八百九十五:泰子さんの話(792) ★宇宙語と音楽(2)
八百九十五:泰子さんの話(792) ★宇宙語と音楽(2)
ところが、その孤独な旅路の途中で、主人公は偶然にも異星人の宇宙船と遭遇する。言葉も姿形もまるで異なる知的生命体だ。それでも二人は少しずつ友情を育ててゆく。
確かに、途方もない物語だ:私は、この場面を読みながら、異星人との意思疎通とは何によって可能になるのかという問題に、少しばかり考え込んだ。ヘイルメアリー内で活躍するのは船内に装着されたAIである:小説の中では、主人公の食事を用意したり、衣類を洗濯したり、異星人の言葉の翻訳や解析を助ける。音の規則性を分析し、互いの言語を少しずつ理解出来るようになる。
しかし、本当に二人を結び付けたものは、AIの翻訳能力ではなかった。
仲間を案じる心である。相手が危険にさらされれば、助けたいと思う気持ち。死を悲しみ、孤独を恐れ、再び故郷へ帰れないことを嘆く心である。数学のピタゴラスの定理でも物理学でもなく、アインシュタインの宇宙方程式でもない。感情という、一見もっとも曖昧なものが、最後には両者を結び付ける共通言語となるのである。
これは作者がダーウィンの進化論を巧みに物語へ織り込んだからだろう: もし異星人もまた生命としてゼロから進化してきたのであれば、長い生存競争の過程で淘汰もあれば、協力し合う仲間を必要としたはずだ。仲間を失えば悲しみを覚え、危険に遭えば助けようとする感情も育ったはずだ。そのような感情は、生物が進化する以上、宇宙のどこでも「共通に生まれる」可能性がある。共通の宇宙言語と言える。
作者の発想には、科学者らしい広い視野が感じられる。
つづく




