうね。」


 そう言いながら、リアは遠く視線をやった。


 「あいつも知っているかどうだか……。」


 リアは溜息をつきながら一点を見つめた。リアの視線の先には、大きな岩に縛り付けられた、ジョナサン号の傭兵の生き残りがいた。





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