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九百十六:泰子さんの話(813) ★野心のすすめ ― 「低め安定」の人生(6)

九百十六:泰子さんの話(813) ★野心のすすめ ― 「低め安定」の人生(6)


 一度社員のA君(=彼は、数年前にもう辞めたが)と、プライベートに話をした事がある。何気ない雑談中に、彼がふと漏らした:(利益の配分は)「資本家と労働者ですからねえーーー」

 聞いて、私は唖然とした。考古学者と話をしている気がして、二の句が継げなかった。


 A君の考えでは、自分は労働者として労働を提供する。その対価として会社は給与を払う。だから、会社が儲かっているなら、もっと会社は利益の分配率上げて労働者に分けるべきだ、ということになる。そこで思考が止まっていて、それ以上の発展が無い。


 一方で、経営者の私は、元々考古学者ではない。だから、社員を労働者とは見ていない。むしろ同僚に近い。給与は、多く欲しければ「自分で勝ち取るもの・勝手に勝ち取れ」と、多少とも突き放して考えている。考古学よりも近代的ではあるまいか。

 ウチでは、商品の仕入れ価格も原価も、その気になれば社員は知っている。「仕入れ価格のxxx倍で売りなさい」と、日頃から教えているからだ。数字が正確でなくても会社の儲けも、大体推測が付く。


 となれば、自分の適切な給料も見当がつくってわけだ。例えば月間100万円しか製品を販売していないのに「給料50万円下さい」と言ったら、「お前、アホか」と返されるだけだ。先のA君について会社では、もっと給与を上げてもらうために、自分の能力を高めたらどうか、勉強をしたらどうか、と考えている。営業に出て、大きな成果を上げたらどうかと、考えているのだ。


つづく


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