八百八十三:泰子さんの話(780) ★火と自由と働くこと(6)
八百八十三:泰子さんの話(780) ★火と自由と働くこと(6)
私は今のところ生活に困ってはいない。好きな事をやれる立場でもあるから、趣味ともいえる仕事を続けている。毎日人に会い、技術を考え、本を読み、通勤の往復の車内で音楽を聴き、昼休みに原生林の探検を楽しみにしている。シュリーマンみたいに、決して大掛かりで派手な人生ではないが、誰かの役に立ち、また誰かから必要とされているという実感が、日々を支えるハリになっている。財産では買えない充実がある。
FIREの記事を読んだ時、私が覚えた違和感は、おそらくここにある。現代人は、「お金があって・働かなくて済むこと」が幸福だと思い込みやすい。それは錯覚だ。本当は、働くことそのものが人間を苦しめているのではない。
もし本当に経済的自由を手に入れたならば、そこで初めて「自分は何をしたいのか」という問いに向き合わねばならない。その問いに答えを持たないまま自由だけを手にすれば、自由は「退屈と虚しさ」へ姿を変えてしまう: 人から頼られる事も無く、生活のハリを失い、決して幸せとは言えないだろう。
私は新聞を閉じながら、FIREの四文字をもう一度眺めた。「燃やす」の意味もある。これは、経済的自由を意味すると同時に、人によっては人生の火まで消してしまう危うさを秘めているように、思えた。
お仕舞い




