九百一:泰子さんの話(798) ★お金の話(3)
九百一:泰子さんの話(798) ★お金の話(3)
何十年ぶりかのS君の声は、どこか戸惑いを含みながらも、確かに昔の面影を私に感じさせた。手短かであったが私は旧交を温め、クラス会への参加を強く促した。
けれども彼は、どうしても首を縦には振らなかった。彼は理由を言わなかったけれども、先の私の十秒の予感が、的に当たったのを感じた。電話で、それ以上に会話を続けるのが、私はむしろ怖かった。仲の良い友人だったからこそ、彼は落ちぶれた自分の人生を、見せたくなかったのだ。生活保護を受けているのを思わせた。
もう一つ、忘れられない出来事がある。
大学生のころ、一つ年下の女性と五年ほど交際した。初恋であった。私の方から熱を上げていた。なにせ中二の時代から、秘かにあこがれていた人だったから。
家柄が良く育ちの良い人で、おとなしい人だった。双方の親も、若いが故にぎこちなかった二人の付き合いを温かく見守ってくれていた。もし私が普通の青年であったなら、そのまま結婚していたと思
う。
けれども、社会へ出てまだ二十歳過ぎだった私は、自分の夢ばかりを追っていた。平たく言えば「社長」になりたかった。家庭を築くより、自分の人生に賭けたい気持ちの方が強かった。
嫌いになったわけではなかったし、心変わりでもなかった。ただ、結婚して一旦楽しい目を味わってしまうと、自分の大事な夢を失うと思って、それを恐れたのだ。若さとは時に、自分の理想しか見えない。結果、私は彼女を失った。
それから何十年も過ぎ、異なる人生を歩み、互いに相手の事を忘れた。少なくとも私はそうだった。
つづく




