1914/1939
九百二:泰子さんの話(799) ★お金の話(4)
九百二:泰子さんの話(799) ★お金の話(4)
八十近くになったある日、たまたま、私は人づてに彼女がまだ健在なのを聞いた。
懐かしさが胸をよぎり、私は近況を尋ねる手紙を書いた。彼女は家柄も良く昔美しかったから、よい縁談に恵まれ、裕福な家庭の専業主婦として幸せな人生だったろうと想像していた。私の手紙は、旧友と再会するような、ヤアヤアヤアと、そんな軽い気持ちだった。住所を知らなかったので、人を通じて手紙を渡して貰った。
ところが、矢張り人を通じて返ってきた返事は、「記憶にありません」の一言であった。思いもよらない愛想の無い言葉に、私はむしろびっくりした。まさかとは思いつつ、最初は、遠い昔のことをまだ恨んでいるのかと思った。あるいは、高い自尊心がゆえに、私を拒んだのかとも考えた。だが、その後知った事実は、私の想像をはるかに超えていた。
彼女は若くして離婚した。夫婦の1/3が離婚する現代とは、背景の時代が違う。私及び彼女の年代で、当時身の回りで離婚を耳にするのは、非常に稀だった。その稀なケースだった。二人の子を抱え、一人で生計を立てなければならなかった。資格があったから幼稚園の先生をしたが、収入が高かったとは思えない。
つづく




