八百八十六:泰子さんの話(783) ★大金を盗まれた話(3)
八百八十六:泰子さんの話(783) ★大金を盗まれた話(3)
私は考えた。いったい誰がそんなことを出来るのか。論理だけを見れば犯人の候補は極めて限られる。会社側の私の「配偶者か息子」か、或いは「銀行内部の人間」かだ。銀行は当然ながらウチのミスの可能性と責任を主張する。特定の会社のパソコンを操作できるのは、「お前ところの人間だけだ」。なぜなら送金記録上は、会社のパソコンから正規の認証を経て処理されたことになっているからだ。
一方こちらから見れば、それだけは納得できない。金の番人をしているのは、銀行の人間だ。預けている金庫の鍵が掛かったまま中身だけ煙みたいに消えていたら、番人を第一に疑うべきだ。
実に厄介な話である。
被害を訴え出たら、警察はまず息子を疑った:事件が起きた時に、まず被害者を疑えという言葉がある。世の中には親にも言えぬ借金を抱える者がいる。賭博に手を出す者もいる。会社の金に手を付ける者もいる。
だが問題は、息子の「やっていない」ことをどう証明するかだ。存在するものを証明するのは容易だ。机の上に本があれば、本を見せれば済む。しかし机の上にカエルがいなかった事を証明しろと言われたら困る。無実を証明することの難しさを、こういう時に初めて知る。目下警察で、当該の銀行を含めて様々な方面を捜査中なので、その論議は暫く置くとして、この犯行には、妙な点がある:
先ず第一に、なぜ犯人はきっちり一千万円だけを盗んだのかである。当時口座には一億円以上入っていた。もし自由に操作できるなら全部盗めばよいではないか。泥棒に遠慮という美徳は期待できない。もっと遥かな大金を目の前にして、犯人が一千万円だけしか盗まなかったのは、なぜか。ウチにとっては、不幸の中の、ある意味ラッキーだったわけだがーーー。それにしても、論理が合わないのだ。
つづく




