高速艇
3.高速艇
「泳ぎがお上手ですねえーー」と私は、心にも無いのにあるように感嘆して見せた。貴女の泳ぎは45度に角張っていて嫌味である、なんて真実は語らない。当節の若い男は軟弱だから、こんなうまい嘘をつけないが、軟弱でないから私の嘘は真に迫って滑らかである。
続いて「動作が美しいですねえ」と、これも正反対の事を言ってみたら、案の定角度45を鼻に掛けているらしく、見掛け四十真実五十過ぎの女は、ニッコリして暗に肯定した。意外と自意識が強い。
覚えていて損はないが、ニッコリさせれば、大概の女は既に九十%成功したも同じ。残りの十%は、女の振りをしている男に違いない。けれども、一体「何が」九十%成功なのかなんて訊くな。野暮というもの。
「俳句の女」は、「でも、スピードが思うように出なくてーー」と申し訳け無さそうに告白した。やっぱり、身の程が判っている。
「いいえ、新幹線じゃないんだから、スピードよりも芸術点で行きましょうや!」と、こっちが励ましたら、先ほどのニッコリへ、女は更に笑いを一つ追加した。この追加で、成功はいよいよ疑い無し。となるとーーー、小奇麗なラブホは近所にあったかいなーーー。
「何処から来ているの?」と探りを入れたら、「N町よ!」。西洋式な顔立ちから見て、遠方のカムチャッカの辺りかと思っていたが、案外とウチから近所だ。中級住宅地である。
「ご主人は一緒に泳がないの?」と探りの第二弾を入れると、「いいえ、一人なのよーーー」。なかなか「美味しい」返事である。
続いて、「動作が美しいですねえ」と、これも正反対の事を言ってみたら、案の定角度45を鼻に掛けているらしく、見掛け四十真実五十の女は、ニッコリして暗に肯定した。意外と自意識が強い。
覚えていて損はないが、ニッコリさせれば、大概の女は既に九十%成功したも同じ。残りの十%は、女の振りをしている男に違いない。けれども、一体「何が」九十%成功なのかなんて訊くな。野暮というもの。
「俳句の女」は、「でも、スピードが思うように出なくてーー」と申し訳け無さそうに告白した。やっぱり、身の程が判っている。
「いいえ、新幹線じゃないんだから、スピードよりも芸術点で行きましょうや!」と、こっちが励ましたら、先ほどのニッコリへ、女は更に笑いを一つ追加した。この追加で、成功はいよいよ疑い無し。となるとーーー、小奇麗なラブホは近所にあったかいなーーーと頭を巡らせた。
「何処から来ているの?」と探りを入れたら、「N町よ!」。西洋式な顔立ちから見て、遠方のカムチャッカの辺りかと思っていたが、案外とウチから近所だ。中級住宅地である。
「ご主人は一緒に泳がないの?」と探りの第二弾を入れると、「いいえ、一人なのよーーー」。なかなか「美味しい」返事である。
けれども、これだけでは独身の意味か、バツイチか、旦那ありで男は泳ぐ趣味がないのか、の判定は出来ない。こっちの質問が中途半端だった訳だ。重ねて同じ目的で尋ねるのは下心を読まれて、これまでの複数の成功がまとめてパアになるから、初回はここまでで我慢した。
しかしこんな事位で、がっかりしてはいけない。プールに女は一人や二人ではない。多種・多機能なのが棲んでいる。
私は往復50mを60秒の記録保持者だと先に書いたが、これを40秒を切って往復するクロールの女王が金曜日の夜八時頃のプールに居る。ターボエンジンがついているのだろうか、こづくりのすっきりした顔立ちもイルカに似て水の抵抗を減らしているのだろう。私の知る限り一番の高速艇だ。歳は30少し前か、ちょうど頃合いである。これも、何の「頃合い」かと野暮を訊ねめさるな。
先の「俳句の女」と違って、泳ぎに無駄がない。45度なんか無視してギクシャクせず、流れるような流線型で泳ぐ。クイックターンなんか、手馴れたもので美しい。スピードに乗って壁手前5m位でターンの姿勢に入り、次いでクルリと体を反転させる。反転させつつ勢いが付いたまま流れる体が、壁に激突かと思う瞬間、縮めていた逞しい脚をバネ仕掛けのように伸ばして、壁をキックするのだ。
躍動する姿は自然で力強く、何のためらいも無い。ため息が出るような、極上の品である。




