八百九十一:泰子さんの話(788) ★歎異抄の話(2)
八百九十一:泰子さんの話(788) ★歎異抄の話(2)
紹介書によれば、「歎異抄」は「なぜ生きるのか」「人生の目的とは何か」という、人が誰しも一度は胸に抱く問いに対して、親鸞が答えを与えた書であるという。もっとも私は原典を読んだわけではないから、それ以上のことは言えない。ただ紹介書を読んだ限りでは、親鸞の教えは、どうにも雲をつかむような趣があった。
私は会社で普段金勘定ばかりをやっているから、余計にそう感じたのかもしれない。貴方の「教え」に従えばーーー、親鸞さん、腹いっぱいメシが食えるのかい、という別方面の発想さえ起きてしまうから、始末に困る。
雲を掴むと書いたが、読みながらこんな気もした:だらだらと、当たり前の事ばかりが羅列して書いてある、気がした。言い換えれば、一体どこが深遠なる「教え」なのかと本の中で探し求めた。
ついに、私なりに要約すれば、「人間として生まれいずる事そのものを悦び、その悦びを味わって生きることこそ、人生の目的である」、という結論になるようだ。
この言葉は、一見もっともらしく聞こえる。いやそれどころか、私は反対はしないし、むしろ賛成だ。けれども、無人島へ持参する「教え」というほどでもなく、人なら大抵誰もが根元に自覚している哲学だ、という気がした。けれども、一方で、若い人がこれを聞いて、素直に頷くだろうかとも疑った。
つづく




