1902/1934
八百九十:泰子さんの話(787) ★歎異抄の話
八百九十:泰子さんの話(787) ★歎異抄の話
心をわくわくさせるほどではないが、「なぜ生きる」という題名ほど、人の好奇心を誘う言葉も少ない。高森顕徹氏監修の本である。題名だけを見れば人生論のようでもあり、哲学書のようでもある。少なくとも私は宗教書を買うつもりではなかった。
読み始めてほどなく、それが親鸞の「歎異抄」を案内するための書物なのを知った。聞けば、無人島へ一冊だけ本を持って行くとしたら「歎異抄」、と言うらしい。なるほど、ずいぶん景気のよい宣伝文句だ。
とはいえ、幸か不幸か私は宗教を持たない。持たないばかりではなく、宗教一般に対して幾分か懐疑の念を抱いている。信仰とは、人間の弱さから生まれた慰めではないかという考えが、若い頃から胸の中に居座っている。そんな私が宗教書を読むのは、魚嫌いの人間が寿司屋へ入るようなものだ。初めから口に合わないと決めているようなところがある。
それでも買ってしまった以上は、仕方がないと諦めて多少の本代の損得勘定もあり、最後まで読み通した。けれども、読み終えたからといって、私の宗教観がいささかも改まったわけではない。相変わらず判然としないものが残り、腑に落ちぬ箇所も少なくなかった。私が頑固なのか、それとも理解力に乏しいのか、自分にも分からない。
つづく




